#38 バスタイム



「わぁ! 綺麗ですねシロさまぁ!」



 確かに幻想的で綺麗だな。夜の王都アレキサンドライトは赤く輝く王城に照らされて眠る事を知らないといったところか。


「パパ、お腹空いちゃいました。」


「シロ? 私もお腹空いたし?」


 うむ、空腹なのは俺も一緒だ。少し派手に暴れ過ぎたかな。しかしこの街は大きいな。

 ガラスの玉の中にいるみたいな感覚だ。夜も遅いというのに大通りは人々で賑わっている。どこか適当なところで食事をしたいんだが。

 残念ながらあまりお金の余裕はないな。寝るのは車内かな。怒るかな、ミア……


「あのさ、ミア?」


「無理。」


「いや、まだ何も言ってないんだけど……」


「お腹空いたし、お風呂も入りたいし!」


 ぐはぁっ……先に言われてしまった。いや、しかしここは節約しないと。マジでこれだけ金に困るとは、異世界なのに……ここ、異世界なのに。


 あぁ、フリルが俺を見て頭を撫でてくれている。慰めてくれるのか。ん、というか、フリル……


「どうしたの? パパ?」


「あ、いや……なんでもないよー」


 言えるか。お前が高かったんだよ! とか言える訳ないわー……パパ、頑張って稼ぐよ。


「シロ?」


 とりあえず飯食って夜な夜な外の魔物でも狩って……それから……


「シロ、ねぇ、シロ?」


 バイト……そうか王都なら仕事もあるかも。


「シロ〜! 人が呼んでるし。」


「え、人が?」


 俺が我に返り顔を上げると、目の前にガラントが立っていた。いや、違う、ガラントによく似た髪を後ろで結ったイケメンだ。


「あの……貴方は?」


 俺が恐る恐る問いかけると、


「失礼、ぼくはグラン=カナン王国の第二皇子、

 【ルーファス=クロスレイ】と申します。この度は弟の無礼でご迷惑をおかけして……大変申し訳ない。ぼくからも謝罪をさせていただきます。」


 第二皇子を名乗るルーファスという男が深々と頭を下げる。俺は慌てて頭を上げて下さいと更に深々と頭を下げた。

 何だか取引先の事を思い出すな。


「貴方が謝る事はありませんよ。ぼくがガラントに奴隷管理の地位を与えた事がそもそも間違っていたのですから。奴隷、あまりいいことではないのはわかっているのですが、これも必要なものでして。色々、あるのですよ。」


 ルーファスさんの言う事は何となくわかる。良くない事とわかっていて、警察や、国が黙認している事なんてのは俺達のいた世界でもあるのだから。

 この国、いや、この世界にはこの世界の、そういったものがあって、それが当たり前なんだ。


 俺がとやかく言える事ではないのだろうな。


 すると、ルーファスさんが俺に手のひら程度の小袋を差し出してこう続けた。


「これは少ないですが旅の資金にでもお使い下さい。何分、王都は物価も高いので。これで宿と食事の出費を三日はまかなえると。」


「え、いいんですか?」


「迷惑料、とでも言っておきましょうか。その代わりと言ってはなんですが、少し協力をお願いしたいのですが。」


「協力、ですか?」


「はい、無理にとは言いません。しかし、そちらとしても悪い条件ではないかと。貴方の噂を聞きつけて、是非、協力を仰ぎたいと思いましてね。ジェムシリカを救った、白き勇者様。」


 ルーファスさんはそう言って角のない笑顔を見せた。物腰柔らかで、弟のガラントとは全然違うな。これこそ、一国の皇子だろう。

 後ろで結った髪が風になびく。


 人々の話し声、馬車の走る音、家畜の鳴く声、鈴の音や時計塔の鐘の音、そんな物音全てがミュートしてしまうくらいの美しさに思わず息を呑んだ。





 ……


 王都の某高級宿にて。


「シロさま? 第二皇子のルーファスさん、とてもいい方でしたねっ!」


「そうだな。よく城下を歩くって言ってたよな。国民に寄り添うスタイルの皇子ってことか。日本の政治家もあんな人ばかりなら少しは良くなるっていうのにな。」


 俺達はルーファスさんに工面してもらったGを使って宿の部屋を取る事が出来た。しかも都会だけあって綺麗な宿だ。

 宿のルームサービスで食事を済ませ、とりあえずシャワーを浴びる事にした俺は、脱衣所でシャツを脱ぎ捨てベルトを外した。


 そして浴室のドアを開けた。やけに広いな。


 久しぶりにシャワー浴びて、湯船に浸かると身体の疲れが吹っ飛ぶみたいだ。

 いい湯、だな。

        「ははは~ん♪」

 ……ん?

 うむ、やはりいい湯だな。

           「ははは~んっ♪」


 ドアが開くと共に、裸の少女が飛び込んでくるんだが!? って、


「うわっ!? フリル! おま、ちょっと!?」


「パパー! おっふろ! おっふろ~! 一緒にお風呂に入りましょうっ!」


 フリルはダイレクトに湯船へダイブした。全く、仕方ないな。

 俺はフリルの首根っこを掴むと湯船から外へ出す。そして首を傾げるプレーン少女に言った。


「フリル? 風呂に入るならまずはシャワーで身体を綺麗にしてからじゃないと駄目だぞ?」


 一瞬戸惑ったが、完全幼女のフリルの裸を見たところで何てことはない。俺は淡々とボディーソープとシャンプーなどの位置をフリルに説明する。


「はぁ~い……パパ、ごめんなさい。」


「別に怒ってる訳じゃないぞ? これはマナーってやつだ。フリルも少しずつ覚えていこうな。」


 フリルはボディーソープをスポンジにつけて身体を洗いはじめる。だが、背中がどうも届かないようで苦戦しているように見えた。

 俺は仕方なく湯船から出て、フリルの身体を洗ってやる。


「パパ、ありがと。」


 その時だった。


 ドア、開く、それと共に侵入してきたのは……


「……ミ、ミア!?」


「な、何よ。フリルは良くて私は駄目なわけ? ふん……シロって、ロリコン?」


 いやいやいや、ミアとフリルは違うって。


 バスタオルで身体を覆っただけのミアは俺とフリルの隣に座る。で、もう一つあるシャワーのコックをひねり髪を濡らし始めた。


 いったいどういうつもりだよ。何だかちょっと怒ってるようにも見えるが。

 と、とりあえず話しかけてみようかな。


「ミアレアさん? 良かったらお身体を洗いましょうか?」



 その後、俺が噛み付かれたのは言うまでもない。



 するとお次は外で何者かが叫び散らしているのが聞こえてくる。まぁ、ミルクなんだが。

 ミルクは自分でドアを開ける事が出来ずに外で必死にドアオープンを要請している。


「ミアもフリルもズルいですっ! ミ、ミルクもシロさまの裸体をこの目に焼き付けないと!

 あ、あけけててくだざいーーーー!」


 うわ、開けたくねーな。


 その声を物ともせず、頭の泡を洗い流したミアはバスタオルを取り身体を洗い始めた。

 チラッと俺を見てはプイッと向こうを向いて入念に身体を洗っている。


 とりあえず、俺は顔半分を湯に沈めた。何だ、この状況は。普段は不用意に触っただけでギャーギャー騒ぐのに、いきなり混浴とか。

 ミアの考えていることはたまにわからなくなる。

 年頃なんだから弁えてほしいんだが。


 で、身体を洗い流したミアは遂にドアを開ける。するとミルクは凄い勢いで飛び込んで来ては浴室内を元気にひとしきり飛び回り、ミアの前に着地する。落ち着きのないやつだ。


「あぁ……もうどうにでもなれ。」


 ミアはミルクをスポンジで挟みゴシゴシと洗うと、俺とフリルの浸かる湯船に腰を下ろす。

 勿論、ミアのアポーは浮力に逆らえずプカプカと浮いては俺を挑発する。

 全くけしからん身体をしてるよ。


「エロし!」


「なっ……!」


「ほら、フリルおいで。エッチなことされたら大変だから。」


 ミアはフリルを俺から引き剥がすようにして言った。フリルは少し名残惜しそうにミアの方へ。


「エッチって何? ミアお姉ちゃん?」


「シロみたいなのをエッチっていうの。それはそうと、のぼせたフリルもかわゆし~!」


「うにゃ? ミアおね、ちゃ、くる、し……」


 フリルはミアの谷間に埋もれ、やがて大人しくなってしまった。やはりアレには何かあるな。

 俺にはわからない、何かが。



 ……

 こうして謎のボーナスステージをクリアした俺は眠りについたミアとミルク、そしてフリルに毛布をかけ直してやる。

 言うまでもなく、ミルクは定位置だ。


 今日は俺のベッドもある。久しぶりにゆっくり眠れそうだな。

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