#20 G、枯渇



「わぁ~!」


 ミアの垂れ目がちな瞳がこの上なく輝きを放っている。ぴょんと跳ねたアホ毛も絶好調だ。


 ここ【ゴシュナイト】は港町。

 俺達が到着したのは日が落ちた頃だったが、その賑わいは凄まじいものだった。

 俺はミルクを肩に乗せ、ミアの手を引きながら人混みを縫うように歩き宿を探した。


 しかし、なんだ……


「シロシロ~? ねぇシロ~!」


「あぁわかった。何も言うなミアレアよ。今回は俺も同意見だ。」


 全方位から俺達に襲いかかる誘惑。港町か、つまりは新鮮な海鮮料理が食べられるのでは?

 中央通りには所狭しと出店が。夜の街灯に照らされ輝く綺麗な魚達がズラリと並べられ、それを町ゆく人々が物色している。

 中には値切りの交渉に乗り出す男もいる。あ、違った、おばさんだった、ごめんなさい。


 活気に流されるようにいつの間にか店を物色している自分がいた。


 魚介に詳しいわけではないが、

 この赤い魚は煮付けにしたら美味そうだな。買っておいて今度ミランに料理してもらおうっと。


 こうして少しばかり食材を買い漁った俺は我慢限界のミアの頭をポンと叩いて言った。


「待たせたな、海鮮料理、食べに行こうぜ!」


「うんうん! シロ、男前っ!」

「あっ! シロさまが意外と男前なのはミルクが先に知ったんですからねっ!」

「そんなの知らないし!」

「何ですってぇーー!? な、ならこうです! えい! どうですかっ、ミアにはこんなこと出来ません! ドヤです!」


 ミルクは俺の胸ポケットにダイブしてドヤ顔でミアを見下した。


「むっ、それなら私だって! えい!

 ふふん、ミルクにはこんなこと一生出来ないと思うし?」


「ちょ! ミア!? くっつき過ぎだって!」


 ミアは俺の腕に絡みつきその立派で柔らかなアポーの果実で挟み込んだ。

 正直、これは駄目だ。いくらミアが子供でも流石に意識せずにはいられないというか。


 あーぁ、また睨み合いが始まった。あまり俺で遊ばないで欲しいんだけどなぁ。

 まぁ、年頃の女の子だし、目を瞑るか。


 その後暫く歩くと俺の目に飛び込んできたのは、木製の看板だった。看板に書いてある文字は読めないが、あれが寿司屋であることは一目でわかる、そんなニュアンスの看板だった。


「ミア、寿司だ!」


「おお! すし! すしって?」


「知らないのか? なら尚更のことあそこで決まりだな。ミルクも構わないか?」


「シロさまシロさま、ミルクはシロさまが行きたい所なら何処へでもお供致しますよ!」


 ミルクはポケットから飛び出してミアの頭の上に着地する。

 正直、異世界で寿司が食べられるとは思ってもいなかった。いったい何が乗ってるのだろうか、お願いだから普通の魚で頼む。




 ……


 や、やってしまった……


 テーブルの上には数え切れないほどの小皿のタワーがいくつも出来上がり……


「十万Gでございます!」


「あ、はい……」


 時価とは書いていたがこんなに高いとは……それにミアの胃袋を考慮するの忘れてた。というか、俺もつい食べ過ぎた。


 初期所持金はこれにて底を尽き今日泊まる宿代も、ましてや海を渡る為の船の乗車賃すら残っていない。この店の会計がマイナスにならなかったのが不幸中の幸いということか。


「シロ?」


 項垂れる俺を見てミアは首を傾げた。


「いや、なんでもないさ。気にするな。」


 ミア、少しの間まふもふバーガーで我慢するんだぞ。あとアポーと。

 さて、どうするかな? まさかこんなに早く金欠が訪れるとは……まぁ殆ど魔物とやらも倒していない俺が悪いんだが。


「シロ~?」


 宿すら取れねー……今夜は車中泊だな……


「ねぇシロ~? あれ見て?」


「ん、あれは……」


 ミアの指さす先に小さな立て看板が立っている。何か書いてあるが、やっぱ読めないな。

 俺は恥を凌いでミアに聞くことにした。


 するとミアは驚いた表情で首を傾げたが、それならと説明してくれた。


 看板に書かれているのはアルバイトの募集のようだ。短期、一日だけでも可、所謂単発バイトか。

 その内容とは、


 ・人員少なくて困ってます

 ・報酬弾むよ!

 ・急いでるから早く決めて

 ・というかお願いします!


 ……だ、そうだ。

 どこかで見た事あるような感じだが。


 背に腹はかえられぬ、か。


「よし、こうなったらアルバイトでGを稼ぐしかなさそうだ。早速応募だな。と、

 そういえば気になる事があるんだが、ミルク、俺はこの世界の字が読めないんだが、言葉は全部日本語で統一されてるのはどういう事だ?」


「それは今回の転移者達が全員日本人ということで自動的に翻訳されているからですよ!

 文字が読めないのはミルクがガイドしますからご心配いりませんっ!」


 ミルクはミアの頭の上で言った。

 落ちそうになるとぴょんと跳ねたアホ毛を掴み体勢を整えながら。


「痛し! もう、ミルクはここにいればいいし。」


 髪を引っ張られてご立腹の姫さまは頭上の妖精を摘み取り空いた谷間に収納した。


「うぶぶっ」


 ミルクは一瞬抵抗するが、間もなくその柔らかさに毒され口元を緩めてしまった。

 ヨダレヨダレ、このアポーの果実には妖精を狂わせる効果でもあるのか?

 それともミルクが変態ってだけ?


 どちらにしても、アレには注意せねば。


 俺はそんな仲が良いのか悪いのかわからない二人を連れてアルバイト紹介所らしき建物に足を運んだ。中にはちらほらと人がいる。

 皆んなお小遣い稼ぎに単発バイトを物色中ってところか。どれどれ……


 やっぱり営業系の仕事はないか。

 そんな時、俺の目に留まったものがあった。


 王都行きの客船の清掃及び物資の運搬、か。


 報酬も悪くない。

 これなら数日は宿に泊まれるぞ。


 俺は迷わず係員に声をかける。係員の女性は綺麗な正装でやけに良い香りがした。

 それはいいとして、なんとか登録を済ませた俺は待たせておいたミアとミルクの元へ。


「待たせたな、登録は済んだ。ただ明日の朝から夕方まで一日仕事だから大人しく待っててくれよ? くれぐれも知らない人について行ったりしないように、特にミア。」


「また子供扱いして! 私、えっと……何歳だったか忘れたけど子供じゃないし!」


 いやいやガキだよ。ある一部分以外は全てにおいてガキンチョですからね。

 とはいえ、ミアって何気に十四歳だったよな。俺達のいた世界で言えば中学生か。


 うん、やっぱりまだ子供だ。


「シロさまシロさまっ! ミルクもご一緒します! 置いてくなんて嫌です!」


「駄目だ、お前にミアの面倒を見ててもらわないと困るし。」


「そうだし、ミルクはミアと一緒に来るんだし。」



 こうして何とか資金を調達する手段を得た俺は一旦町の外に出てはヨロシク号を取り出す。

 今夜は車中泊で我慢だ。少し冷えるし、軽く暖房をつけといてやるか。


 また綺麗な月が出てるな。


 明日のバイト、頑張らないと。


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