#12 拳には拳で

 ミルクを拐った男はこの先にいるはずだ。


 出来る限り気配を殺しながら足跡を追うこと数分、聞き覚えのある甲高い声が。


 うん、ミルクが騒いでいるようだな。


 俺は声をあげそうになったミアの口を塞ぎ首を横に振った。ミアは無言で二度頷く。

 木の影に隠れ少し様子を伺ってみたが、何やらおかしな状況になっている。


 まず、ミルクは解放されていた。

 ツンとおしりを突き出し膨れる妖精の前には赤い髪の男がいる。というか、土下座している。

 ミルクは羽をいつもより激しくパタつかせては小さな胸を張り土下座男に言った。


「そんなに頼まれても駄目なものは駄目なんですっ! 妖精にとって羽は命の次に大事なものなので差し上げるわけにはいきませんっ!

 あ、でもでも……ミルクの命の次に大事なものは……シ、シロさま、ですけどっ!

 きゃっ、言っちゃった! 恥ずかしいですっ」


 何言ってんだか。


「そ、そこを何とかっ! 自分には妖精の羽がどうしても必要なんだっ! このとぉ~りっ!」


 男は更に頭を下げる。地面に額を擦り付ける男の赤い髪を良く見ると獣の耳のようなものが生えている。それに、白いマントからは犬の尻尾のようなものがピンと伸びているのが見える。


 獣人……的なやつかな?


 何て言うか、凄まじい土下座っプリだ。

 クレーム対応であれだけの土下座をかませたら相手も怯むだろうな。


「そ、それでも駄目ですっ! ミルクは断固拒否しますっ! ミルクはシロさまの元へ帰りますっ!」


「それでも……それでも自分はっ

          ……許せ妖精、これも……」


 男が動いた!?


「これも【ミラン】の為なんだぁっ!」


 くそっ! 俺は白マントから飛び出しミルクに迫る獣人の前に飛び込んで咄嗟にビジネスバッグで振りはらった。


 フワッとマントは地面に落ち、黒いタンクトップに茶色いボトムスが露わになる。

 赤髪の獣人が華麗に着地すると腰に何重にも巻かれた長いベルトが揺れて金属音が鳴る。


 頭上にゲージが表示された? どうやら戦闘に移行したようだ。赤髪の獣人は俺を睨み付ける。

 しかし、

 その眼光に敵意をあまり感じないな。


 そんなことを考えているといつの間にか獣人は俺の懐に入ってくる! 速いっ!? こりゃミアとは比べ物にならないぞ!!


 しかし俺の身体能力、及び反射神経は常人のそれではない! 赤髪の拳をギリギリでかわした俺はミルクを回収する。

 ミルクは俺の手のひらで嬉しそうに、


「シロさまシロさまぁっ! 助けに来てく……って、あっあーーれーー!? シロさまぁ~っ」


 赤髪の次の攻撃が迫っている! 今はミルクに構ってる場合ではない!

 とりあえずミアにパスだ!

 ミルクをミアに向かって放り投げると、綺麗な帆を描き、スポン! と谷間へイン! よし、


「きゃっ!? ちょ、シロ~?」


 ミアは膨れているが……っと、この男、素早さ全振りタイプか!? 身体能力が上がっていても中々うまく活かせないもんだな。


 次は……右! いける、これはかわせる!

 左の拳を握りしめた? 次は左からくるか?


 読みは当たっている。そしてその読み通りに動く身体はまるで自分の身体じゃないみたいだ。

 思った通り相手は素早さに特化したタイプみたいだな。


 それなら打たれ強さは!


 俺はビジネスバッグで相手の拳をガードして反撃に出ることにした。多分本気で殴るとマズいだろうから……このくらいで、どうだっ!


 俺の拳が赤髪の顎を打つ! どっと重い感触が拳に伝わり、それをそのまま振り抜くと一気に軽くなった。……男は飛んだ。


 赤髪は見事に吹っ飛び激しく跳ねながら転がっていく。やば、やり過ぎたかも。


 殴った拳はじんわりと痛い。正直、人を殴ったことなんて記憶にない。多分、俺は初めて人を。


 おいおいおいおい!?


 嘘だろ?


 立ち上がるのか? 今のを喰らって? 確かにクリーンヒットしたはず。

 コイツ、思ってるより強いのか?


 赤髪はフラリと立ち上がり口元の血を拭うと再び拳を握りしめた。


「今のは効いたぜ。でもなぁ、拳で自分に勝とうなんて甘いってやつだぜ! へっ、聞いて驚けっ!

 自分の名は【ゴッドハンド=バスター】!

 天下無敵の吠える鉄犬っていったら自分のことだぜっ! アンタにゃ悪いが……

 そろそろ終わりにしようぜっ!」


 あ、暑苦しい奴だな……って、来たっ!? 相変わらず速いっ!?

 油断した、これは避けられないぞ!!


「うおぉぉりゃぁぁぁっ!!!!

 ゴッドハンド~クラッシャァァァ!!」


 くそっ! なんだこの厨二病的技名はっ!


 しかしマズい!? これは当たる! 歯を食いしばって耐えるしかない!!



 瞬間、視界が揺れ、グルグルと空が回る。



 やがて回転は止まり視界に茶色い土が映る。


 めちゃくちゃ痛い……レベル高くても痛みはダイレクトに伝わるってことか。

 邪龍の時もそうだった。HPが異様に高いから倒れずにいられてるだけなんだな。


 俺は揺れる視界のまま立ち上がり目の前の赤髪を見据える。


「アンタ、何者だっ!? これを喰らって立ち上がった奴は見たことねーぞ!?」


 あー、暑苦しい、それはそうと、

 ボヤけていた視界が回復してきたな。よし、これならまだやれそうだ。ダメージは大したことないんだ、大丈夫大丈夫。で、

 今のがアイツの最大火力ってとこかな。


「シロ! 大丈夫なのっ?」


 ミア……か。大丈夫、ではないかな。

 この男の打たれ強さは尋常じゃない。


 俺はネクタイ緩める。


 拳には拳で……殴り合いなんてしたことないけど……コイツにスキル使って勝つのはフェアじゃない気がする。というか、使いたくねぇ!


 すると、赤髪は叫ぶ!


「自分は諦める訳にはいかないんだよっ! ミランの為に! もう一度だっ! 今度はっ……

 完っ全に沈めてやるぜぇっ!!!!」


 暑苦しい暑苦しいっ!

 くそっーー俺も……俺だって男だ!


「かかって来いやぁ!!!!」


 ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る