むなしい努力

 第1コロニー『封印地区』

 最重要区画の中心にあるにもかかわらず、ありとあらゆる方法を用いて秘匿されてきた、カンパニーCEOすら知ることのなかった秘境。アイネ、茜、葵は、竜舞奏の先導で、凄惨な光景が広がる通路を無言で進んでいた。


 感動の再開は、あっけないほどあっさり始まり、特に見どころなく進んだ。

 奏がただ一言「あなたに見せたいものがある」と言ったきり、久しぶりに会えた感傷に浸ることもせずに――――アイネは、仲間たちに第1コロニーの一角で待っているように言うと、茜と葵だけを連れて、その場所へと向かった。


「アイネ」

「何、師匠」


 ここにきて、ようやく奏が口を開いた。


「今まで私のことを探していたみたいだけれど、そもそも私に会ってどうする気だったのかしら? 育児のことでアドバイスをもらいに来たの?」

「似たようなものです。数日前とはいえ、あの頃は自分にこの二人がきちんと育てられるのか不安で。でも、茜も葵も、私が何も教えなくても立派に育ってくれました」


 アイネが後ろを歩く娘二人を見る。茜も葵も、静かに首を振っていた。

 彼女たちは勝手に育ったわけではない。いいところも悪いところも、すべてアイネの近くで学んだ。たとえ何があっても、アイネは二人を見放さなかったし、二人のためならばありとあらゆることを惜しまなかった。


「父さんは、少なくとあたしたちにとっては立派な人です……」

「たとえ私たちが、カンパニーの身勝手で生み出された存在だったとしても、お父さんは私たちにきちんと向き合ってくれました」


 二人の言葉に、奏はにっこりとほほ笑んだ。


「アイネ、あなたはもっと自分に自信を持ってもいいわ。大勢の人から好かれても、身内から嫌われている人ほど信用できない者はない。けど、一番大切な人に、ここまで信頼されるのは、実はとても難しいことなの」

「もっと、自信を……?」

「昔からあなたは、人の目を気にしすぎなの。でも、結局は自分を通していたでしょう。それでいいの。順境は友を作り、逆境は友を試す――本当に困っているとき、人は何も取り繕えなくなる。アイネ、もう一度言うわ、もっと自信を持ちなさい」

「わかりました、師匠。その言葉、もっと早くお聞きしたかったのですがね」

「いずれは自分で学ぶと思っていたんだけどね。でも、もう時間がない。あなたには、この先も生きていてほしいから」


 そこまで言って、奏は破壊された鋼鉄の扉の前で立ち止まった。

 厳重に封印されていた様々な装置がきれいに破壊され、周囲には自動機械の残骸が散らばっている。


「あなたならきっと大丈夫。だから、この先の光景を目をそらさずしっかり見ておきなさい」


 強引に突き破られた通路を進む4人。

 何もない、本当に何もない空間に「世界の真実」があった。


 大きな鼻、口髭、短足で腹の出た日本生まれのイタリア系アメリカ人の男だろう。その体を皇帝の右腕と共に針金でギチギチに縛り上げられ、一本の柱のようになっているその姿は、しかし、今は物言わぬ死体となっている。

 そして、そのそばには奇妙な格好をした男が、何かに手を伸ばすようにして倒れていた。


「なるほど――――世界定数が違うって、そういう」

「あら、もうこの世界のことについて少し知っていたのね」

「全て知っていたわけではないし、これでも十分ショックではあるよ」


 自分たちの存在意義はなんなのか、そしてこの世界とは何なのか、すべての答えがこの光景に集約されていた。

 この世界は、すべてが作りものなのだ。茜も、葵も、エルが向こうの世界に渡れないと言った理由は、彼女たちが仮想存在にすぎないからだ。


「お父さん、私たち最初からわかってた。ただ、確証がなかっただけ」

「あたしたちは…………あたしたちはっ!」

「二人とも、今は泣いていいから。ずっと我慢していたんでしょう」


 そして、娘二人はアイネにぎゅっと抱き着き、茜も葵も静かに涙を流した。

 いずれ遠くないうちに、二人は消えてしまう。二人にはオリジナルがいるのだから、偽物はいずれ消えるべき運命にある。


「大丈夫、お父さんがきちんと何とかしてあげる。もちろん、するべきことをしたら、ね」

「決心はついたかしら、アイネ。本当はあなたは……自由に生きるべきなのに」

「これが私の使命なのでしょう。ならば、もう迷うことはありません」

「そう…………私の親友、美麻の努力は無駄じゃなかったみたいね」


 奏は、かつての自分の親友にして、茜と葵をはじめとする日向日和のクローンの製造者だった市村美麻のことを思い出し、ふぅとため息をついた。

 自らのしていることの壮絶な結末を回避すべく、自らの存在と引き換えにクローンたちの生き残る道を模索していた美麻は――――第7コロニーでアイネに強引に二人の娘を託した、ホログラムの女性であった。4人のうち2人は、クローンという存在を超越することで自らの運命にあらがったが、その前途はアイネが断ってしまった。

 だからこそ、彼女たちの犠牲を無駄にしないためにも、今度はアイネがすべてをまとめていかなければならない。


「アイネ、最後にあなたと話せて、本当に良かった」

「最後? ということは……」

「日向日和さんと戦った後に本物の竜と戦ったからかしら、タイムアップはとっくに過ぎていたみたい」


 すべてを愛弟子に託すことができてほっとしたのか、奏の両腕が虹の粒子となってさらさらと崩れ始めていた。

 竜舞奏――――彼女もまた、この世界の犠牲者の一人であった。


「オリジナルの私は、元の世界で自分勝手に幸せに過ごしてる。なのに、私は生まれてこの方、戦うことでしか己を示せなかった。あ~あ、本当にむなしい努力だったわ」

「師匠。私はいつかまた、茜と葵と一緒に会いに行きます。今はその方法がなくとも、きっと私は実現して見せます」

「そう? じゃあその時は、羊羹でも出してお出迎えしましょうか」



 「世界」は終わっていた。

 誰が終わらせたのかは誰にもわからなかったが、すでに終わったものをまた始めることはできない。

 何億何兆もの命が生きるために必死になり、理不尽に死んでいったこの世界。彼らのむなしい努力は――――――報われたのだろうか?


「茜、葵、顔を上げなさい」

「はい……お父さん」

「っぐ、えぐっ……父さんっ」


 アイネはハンカチでゆっくり二人の涙を拭いてあげた。

 彼女たちは、まだ終わっていない。これから、最後の審判がある。


 一人の女性が、この場に足を踏み入れてきた。


「お前たちが、私のクローンだな」


 流れ乱れる桜刺繍の施された緋色の行灯袴に乳白色の着物を着た女性が、アイネたちの後ろから声をかけてきた。

 その声、その姿は―――――茜、葵と瓜二つであった。




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虹翼天使アイネ…「アッシュワールド・ハンター」 南木 @sanbousoutyou-ju88

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