負け犬アベンジャーズ その9
その日、2か所のコロニーにおいて、緊急事態宣言が発令された。
ひとつは第9コロニー「エルダードラゴンハイランダー」において巨大な竜と魔力生物が出現し、コロニー全体の存亡の危機が発生したこと。
高級住宅街全体を覆う巨大生物と、地表を覆う黒い流動体は、どちらも災害レベルの存在であり、現在ハンターと各コロニーマスターが協力して事態の収拾にあたっている。
そしてもう一方は、第5コロニー「デッドライジング」
コロニーに酸素を供給している悪魔樹が大炎上を起こし、コロニー内に急速減圧が発生したのだ。元々他のコロニーに比べて酸素供給量が不安定な第5コロニーにおいて、大規模炎上は致命的であり、しかもよりによって酸素供給源が燃えているのだからシャレにならない。
《緊急事態発生――緊急事態発生――コロニー酸素濃度低下》
他のコロニーが巻き添えにならないために、コロニー間接続通路が自動的に閉鎖された。コロニーの隔壁が破壊された際の最終措置であり、復旧するまで第5コロニーは完全に隔離される。
さらに不幸なことに、第5コロニーのマスターは「朱雀」で戦闘中であり、この問題に対処できなかったのだ。
他のコロニーでも、人々がテレビの映像から第5コロニーで燃え盛る悪魔樹を見た。その中の何割かは、埋め尽くすような炎の中を、虹をほとばしらせながら舞う何かをみたという。
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すべてが静かに、まるで死んだようだった。
コロニーの外のように希薄になった空気の中、囂々と燃えていた悪魔樹は黒焦げのまま消し炭と化していた。いずれは元に戻るだろうが、当分再生することはないだろう。
悪魔樹が鎮火したのは、屍神たちの奮闘の賜物――――ではなく、燃やすだけの酸素が尽きたからであった。
レグパとアイダはその場に昏倒し、オグンだけがなんとか黒い木の枝を杖に、よろよろと立ち上がろうとしていた。その他のアンデットは皆、活動に必要な空気を取り込むことができなくなり、体中の筋肉が痙攣して虹の粒子となって消えた。
そして、悪魔樹のふもとにいた「塔」も…………口から泡を吹いて事切れていたいた。その口から憎悪の呪詛が紡がれることはもうないであろう。
対するアイネたち3人は、悠然と――――すべてを成し遂げたという満ち足りた表情で顔を見合わせ、にっこりとほほ笑んだ。
ただし、お互いにかける言葉はない。空気が全くないので、しゃべりたくてもしゃべれない。
この戦いの勝利にどれだけの価値があるのか―――最後の体力を振り絞って、オーロラ体の屍神オグンが、うつろな瞳でそう訴えた。
弱者が、愚者が、生きるべきではないものが勝利を収めてしまったとき、世界の悲劇は始まる。正しいものが勝つとは限らないとはいえ、正しくない者が勝った時の損失は計り知れない。
見よ…………周囲は焼け野原だ。茜と葵の姉妹が、オグンの炎を増大させ悪魔樹を丸ごと焼く威力まで引き上げるために、砂神剣から炭素を、虹天剣αで水素の粒をそれぞれ大量に散布た結果だ。
アイネは、第5コロニーの難民たちに残酷な希望を見せた。彼らは今後、アイネを偶像として祭り上げ、カンパニーに反抗して消えゆく運命にあるだろう。アイネがそこまで責任を取るとは思えなかった。
屍神オグンは、悪魔樹が炎上した直後、必死になって炎を収めようとした。そうしなければ、悪魔樹の下にいるアカシックが窒息する。アイネは、そんな彼をここぞとばかりに集中攻撃した。これほどまでに悪辣で、理不尽な戦術がありえただろうか。
もし、とある退魔師の一家なら、自らの身を挺してでも周囲の犠牲を抑え、勝利を手にしただろう。
もし、かの勇敢なる帝国の王女や、黒鉄の兵器を操る黒騎士なら、正々堂々とスマートな勝利が約束されただろう。
もし、恐れられながらも義に篤い例の旅人たちなら、取り返しがつかなくなる前にこの事態を抑えられただろう。
そして、もし……本物の屍神がこの場に居たら、このような無様な敗北をすることはなかったはずだ。
しかし、この戦いに挑んだのは、最後の最後で見返してやろうともくろんだに過ぎない、負け犬たちであった。
天使よ。
秩序の担い手にして、世界の破壊者よ。
この勝利に価値はあるのだろうか。
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西の拠点「白虎」に戻ったアイネ、茜、葵をほかの仲間たちが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、アイネ。これでもう、世界が滅びる心配はありませんわ」
「クライネ、あなたもよくやってくれた。強くなったわね」
かつては一人では何も決められないお飾り生徒会長だったクライネ。アイネの能力が影響したとはいえ、彼女は見事にかつての女学生たちを率いて任務を遂行してくれた。素晴らしい進歩といえる。
「……あんんたたちも随分立派になったわね。前は無意味にヘラヘラして好きになれなかったけど、今のあなたの笑顔は本物だわ」
「えっへへ~、女の子は三日会わなければ変わるものなんだよ♪」
素直ではないレティシアも、茜たちの活躍を素直に称賛した。単なる笑顔も、やり遂げた笑顔に変わっているのが、何よりの成長のあかしだ。
「葵さん、もうあなたは泣き虫なんかではない、立派なアイネさんの娘さんよ。誇っていいです」
「うん……あたしは、もう今はいない妹たちの分まで、これから精いっぱい生きることにしたから」
いつもめそめそ泣いていた葵も、背中に翼をはためかせ、外も中も立派になった。イヴも、まるで親戚が成長したかのように喜ばしく思った。
「難民たちはみんな寝ているのね」
「ええ、普段出さないやる気を200%出しちゃったからかしら。エルが残りのアンデット全員をまとめて薙ぎ払って安全が確保出来たら、体力の限界になったみたいね」
アイネの勝利を見届けたエルは、アイネとの契約を解消し、どこかへと消えたようだ。もうこのコロニーにアンデットはほとんど残っていない。しばらくしたらまた湧くだろうが、それまでは何も考えず安心して眠ることができるだろう。
それに、これだけの大事故を起こせば、カンパニーも難民を放置することはあるまい。
半日もすれば、コロニーの酸素濃度はある程度戻るだろう。
それまでしばらく、拠点の一角でゆっくりしていこう―――――そう考えていたアイネたちのところに、思わぬ訪問者が現れた。
「アイネ、随分と立派に成長しましたね。育て親として誇りに思います」
「…………その声、師匠?」
驚いたことに、行方不明になっていたアイネの師匠――竜舞奏が現れた。
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