流形池
玄野睡眠
第1話 あかり
ラウラはその眼を、昔どこかで拾った琥珀色と形容した。曰く、ドドメ色の髪をした寂れた笑顔のよく似合う少年だと。
殺風景な畦道にぽつりと、景色を割くように灯っている自動販売機の前、ふたりは屈んで、じっと蛾を眺めていた。
「閉じているのは蝶々。これは開いているから蛾なの」
「翅のこと……?」
少年は怯えるように訊ねた。
「他に何があるっていうの」
そうぶっきらぼうに返されると、少年はすこし口ごもり、「だからこんなにべったり張り付いて離れようとしないのかな」平たい口調で言った。
「そうかもね」
関心がないといったような態度でラウラは返した。後ろで不格好に結んだ髪が微かに揺れる。
「足りないなあ、お金」
くたびれた上着のポケットをガサゴソとあさりながら、少年は特に困った様子なく言う。
「別に何か買いたいものがあるわけじゃないでしょ。そもそも、こんな虫の家に詰め込まれたもの、飲みたい?」
少年はこれといった返答はせず軽く目を伏せる。
「帰りたくないなあ」
前後に身体を揺らすと、靴の鳴る音が小さく響く。
「あなたも蛾になりたいの」
「そうだったらな、って思うよ」
おもむろに立ち上がると、少年は空を仰ぎみる。
「諦めたってこと?」
「違ってたってことだよ」
少年は目を逸らしながらもラウラを見下ろす。ラウラは睨みつけるように少年の目をじっと見て言う。
「わたしは諦めてない」
少年は気圧されるように踵を返し、「今日はもう帰るね」そうつぶやくと同時に一歩遠のく。
「どこに帰るっていうのよ」
「ここへ来る前にいた所かな」
一瞬振り返って少年はそう答えた。
流形池 玄野睡眠 @kuronochan
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