#37 喧嘩の果て



「悪いけど今回は手加減なしで終わらせてやるってんだよ! ゴッドハンド〜」


 初手から厨二アッパーか! これはガラントの奴も意表を突かれたかも。急に低く屈んだバスターは完全に間合いに入った。

 後は拳を振り抜くだけ、そう、


 その筈だった。


 静まり返った広場に硬い何かが砕けるような鈍い音が鳴る。と、同時に、バスターの身体が宙を舞いそのままこちらへ転がってきては砂埃をたてる。


「ゔがぁっ!?」


 地面でのたうち回るバスターに駆け寄ろうとしたナタリアと俺に掠れた声を荒げるのは地面で這いつくばるバスターだ。


「がっ……く、るな! これは一対一の、おとこ、の勝負だってっ……」


 蹌踉めきながらも立ち上がったバスターの尻尾は力無く下に垂れている。明らかに無理をしているのがわかる。

 ガラント、奴は屈んだバスターに俺と同じようにカウンターを喰らわしたのだ。

 しかもあばらを思いっ切り蹴り上げた。


 確かに、蹴りは反則とは言ってなかった。バスターは俺とやり合った時みたいに拳同士の闘いと信じ切っていたのかも知れない。


 そのバスターの素直さにつけ込んだ奇襲、悔しいがこれは奴の作戦が功を奏したか。

 作戦、とは認めたくないがな。あの鈍い音は肋の骨が砕けた音じゃないのか。そんな状態でまだ一人でやるって、ほんとに熱い奴だよ。


「どうした? 獣。あぁ、悪い悪い、骨が砕けてまともに話す事も出来ない、か。元々、お前のような獣が人の言葉を……」


「だぁ~まぁ……れやぁっ!!」


 ガラントの言葉を遮るように吠えたバスターは怪我が嘘かのように地を蹴り、速攻で拳を振り抜いた。その拳はガラントの右頰にめり込む。


 体勢を崩した奴にバスターの追い打ちが腹を、そして反対側の頬を打つ。堪らずダウンしたガラントの前で指を鳴らすバスターの息遣いは相当荒い。


 騎士達は慌ててガラントの元へ走り回復魔法をかけようと詠唱する。しかし、


「やめ、ろ……! まだ、勝負はこれからだ!」


 ガラントは言ったがローブに身を包む僧侶は引かなかった。詠唱をやめずにそのままガラントのダメージを回復したのだ。

 だが、その僧侶を責めるのは違うだろう。一国の皇子を護るのは騎士達の務め、彼女はそれを全うしただけ……しかしその瞬間、



 パシィッ、と乾いた音が響く。



 僧侶の頬は真っ赤に腫れあがり小さな身体は後方へ吹き飛ばされる。被っていたフードがはだけ、彼女の栗色の髪が露わになる。

 まだ幼い子供のような顔の少女は、痛みのあまり立ち上がる事もままならないといった様子だ。


「誰が回復など頼んだっ! 横槍を入れるなと、聞いていなかったのか! 屈辱だ。俺様はまだ負けてはいないのだ! くそっ……おい獣人。お前も一度、回復しろ。」


「な、にを言ってやが、る?」


「この闘いはフェアでなければならん! そうでなければ意味がないんだよ! さっさと回復しやがれ!」


 いったいコイツは何がしたいんだ? 本当にバスターと喧嘩をしているだけなのか?

 それはともかく、コイツの気が変わる前にバスターを回復しよう。


 俺はメガヒールをバスターにかける。バスターのダメージは回復、骨はすぐには完治しないだろうがこれで痛みはかなり和らぐ筈だ。


「サンキューシロッち。ガラント、お前の男っぷり、見せてもらったぜ! そうだよな、自分とお前のこの喧嘩、誰の横槍も許す訳にはいかないよな。

 ここで決着を着けようぜ?

 どっちがナタリアを守る男か、この勝負で決めようぜ、ガラント!」


「ぐっ……このやろ……」


「どうした! 想いをよせる女に対して、胸を張れないのか! 後ろめたいのか!? そんな奴には……ナタリアを渡す訳にはいかねぇーんだよ!」


 バスターは再び奴の懐に入り顔面に一撃を浴びせる。ガラントは踏み留まると、拳を握りバスターの顔面に一撃をお見舞いする。


「黙れ黙れぇっ!!!! 俺様の愛を、なめるんじゃねーっ!!!!」


 二人は殴り殴られてを繰り返しながらナタリアに対する想いの丈をぶつけ合いはじめた……


 勿論、ナタリアは顔を真っ赤にして地面にへたり込んでしまった。

 正直、ガラントがナタリア萌えだったとは予想外にも程がある。


 まさか十年前に何かあったのかな? とはいえ、ガラントはバスターより若そうだけど……だとしたら十歳以下って事になるし。

 弾圧の激化なんて出来たのだろうか? 皇子だし案外一声でそんな事になるのかもな。


「シロさま?」


「どうしたミルク。」


「あ、いや……そろそろ止めた方がいいのではと思いまして……」


 二人はフラフラになりながら鼻血まで垂らし、それでも殴り合っている。しかも声を大にして恥ずかしい言葉を放ちながら。

 ガラントの親衛隊達はやれやれと苦笑いを浮かべながらそれを見守っている。


 止めると言っても中々入る余地がないというか……どうしたものか。


 ミアとフリルは……あれ?


 なんか騎士達と仲良く楽しそうに喋ってるし? あ、フリルも服を着せてもらえたようだな。

 よくわからないが、あちらは大丈夫そうだ。完全に和んでますわ。



「へへっ……やるじゃねーか皇子さまよ!」


「犬が、いや……バスター、お前もなぁっ!」


「だけどよ……」


「わかってる、この辺で……」



「「終わりにしようぜぇっ!!」」



 二人の拳が交わらんとした、その時、


「待ってください! それ以上は二人の命に関わりますっ!」


 自転車だ。自転車が二人の間を凄い勢いで横切った。と、同時に二人の拳が左右に逸れて、見事に空振り、そのままお互い地面を転げていく。


「「誰だ邪魔しやがったのは!!」」



「あー、すみませんね。通りすがりの正義の味方、ですよ。男の勝負に横槍を入れるのはどうかと思いましたが、二人共、あの人を見てもまだ殴り合えますか?」


 現れたのは青のプレイヤー、ソラだった。全く、遅いと思ったらとんでもないタイミングで出て来たもんだな。


 ソラの視線の先には地面にへたり込み泣いてしまったナタリアの姿があった。


 ナタリアって普段ツンツンしてるけど、やっぱり女の子なんだな。泣いちゃったよ。

 喧嘩はやめて、みたいな感じになってるし。


 それを見たバスターとガラントは慌ててナタリアの元へ走る。お互いを押しのけながらナタリアの前に屈んだ男二人は困った表情で彼女を宥めようと不器用な言葉を連ねる。


「わかりましたか? その人は二人が命がけで喧嘩するのなんて望んではいないんですよ。」


 なんか上手いことまとめたみたいになってるが、まぁこれはこれで良しとするか。


 やがて騎士達は帰還し、現場には数人の護衛とガラントだけが残った。

 ガラントは決して謝ることはなかった。しかし、ナタリアの解放は認めてくれたようだ。というか、買い手はガラントだったようだ。ナタリアを奴隷として買った後にバスターと決着を着けようと目論んでいたとかなんとか。


 回りくどい奴だな、ほんと。


 ガラントは子供の頃、良くブロンガイトに顔を出していたそうだ。動物が好きという理由で獣人達とも仲が良かったのだ。

 護衛を引き連れ、何度も遊びに行く内、ナタリアと出会い、ガラントは恋をした。当時、七歳、三つ下の皇子様はナタリアに想いの丈をぶつけるが、あっさり玉砕、その上、バスターにゲンコツを喰らったそうだ。


 それからというもの、皇子という地位を使って獣人に対する弾圧を強化したり、奴隷管理の任を兄皇子に頼み込み任せてもらったりとあらゆる手段を持って嫌がらせを繰り返したとさ。


 回想、おしまい!


 って、マジか?

 俺は思わず口に出してしまう。


「お言葉ですが皇子様、それは完全に逆ギレというものですよ……」


「ぐっ、わかっている。だが、恋は盲目とか言うだろう? ま、まぁ勝負は……今回の勝負はお前の勝ちだ、バスター。ナタリアを連れて帰れよ。それと……ブロンガイトへの支給額は元に戻してやる。

 弾圧の強化と規制も解除しよう。だが、忘れるなよ。俺様はナタリアを諦めた訳じゃない。」


 ガラントはそれだけ言い残しては護衛達に肩を叩かれながら王都へ帰って行ってしまった。


「何度でもボコってやるからよ! いつでも遊びに来いよ!」


 バスターの言葉に振り向く事なく去る第三皇子、ガラント=クロスレイの背中はやけに哀愁漂う背中でほんの少しだけ同情してしまった。


 とはいえ、アイツのした事は許されない。関係の回復には時間が必要か。


「これにて一件落着ですね。シロ先輩!」


「美味しいとこ持っていきよって、若者。まぁ、良かった。皆んな無事で。」


「シロ! 怖かったんだからね!」

「パパ! パパ~!」


 ミアとフリルは俺にくっついて離れてくれない。というか、結構楽しそうに雑談してましたよね、二人共。とはいえ、良く頑張ったな。


 二人の頭を撫でてやると、それを見たソラが低く屈んでフリルを見る。そして笑顔で言った。


「良かった、元気そうだね。」


「あ……その……」


 フリルは俺の後ろに隠れてしまった。ソラもフリルを救おうとしていたんだがな、こりゃ中々辛いものがあるな。


「ごめんね、こわかったかな? シロ先輩、その子の事、よろしくお願いしますよ?」


 ソラは切れ目の瞳で俺を真っ直ぐに見つめては改まった感じに言った。


「あぁ、わかった。フリル、そう名付けた。会いたくなったらいつでもメールくれよ。いつかは懐いてくれるだろうし、今は人見知りなだけでな。」


「そうですね……僕は行きます。また、何処かでお会いしましょう。」


 ソラは自転車に跨り小さく会釈をする。肩に乗った大人しいお団子妖精ラテも小さく会釈する。


「ラテ、また会いましょうっ!」


「うん、元気でね、ミルク。」


 こうして自転車に乗った通りすがりの正義の味方気取りは去ったのだった。



 一先ず、この件は決着がついた。俺達はバスター達を港まで送り、また会おう、と別れた。彼等もいち早く街へ帰らないと、小さな子供達がお腹を空かせているかも知れないからな。

 というか、ミランがいれば安心、か。



 さて、俺達は俺達で、これからどうするか考えないといけない。


 まずはミアの住んでいた場所とか、知り合いとかに会えたらいいのだが。

 いや、待てよ? ミアの知り合いとなると魔族的な奴になるよな……だ、大丈夫か?


「……シロ?」


 住所とかもわからないし、それより住所ってあるのか? この世界。


「ちょっと、シロ~?」


 これは色々と大変だな。青のプレイヤー、ソラは良い奴で助かったが、赤のユウヒ、黒のネロには少しばかり注意が必要だな。

 あの二人が先に魔王に辿り着いて、そのまま魔王を倒してしまうと、それはミアにとってのバッドエンドって事になる。


「もー! また無視して~っ! ウザし!」


 ——激痛!!


「ぬがぁっ! ミア? また噛みやがったな!」


「うるさし! 私を無視するシロが悪いし! めておすとらいくぅ!」


「わぁ! ミアお姉ちゃん凄いすごい~! もっとやって!」


 お、おい、フリルさん!? ちょ、待っ…


「フリルも一緒に焼くし!」

「焼くやく~! えいっ!」


「熱いあついっての!」


 今宵は燃えた。燃えましたとも、こんがりと。


 何はともあれ、

 この先も騒がしい旅になりそうだ。

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