#21 約束


 船内での作業は思っていた以上にハードだった。


 全百室以上の客室のベッドのシーツを取り替え、床や窓を入念に拭き掃除、長い廊下のモップがけ、浴室の清掃……からの大食堂のレイアウト。


 それをたったの四人で……

 人手不足ってレベルではないぞ。

 こりゃ二日後の筋肉痛は確定だろうな。

 嘆くな俺! 旅の資金の為だ。後二時間、気合い入れてやるか!


 俺は乱れた髪を整え気合いを入れなおした。


「うおぉぉーー! 食器を運ぶぜぇぇ!」


「あの兄ちゃん、気合い入ってんな~! おれたちも頑張ろうぜ!」

「おうよ!」「うおおおお!!!!」


 謎の連帯感で驚異の連携を発揮した俺達は時間までに全ての工程を完了した。

 おかげで身体はヘトヘトだが、なんとか報酬を受け取ることが出来、一安心ってところか。

 魔物討伐の方が楽かも。

 それはそうと、あの二人を捜さないとな。


 町の噴水広場で待ってろとは言ったが。


 俺がそこへ足を運ぶも、


「ですよねー。じっとしているわけがない。さて、どこをほっつき歩いてるんだか……少し捜すとするか。」



 俺は町を歩いて回る。相変わらず凄い賑わいで人捜しなんざ出来たものではないが……

 それに、

 ミアは背が低いから見つけるのも一苦労だ。

 ミルクがギャーギャー騒いでてくれたら見つけられそうなんだが。っと、


 ん、なんだこの声は?


「「も、も、も、もへぇーーーーっ!」」


 もへ?


「「ミア、ちゃん! ミア、ちゃん!」」


 ミア……ちゃん……


「「もへ~ばくしぃーー!」」


 ば、爆死した?


 俺が声のする方に視線をやるとカフェっぽいデザインの建物が見えた。

 そこに群がる男達を掻き分けて中を覗いてみると……そこにはメイドさんがいた。

 ヒラヒラで際どいメイド服の少女は次々と客を萌え殺していく。


「私がケチャップをかけたんだから、美味しいに決まってるしぃ!」


 メイドさんはこの上ないドヤ顔で胸を張る。


「「決まってるしぃ!!」」


 えっと、この子は何をしているのだ? ん、よく見るとしっかりミルクが胸に収納されているな。

 と、とにかくやめさせないと。


「おい、ミア。こんな所で何をしてるんだよ? バイト終わったし帰るぞ?」


 ミアは俺に気付き少し驚いた表情をした。しかしすぐに笑顔になりクルリと回って見せた。

 すると店内に男達の歓声が巻き起こる。


「シロシロ! 見てほら! 可愛い?」


 か、可愛い……です。


「じゃなくて……子供がそんな格好で大人を悩殺してんじゃないの!」


「む、子供じゃないし! それに、皆んな可愛いって言ってくれるし!」


「「そうだそうだーー!!!!」」


「と、とにかく帰るぞ。」



 俺は大ブーイングの中、ミアを連れ帰る。

 何とか噴水広場まで帰ってきたがミアは不機嫌そうに俺を睨む。


「シロの馬鹿、シロの馬鹿……バカバカ……」


「馬鹿はお前だろ、ミア、もう少し自分のことを大事にだな……」


 俺が小言を並べているとミルクが俺の肩に乗り小さな羽を羽ばたかせる。


「シロさまシロさま、怒らないであげてください……ミアはシロさまの為に……」


「いいし、もう、いいし! シロ嫌いだし!」


 ミアは走り去ってしまった。


「あ、おい……」




 するとミルクが俺の肩の上で事の経緯を説明してくれた。


「ミアは少しでもシロさまの為にお金を稼ごうとしてたんですよ。昨日、シロさまが受け付けをしている間に、こっそり登録してたみたいなんです。」


 まさか、食べ過ぎた事を気にして?

 そうか。ミアもただワガママなだけのお姫さまってわけではないのかもな。

 ゴミは散らかさないで綺麗に畳むし、身だしなみだって俺より早く起きて整えてる。

 アホ毛はなおらないが。


 俺が思うより、ミアは大人なのかも。


「よしミルク、追いかけよう。まだそんな遠くには行ってないだろうし。」


「はい! 勿論ですっ!」



 ……


 俺達は町を隈なく探した。しかし、ミアの姿が一向に見当たらない。

 いったい何処まで行ったんだ?


 ミアの鈍臭い走りでそんな遠くには行けないと思うんだが。

 まさか町の外に出たんじゃ。


「ミルク! この付近の夜の魔物情報を!」


「は、はいっ! ……ま、町の外は、LV20前後の豚型の魔物が出没するみたいですが。

 はっ! 外に出てるとしたら大変ですよ!」


 ミアの推定LVは3。

 LV20の魔物に襲われたらまず勝てない。


 俺はミルクを胸ポケットに入れてメニューを開く。町中だが、今は人の目なんて気にしてる場合ではない。……大天使の翼、これで!


 輝く光の翼を広げ俺は空高く跳躍した。

 この高さなら町の外を一望出来る。


「シロさまシロさま! あそこ!」


 やっぱり町の外にいたか! で、しっかり豚に囲まれてるし!



 ……


『ブヒィン!』


「きゃぁっ! 痛ぅ、こ、来ないで豚ぶた豚ぁ!」


『ブッフォン! ブヒ!』


「ゔぁっ!」


 ミアの小さな身体は豚型の魔物、ブヒンクスの体当たりで宙を舞う。そして無様に地面を転げてはうつ伏せに這いつくばる。

 そんなミアにトドメを刺さんと三匹の豚が跳躍するのが見えた。あのままプレスを喰らうと怪我では済まないな。


 間に合うか? いや、間に合わせる!


「うおぉぉぉぉ!」


 俺は一気に急降下しながらビジネスバッグに手を突っ込む。そして、


「アダマスブレード! 伸びろぉぉぉっ!」


 漆黒の短剣の鞘を抜きそれを豚型の魔物に向けて振りかざす! 刃渡十センチ程の白く輝く刃は地面に向かって伸びる。

 空にいながら、飛び跳ねる三匹の豚を串刺しにした白刃はスッと元の形状へと戻った。


 豚は堪らず落下! 地面でもがく豚型の魔物を見てミアは目を丸くしている。

 そんなミアの前に俺は降り立ち、上位回復魔法のメガヒールを発動させた。


「シロ?」


「……全く、ミアは弱いんだから……

 だからあまり俺の側を離れるなよ?

 心配しただろ。」


「あぅ」


 さて、

 この豚共、どうしてくれようか?


 俺がそんな事を考えていると、深傷を負ったブヒンクス達は決死の突撃を仕掛けてくる。

 そうか、まだやるというなら、


「容赦しねぇぇっ!」


 俺は一匹の突撃をビジネスバッグで防ぎ、そのままアダマスブレードで斬り伏せ、もう一振りで二匹目を斬る!

 素晴らしい斬れ味だ。こりゃアダマの親父に感謝しないとな!


「これでっ、最後だぁっ!」


 伸びた白刃が最後の一匹を貫き、全てのブヒンクスのHPゲージは0になった。

 頭上のゲージは消え、戦闘モードは解除される。


「ミア、大丈夫か?」


「……うん……」


 ミアは力無く俯いて、小さな身体を震わせる。地面の砂に大粒の涙が落ちるのが見えた。

 それは地面に染み込むようにすぐに消えては、また跡を残して……と、繰り返す。


 俯いたまま、ミアはかすれた声で言った。


「シロに……っ……迷惑かけてばか、りだし、だから……置いてかれちゃうとって……わた、しもっ……働かないとって、うっ……」


 ミア。


「さみしいよっ、こわいよ、名前以外……何もわからないし、自分が何者なのかもわからないしっ」


 記憶がない。それって本当にこわいものなのかも知れないな。

 俺にはそれをわかってやれないけど。ミアはずっとその恐怖に耐えていたのか。


 俺の胸ポケットにいたミルクはピョンと飛び出しては振り返り、おしりのラインを微調整。

 そして、


「シロさま、ミルクは宿の手配をしてきます!」


 そう言って町へ向かって飛んでいってしまった。

 何もこのタイミングで行かなくても。

 

 そ、それはそうと……

 目の前には泣き止まないミアの姿。


「こわいよっ……うっ……っ……っうぅ一人になったら……って思うとっ、こわくて……

 あ、朝起き、たら誰もいなくてっ、また全部忘れてっ、たらっ……どうしようって……

 こんな事なら……っ

    何も知らないうちに死ん……」


 ——————「…死ぬとか言うんじゃないの。


 心配するな。俺がちゃんと家族の元へ帰してやる。大丈夫、きっと思い出せる。

 一緒に探してやる。

 ミアの記憶も、家族も、日常も、

        俺が全部取り戻してやる。


          ————約束だ。」




 気が付けば俺は、ミアを抱きしめていた。


 ミアを落ち着かせる為?


 いや、違うか……









 ……





 ……ピピッ……



 ……


 …



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る