第2話 イマイチ恋人のキャラが把握できない
夕焼け小焼けで日も沈み、辺りは夜の闇に侵食されつつあった。
そんな中、付き合い始めたばかりの初々しいカップルが距離感を掴みかねながら歩いていた。そう僕と蓋品さんである。
2人とも平静さを失っており何を考えたのか定期を持っているのにもかかわらず、地下鉄に乗らず徒歩で帰っていた。地下鉄二駅分とはいえ、徒歩となるとそこそこ長い。
「蓋品さんの家ってどのあたりなの?」
無言もおかしい話なので当たり障りのない質問をしてみる。僕は蓋品さんのことを全然知らないので付き合い始めた今、なんでもいいので彼女のことを知りたかった。
「先輩の隣の町です。学区こそ違いますがそれなりに近いですよ」
「そうなんだ」
何故だろうか?うちの彼女、既に僕の住所知ってるんだけど。
「先輩、私は高校一年の5月13日生まれのおうし座AB型、身長160㎝体重は秘密です。スリーサイズは上から74-58-82で、あと好きな食べ物は甘いもの全般で趣味は水泳です。えーと、右利きで家族構成は、」
「ちょっと待って。急にどうした⁈」
確かに蓋品さんのことを知りたいと思っていたけども聞いてないことまで急に話し始めてびっくりした。
「ほら、私って先輩のことって結構詳しいじゃないですか?」
「いや、そんな周知の事実みたいに言われても」
一週間女子高生に調べられただけで割り出せる僕の個人情報の重みとは?ちょっと怖いよ。こんなキャラなの?
「なら、先輩にも私のことを知ってほしいなって思って、思ったら口にしてました」
蓋品さんは言いながら、しゅんとしてしまった。そうか、僕が浮かれてる以上に蓋品さんも浮かれていたのだ。
「まあ、僕も蓋品さんのこと知りたいと思ってたからいいけどさ」
とたん蓋品さんの顔に笑顔が戻った。僕の言葉の力ってすごいな。
「ホントですか?先輩、好きです」
「そうか、僕もだよ」
ただこれからは少しその好きの2文字の重みをしっかりと吟味しないとな。まあ、何はともあれうちの彼女が可愛いな。流れで告白にオッケーをした感じだったが僕の方も蓋品さんにちゃんと好意を抱いていた。
「ところで先輩、調べてもわからなかったことがあるので聞いてもいいですか?」
「ん、いいぞ」
蓋品さん曰く、蓋品さんは僕のことは結構詳しいらしいので蓋品さんから質問が来ることは少ないだろう。なら、その数回をしっかり答えたい。
「マイナンバーって」
「僕も知らないよ!」
蓋品さんの質問を聴き終える前に食い気味にツッコミを入れる。てか、今の質問はむしろそれ以外なら知られてるってこと?隠し事はしない方が良さげだな。するつもりもないけど。
「何か他の質問ないの、蓋品さん?」
特に思惑があって言った言葉じゃないが蓋品さんの気に触れたらしく膨れてしまった。可愛いな、おい。
「先輩、それやめましょうよ」
それ?なんのことだ?僕が首を傾げていると蓋品さんは余計に膨れてしまった。
「ごめん、なんのこと?蓋品さんの気に触ること言った?」
本気で怒ってるわけではなさそうだが、これ以上機嫌が悪くなると蓋品さんの頰が割れてしまいそうなので大人しく謝る。悲しいかな、気遣いができない童貞ボーイにはこんな時謝るくらいしか選択肢がないのだ。
「それですよ、先輩。付き合い始めたのに名字にさん付けはないですよ。あと、敬語。先輩なのに」
えー、自分も先輩呼びでそれ言う?と、思わなくもないけど、まあもっともな話だ。
「ごめん、なんて呼べばいい?」
ここですらっと下の名前で呼べるコミュ力は僕にはなかった。圧倒的経験不足。
「水薙でお願いします」
蓋品さん、いや水薙も少し恥ずかしいのか遠慮がちに言う。
「わかったよ、水薙」
少し恥ずかしいな。いつ振りだろう、家族以外の女子を下の名前で呼ぶなんて。
「嫌だったら、女王様とかお嬢様でもいいですからね」
「どんな妥協⁉︎水薙でいいよ。いや、水薙がいいよ」
照れの誤魔化しからか、水薙はとんでもないことを言い出した。うっすらだが水薙の性格がわかってきた気がする。
「あ、だったら僕のことも違う呼び方でお願いするよ。先輩ってのも悪くないけど、付き合ってる感が出ないっていうか、ね?」
僕だけ恥ずかしい思いをするのもあれなので少し仕返し。先輩って呼ばれ方も部活に所属してない僕には新鮮でいいんだけどね。
「す、すいません。私も気が利きませんでした。えーと、ご主人様?」
「それで付き合ってる感が出ると⁉︎」
なんかご主人様ってどのシチュエーションを想定しても金の匂いしかしない呼称だよな。まあけど、うちの彼女可愛いな。
「お兄ちゃん、いや、お兄ちゃまですね!」
「僕が悪かった。先輩でいいよ」
妹がいる身としては兄呼びはそんなに萌えない。てか、付き合う前には想像つかなかったな、水薙がこんな暴走キャラとは。
「もしかして、ブタ野郎の方が正解ですか、ブタ野郎?」
「いや、その話はもう終わったよ⁉︎てか、正解確認する前にブタ野郎言っちゃってるし」
なんでこうイメクラっぽい感じになってるのだろう?水薙の性格を考慮するとまだ続きそうだな。
「弥霧先輩ってのはどうですか?」
「急に正解きちゃったよ」
なんていうか水薙の言動を読もうとしても無駄な気がしてきた。告白してきた時とかこんなキャラだっけ?
「弥霧先輩が正解でしたか。てっきり弥霧様が正解かと思ってました」
そう笑顔で言う水薙は見る限り、水薙も僕の性格がわかりきってるわけではないのかもな。それもそうか、水薙はいろいろ調べてたみたいだけど会ったのは今日が初めてだ。わからないのはお互い様だ。それを埋めてくのが付き合うってことなのかな?
「別にああ言ったが言いづらかったら先輩でもいいからな」
「わかりました、ご主人様」
「うん、それは許可してない」
結構気に入ったのかな、それ?
「残念です。でも、好きです、先輩」
結局、水薙は名前は省略する路線にしたらしい。あと、不定期的に来る水薙のラブコールは慣れないな。可愛いすぎるのも問題だな。
「僕も好きだよ、水薙」
なんかバカップルみたいだな。いや、そうなのか?それでも赤くなる水薙が可愛いくてついつい言ってしまう。
僕らは普通に歩けば10分ちょいの道のりを立ち止まりつつ1時間かけて帰った。でも、余分にかかった50分弱の分だけ2人の距離は縮まった気がする。
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