#19 ユウヒと愉快(?)な仲間たち


「ミルク、何してるんだ?」


 暫く車を走らせた俺達は湖の見える見晴らしの良い丘で休憩をとっていた。

 ミルクはサイドミラーに自分を映し何やらちょこまかと立派なおしりを振っている。


「前髪が伸びてきたので……少し切っておこうかと思いましてっ、よっ、と。」


 あんな小さなハサミがあるんだな。ん? ミルクのやつ、また失敗してるじゃないか。


「下手くそだなぁ、左右の長さが全然違うじゃないか。俺が代わりに切ってやろうか?」


「こ、これはわざとですっ!

 アシンメトリーって知らないのですかシロさまは! もう、失礼しちゃいますっ!

 ミルクはいつ何時でも女子としての嗜みをですね! って、聞いてますか!?」


 ミルクは激しくパタつきながら俺の顔の前で膨れている。そうか、アシンメトリーか。


 で、アシンメトリーってなんだ?

 それはそうと、ミアはまだ食べてるのか?


 俺はビジネスバッグに保管しておいたミラン特製のサンドイッチを口に運ぶ。


 うむ、やはり美味い!

 かなり作ってくれてたんだが……こりゃこの昼でなくなってしまいそうだな。


「美味し! はむはむっ!」


 おう、そうかい。そりゃ良かったな。

 天気も良いし、

 ここで少し昼寝でもしようかな。


 俺は車から降りて芝生に腰をおろし大の字に寝そべった。空が青い、雲一つない晴天とはこのことか。この辺りは気候もちょうど良くて……なんだか眠くなってくるな。


「シロ?」


 む、せっかく気持ち良くなってたのに。


「なんだミア?」


 横を向くと、そこにミアが寝そべっていた。やけに距離が近い。で、風に乗ったいい香りが俺の嗅覚を刺激する。


「私も寝るし!」


「あっ、ズルいですよミア! ミルクもお昼寝したいですっ!」


 綺麗な空だ。風も気持ちいい。そんな考えを巡らせていると、徐にミアが口を開く。


「ねぇ、シロって何処から来たの?」


「俺か? そうだな、遠くから。この国からずっと離れた……大して面白くもない所からかな。」


「そうなんだ。いつか連れてってほしいし。シロがどんな所に住んでるのか。」


 残念だが、それは無理だミア。あ、そうだ。確かビジネスバッグの中にスマホも入ってたな。

 俺はスマホを取り出し画面を開いてみた。辛うじて充電が残っている。

 ミアは興味津々な表情でその画面を覗いてくる。


「シロさまシロさま、それはまさか!?」


「スマホだよ。圏外だし使い物にならないが、ミルクのタブレットみたいな物だよ。確か写真があったはず……」


 何でもない写真をスクロールさせる。ミアは目を輝かせながら画面を追う。


「あ、今の写真は? 何か他と風景が違ってたし! 戻して!」


「ん、これか? あー、これは社員旅行でスイスに行った時の写真だ。の前で記念に一枚撮ったやつだな。」


「時計塔……何か雰囲気があっていいかも。私、行くならがいいし! ねぇねぇ、シロ?」


「ん……あ、あぁ……そうだな。いつか、な。」







 ……


 ふと目を開けると、巨大な何かが俺を見下していた。黄色いゴツゴツした質感の脚?

 そのまま視線を上に向けてみると真っ白な丸みを帯びた胴体が見え、その更に上には……再び黄色い、これは……クチバシか。


「……鳥?」


『クケェッ!』


「うわぁっ!? びっくりした。」


 俺は慌てて起き上がりその鳥から距離をとる。よく見ると間抜けな丸々した鳥だな。

 いや、問題は鳥ではなく他にある。


「あ、君は確か……」


「あ、はい。わたし、【ユウヒ】と申します。ゴッドゲームの参加者です。確か、貴方もそうでしたよね? 白のプレイヤーさん、ですよね?」


「あぁ、そうだけど……えっと……」


「わたし、赤のプレイヤーです。」


 それは分かってるんだが。


 赤のプレイヤー、ユウヒ。

 まさかこんなところでいきなりプレイヤーに会うとは。あの時見た部屋着ではなく、今は赤いTシャツと紺色のスカート姿だ。

 肩や腰の辺りに大層な防具を装備していて、ちょっとした即席女勇者みたいな格好になっている。

 話した事はなかったが、大人しい物言いだ。


 武器は持ってないみたいだな。

 俺みたいに何処かに収納しているのか?


 そんな即席勇者をポケ~っと見上げるミアとミルクは同時に瞳をパチクリさせる。

 すると、ユウヒの肩に乗っていたガイド妖精が忙しなく飛び回る。白く細い身体をピンク色の服で着飾った、白い髪の妖精は小さな胸をピンと張る。

 そして翡翠色のジト目で俺達を睨むように見ては口を開いた。

 

「こんなところでお昼寝してるなんて、緊張感ないなー! これじゃココア達の敵ではないなー!」


 妖精は真っ白な長い髪を風になびかせてはこの上ないドヤ顔を炸裂させる。

 これまた生意気な口調だな。

 ミルクは膨れて【ココア】に言い返す。羽もいつも以上にパタつかせながら。


「ふん、甘いですねっ! シロさまの強さを知らないからそんな事が言えるんですよっ!」


「ぷぷっ、この冴えない草食男子が? こんなの、ココアのユウヒさまに敵うわけないぞ!」


 妖精達は睨み合いを始める。やっぱコイツら仲悪いんだな。あの時もそんな感じだったし。


 それはそうと、


「なぁ、ユウヒちゃん、だっけ? その鳥は?」


「あ、この鳥はですね、この子が召喚してくれたんですよ。」


 この子? 何を言ってるんだ?

 誰もいないんだけど。


 俺がそう思った時だった。

 彼女に抱かれた不気味なぬいぐるみから、おっさんの声が鳴り響く。


『我が名は【デカラビア】

 ユウヒの武器でありぬいぐるみである! 我は空に輝く星々の力を操ることが出来……』


「はい、もう説明長いからいいよ。ごめんなさい。よく喋るお人形さんで。可愛いから許してあげて下さいね。」


 デカラビア……不気味だ。

 間違っても可愛くはない。

 見たところ、顔色の悪い人型のぬいぐるみだが……片目が星、片目は眼帯? 羽織っているのはボロボロのローブ、頭には背の高いとんがり帽子。

 喋る上に、声はおっさんで、鳥も召喚出来る謎スペック……


 限りなくカオスな人形だな。


 妖精達はまだいがみ合っている。ミアは俺の後ろに隠れてデカラビアを見上げる。


 えっと、怖いのかな?


 その時だった。

 いがみ合っていたココアが、ピクッと反応してはユウヒの肩に乗る。そして慌てた口調で、


「ユウヒさまっ! のんびりとしている時間はないぞー! 西の彼方に存在する幻の防具を手に入れるんだろ? 今はこんな底辺勇者、放っておこう!」


「こら、失礼でしょ? 底辺じゃなくて三下くらいにしておかないと気分を害するよ。

 でも、そうだね、行こうか、

 ココア、デカラビア、えっと……とり。」


 鳥はとりなんだな、さ、三下も大概だが……


 というか、まだ防具いるのか? 既に勇者セット完成してる気がするが。


 この子はガードが固いとみた。


「白のプレイヤーさん、お互いにゴッドゲームのクリア目指して頑張りましょう。

 出来れば闘うことなく平和にいけたらいいなって思いますけど。」


「そうだな、あ、そうだ。俺、白のプレイヤーのシロだ。女神のやつに適当につけられた名前だけど、現世での名前が何故か思い出せないのな。

 それはそうと、ユウヒちゃん? 少し相談があったりなかったりするんだけど。」


 ミアの事を相談してみよう。少し毒舌だがこの女の子ならわかってくれるかも。

 しかし、俺の言葉を遮るようにユウヒは口を開くのだった。


「はい、あるかも知れないけど、ないかも知れないんですね? それなら明確にあると決まった時にご相談ください。

 わたし、急ぎますので! 幻の防具の為に!」


 ユウヒはそう言って白く丸々と太った鳥に跨りその場を後にした。鳥は飛ぶわけではなくドカドカと平原を駆け抜けていく。

 ユウヒのゆるふわツインテールを風になびかせる姿は見る見るうちに小さくなっていく。


 呼び止める間もなく地平線の向こう側へ消えていったのを見て、何となく胸を撫で下ろした。


 どうやら彼女はゴッドゲームのクリアを目指しているようだ。ミアの事を相談したかったが、言い出すタイミングを失ってしまったな。


「シロ?」


 やはり簡単にはいかないか。

 あの子はそこまで危険な匂いはしないし、とりあえずは様子見だな。


「シロ~?」


 俺達はこのまま東へ向かうか。王都まではまだ数日はかかりそうだし、この先の村か町で今日は泊まることにしよう。

 ヨロシク号の燃料も……


     ————激痛っ!!


 また噛みやがった!?


「な、何するんだミア!」


「シロが無視するからだし。それはそうと、今の女、何?」


 ミアは俺の顔を覗き込み頬を膨らませる。


 何故にコイツは機嫌が悪いんだよ。

 腹でも減ったのかな?


「シロさまシロさま! 今、調べてみたんですけど、この先に【ゴシュナイト】という町があるみたいですよ! しかも港町です!」


「港町か。よし、ならそのゴシュナイトって町で今夜は泊まるか。ミルク、道案内頼む。」


「はいっ! ミルクにお任せを!」


 ミルクは忙しなく俺の周りを飛び、肩に乗る。そしていつものおしりラインを入念にチェックしている。どうやら無性に気になるみたいだな。

 その食い込み具合が。


 そして、俺はヨロシク号を取り出し、再び東へ向かってアクセルを踏み込むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る