第45話 特異点

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 ――しとしと降る雨の夢を……見た。

 そこに見えたのは、悔恨という檻に囚われて愁いを吐露する少女達。

 贖罪と死。死と後悔。制裁と死。少女達が自責と死を天秤に乗せ足掻く姿が見えた。

 ハルは、悲しみの雨が身体を濡らすその場所でその苦悶を見て胸を押さえた。


 ――彼女達はどこで何を間違えたのだろうか……。


「全ての事象には因があります。そして、その因を故にして結果が生じる」

 夢見の中に聞こえてきたのは雲華の声だった。


「因と果……。ならば、因を変えれば結果も違うものになるのでは?」

 ハルは問うた。


「すでに過ぎたこと。何人も因に触れることなど出来ません」

「歴史には干渉が出来ない。か……」

「左様で」

「……でもさ、君は、君にはそれが出来るのではないの?」

 ハルは真子の言葉を思い出していた。

 真子は言った。自分が過去に出会っていた人物は間違いなくハルであったと。しかしハルにはまだ、その時の真子と出会った記憶が無い。それならば……。


「あなたが、この先に時空を超えるということではありません」

「……それにしては、真子が言っていることは、あまりに具体的に僕のことを現しているのだと思えるんだけど? その言葉や、約束の場所や時間、そして真名とは別の名前までも」


 真子の前に現れた人物は、雨の陰陽師陰陽師を否定しながらも、必ず遭わせてやると約束している。仮に自分ならばそう言うだろうとハルは思った。それに、「真子」という名についてもどこか腑に落ちるものがある。幼い姿の真神に妹を重ねて見ていた自分ならばそう名付けたとしても違和感が無い。出会いの約束にしてもそうだ。時と場所があまりに具体的過ぎる。それはまるで未来からの啓示を受けたようではないか。


「夢見の里の姫が望んだ夢」

「……夢」

「瀕死の真神が青の御霊に願って見いだした予知夢。それは、それだけのこと」

「予知夢……。いやしかし、それにしても出来過ぎている。望んで可能性の未来を見たからといって、予知通りの未来へ進むことなんて――」

「あなたが『結果』であるからでしょう」

「結果?」

「引き寄せる者とでも言いましょうか。あなたが結果に向けての因をたぐり寄せた。そして真神がその結果に向かって進んだ。引き寄せる者と辿る者の一致。そのことが『特異点』を生じさせたのです」

「特異点……」

 じっと口を噤み考える。

 結果を求めて過去の因をたぐり寄せ、それを現実として成し得ること。それが如何なる事であるのかを。


 ――もしかすると、原因と結果を逆転させる力なのか……。

 思い浮かべたのは、現在を意のままに作り替える力だった。しかし、思考を酌み取った雲華は言った。「残念ながら……」と。


「そうか……それはまあそうだろうね。全てを自分の思うがままに作り替える力なんて、あるはず無いか」

「はい」


 たとえ現在に都合良く世界を作ったとしても、その結果が未来の自分にとって都合が良いとは限らない。未来の自分が、その先の未来の自分が、都度に都合良く世界を作り替えてしまえば過去が滅茶苦茶になるだけだ。


「そういうことです。過去は決して変えられません」

「だけど『特異点』は出来た」

「はい」

「そうか、ならば僕にはまだ出来る事があるかもしれない」

「……それを成したところで、結果は何も変わりませんが」

 淡い希望を抱いたハルに、色の無い答えが返った。


「ちゃんと理解しているよ」

「左様でございますか……」

「『特異点』というのは偶然に起こったもの、決して意のままには操れないだろう」

「はい」

「それでもやってみたいんだ。もしかすると、それを使えば何かが変わるかも知れない。彼女達の為にも、せめて手を尽くしたい」

「望む結果など得られないやも知れませぬが」

「それでもいい。今が最悪ならばそれ以上にはならないだろ」

「今度の主様は、随分と太平楽なことをおっしゃる」

「いいじゃないか。さあ雲華、僕を特異点へ」

「……」

 少しの沈黙の後、雲華は了承して黒麻呂と真子に声を掛けた。


 ハルは雲華から渡された青の御霊を両手に包み込み「特異点」への干渉を試みた。


 黒獅子が常闇に誘い、青狼が夢を見せる。鏡が柔らかな陽光で一点を照らした。


「僕は信じる。結果は、目覚めたときに。きっと奇跡は起こる……」


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