#8 空色のミアレア



 はぁ……俺は今、廊下に立たされている。


 言うまでもなく学校の廊下とかではなく、宿屋の廊下であってだな……

 部屋には傷付いた銀髪ロリと駆け付けた医者、そして助手の看護婦さん、妖精のミルクが居るわけだが……そうだ、俺は追い出されたわけだ。


 女の子の服を脱がすから出て行けってのはお決まりの展開だ。医者も女の人だったし、安心か。

 いや、俺はいったい何を安心して……どうもあの子に会ってから変な気分だ。


 俺が馬鹿な事を考えていると、病室、もとい、部屋のドアがゆっくりと開いた。そこから顔を出したのは若い看護婦さんだった。

 彼女は俺に「どうぞ。」と言った。俺は軽く会釈をして部屋に入った。


 部屋のベッドには意識を取り戻した少女の姿があった。ボーッと目の前に飛ぶミルクを見つめては目で追っている。


 良かった、元気そうじゃないか。


「よ、銀髪少女、目が覚めたか?」


 少女は、はっ、と俺の方を向いて小さく首を傾げる。青がかった銀髪、白い肌、赤らむ頬、そして淡い桜色の…瞳…


 両目とも空色? おかしいな……


 桜色の左眼はどうしたんだ?


 混乱する俺を見上げ、少女が口を開く。



「誰……?」



 首を傾げた少女は空色の垂れ目をパチクリさせてキョトンとしている。


「だ、誰って……ほら、昼に森で……」


 俺の言葉の後、室内に沈黙が流れる。


 なんだろう、この嫌な空気は。俺、何かまずい事言ったかな?


 すると、女医がおもむろに口を開く。


「この子、記憶の一部を失っているみたいなのよ。恐らく強いショックを受けたことが原因かと。」


「記憶を?」


 ミルクは哀しい表情で俺を見つめている。

 自慢の羽はシュンと下を向いていて、言葉は無くともミルクが少女の状態を既に知っていると察することが出来た。


 俺は空色の瞳の少女を見る。すると少女は小さく震え出した。

 怯えているのだろうか。


 可哀想に……あんな恐い思いをしたんだ……

 仕方ないよな。


 俺は震える少女の肩に手を……


 ————激痛!!!!


 手のひらに噛み付きやがった!

 歯が食い込むっ!

 というか八重歯が突き刺さってますけどっ!?

 プスッと!


「痛っってぇな、おいっ!?」


「うぅ~……お腹空いたし、お腹空いた、おーなーかー、お腹空いたし!」


 え?


 ロリ少女は俺を睨みつけては「お腹空いたし!」と連呼する。まるで小さな子供が親にご飯まだ?とゴネるように何度も連呼している。


 元気に空腹を訴える様子を見た女医はすっくと立ち上がり俺に笑いかけた。


「この様子だと、もう大丈夫みたいね。……記憶の事だけど、時間をかけて解決するしかないわ。

 後は、貴方達次第かしら。

 それじゃ、私達はこれで。何かあれば町の診療所にいるから声をかけてね。」


 看護婦さんは笑顔で、「彼女さん、良くなることを祈ってますね。」と会釈をする。


 女医と看護婦さんは部屋を後にした。ドアが閉まるのを確認した後、俺は再び少女に視線を向ける。


「おなかすいたしぃ!」


 相変わらず同じ事言ってやがるよ……でも、元気になったみたいで良かった。お腹空いたを連呼する姿を見てミルクも思わず笑って……


「はぁ、ねぇねぇ、そこのペチャパイでもいいから何か食べ物~! 私はお腹空いたし!」


「ぺ、ぺぺぺ!?」


「ペチャパイ妖精さん? ねぇ、ディナーはどこ? 私はお腹空いたって言ってるんだよ?」


 デジャヴだ。ミルクにとっては最悪の。


 案の定ミルクは俺の胸ポケットに隠れて丸くなってしまった。全く、記憶失くしても中身は変わらないのな。


 俺はそんな少女の頭を軽く小突いてやる。すると少女は「いたっ」と頭を押さえ涙を浮かべた。

 しかし、俺はここで引かない。


「お前はもう少し人の気持ちを考えて言葉にしろ。一日で二度もペチャパイと罵られたミルクに謝れっての。でないと飯は無しだ。」


「い、嫌! お腹空いたしっ!」


「じゃ、謝れ。ワガママ言うなっ。」


 俺は小さくなったミルクを摘み出し少女の目の前にぶら下げた。

 かなり負のオーラが出ているが……


 少女は力無くうな垂れた妖精を見て、少し思いつめたような顔をした。そして目を合わさず、


「ごめん……本当のこと言って。」


「……ご飯抜きかな~?」


 俺はミルクを左右に揺らしながら言った。


「ご、ごめんなさいっ! 私が悪かったし! 妖精さん、酷いこと言ってごめんなさい!」


 うむ、素直じゃないか。


 するとミルクは羽をパタッと羽ばたかせ、自らの力で飛びミアレアを見つめて言った。


「あぅ……あ、謝ってくれるんですか……? そ、それならミルクは笑って許しちゃいますっ! それに、ミルクは妖精ですが、ちゃんとミルクって名前があるんですよ?」


「ミルク……可愛い名前だし、あ、

 私は【ミアレア】、それ以外は思い出せないんだけど…」


「ミアレアちゃんですね! これで今日からお友達ですねっ! ミアって呼んじゃって良いですか?」


「お、ともだち? 私と? えっと、その……

 い、いい、よ? ミア……はぅ」


 ミルクよ、お前良い性格してるよ。


 ミアレアは頬を赤らめ俺達を見ている。もしかして、友達出来たのはじめてか?


 俺は俺で簡単に自己紹介を済ませとくか。


「俺はシロだ。とりあえず宜しくな。」


「シロ……お腹空いた……し。」


 そ、そうか。


 しかしミアを今後どうするか考えないとな。旅に同行させるわけにもいかないよな。

 とはいえ、放っておくのは助けておいて無責任過ぎる。何かミアについての情報があれば……

 

「シロ~! お腹空いたし! ほら、こんなにお腹ペッチャンコになって……シロ~!」


「わっ、人前で腹出すな!

 わかったわかったから……今まふもふバーガー作ってやるから待ってろ!」


 やっぱり中身はそのままっぽいな……


 俺はまふもふバーガーを生成した。

 出来上がったハンバーガーをビジネスバッグから取り出すと、

 ミアは驚いた表情で「おお!」と声をあげ大きな瞳をキラキラと輝かせる。


 それを手渡してやると、ミアはゆっくりと包装紙をあけた。室内にまふもふバーガーの良い香りが漂うと、ミアのお腹が、くぅ、と鳴る。


「えっと……」


「食べていいぞ?」


「あ、えっと……あ、ありがとう、シロ。あっ

 でも、間違っても私がお腹空いたって駄々をこねたわけじゃない……し?」


 こねましたよね、駄々。


 全く、変な性格してるわ。だけど、

 食欲があるってことは元気な証拠か。


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