負け犬アベンジャーズ その8

 話は、アイネたちが第5コロニーに向かう前にさかのぼる。

 かつてウルクススフォルムが存在していた島で、世界を滅ぼしかねない、正体不明の敵に対する完全なる対抗策を話し合うことになった際、エルが全員の前で次のような作戦を提案した。


「敵に関して、現時点で確実に判明していることが一つある。何らかの魔術詠唱で魔法を発動しようとしていることだ。それが隕石を落とす魔法なのか、大規模な洗脳魔法なのかは定かではないが、それが危険な魔法であるという兆候は、カンパニーにいくつか入っているようだ」


 世界を揺るがすほどの魔法となれば、魔力の流れやゆがみを隠ぺいすることは難しい。今回の敵はその辺をかなりうまくコントロールできていたようだが、それでもカンパニー世界に住む超一流魔術師たちを騙しきることはできなかったようだ。

 ただ、その一流の魔術師たちをもってしても、何が起こるかが不明というのが厄介ではある。


「さて諸君、詠唱呪文の欠点とは何か」

「はいはいっ! 呪文が途中で途切れると、やり直しになることっ!」

「うむ、その通り」


 エルの質問に、茜が即答した。

 つまり今回の戦いは、最悪敵を倒せはしなくとも、詠唱を中止させればいいわけだ。


「では、詠唱を確実に中断させるにはどうしたらいいか」

「喋らせないこと……かな?」

「まさしく。このように、問題の根源をたどっていけば、解決はいたって単純明快。悪魔樹の下に居座る敵の口をふさぐ……これこそが最終目標となる」


 とはいえ、目標が単純になったからといって、そう簡単に達成できるかといえばまた話は違ってくる。この場合、アイネたちがとるべき行動は……


「物理も魔法も効かない敵がいたとしても、よほど特殊な事情がない限り効果的な作戦がある。それは――――窒息だ」


 敵の詠唱を確実に中断させるために、コロニーが閉鎖空間なのを利用して窒息させる。それが、エルが導き出した回答だった。

 第5コロニーの酸素供給は、上手い具合に敵のいる悪魔樹が担っている。だが、一時的であれば、空気の流れを限定的にシャットアウトし、自分たちが窒息しないようにすることが可能だ。さらにアイネとその娘二人は、アイネのもつ翼の効果で、魔力さえあれば呼吸なしでも戦うことができる。多少は苦しいだろうが、作戦成功後すぐに離脱すれば問題にはならないだろう。

 まず、コロニーの住民を保護するために、一か所の拠点に敵の攻撃を集中させる。戦力が集中していると見せかけ、敵に一か所に集めさせることを強制するのだ。


「誘いに乗ってこなかったら、そのまま悪魔樹のふもとまで進軍して、直接蹂躙してしまえばいい。これをプランAとする」


 敵が馬鹿でなければ、突破されないために戦力を集中する。その間に、協力者たち…………すなわち、クライネ、レティシア、イヴの三名が、各拠点に入って住民たちの安全を確保する。

 さらに、映像でアイネの戦いぶりを見せることで、アイネへの応援の力を収集することも忘れない。


「ヤジを飛ばすだけかもしれないけどね」

「そうならないためにも、マスターには神々しい戦いを期待している。この際だから、洗脳まがいでも構わない」


 ひょっとしたら敵は気付くかもしれないが、悪魔樹のふもとに護衛対象がいる以上、守護役の屍神はその場から動けないだろう。動いてくれたら、アイネが誰もいなくなった悪魔樹に直行すればいい。これがプランB。

 結論から言えば、この動きはオグンに悟られてはいなかったようだ。いくら屍神とはいえ、千里眼のような便利なものはもっていなかった。


「準備が整い次第、扇動した難民を拠点に戻し、敵をさらに深く引き付けると同時に、満を持してマスターとその姉妹が切り込むというわけだ」


 屍神オグンのオリジナルであるフェレイと戦った経験があるエルは、彼の攻撃でどうしても避けられない欠点があることを知っている。

 それは、攻撃が炎を主体にしているという点にある。

 コロニーにおいて酸素は貴重であり、それを消費して二酸化炭素に変える「燃焼」は、一部のコロニーを除いて様々な規制がある。

 オーロラ体とはいえ、オグンそのものの能力を受け継ぐものなら、攻撃しているうちにどのような結末になるか想像できるはず。だが、怒涛の攻撃でそれを許さない。ひたすらごり押し、相手の選択肢をそぎ落とす。

 あとは、何かしらの不都合なミラクルが起こらないかぎり(例えば他のコロニーの酸素発生装置が丸ごと転移してくるとか)敵に取れる手段はない。


「以上をもって全作戦の遂行とし、可能な限り敵を撃破する。これを『雷鳴の鎚作戦オペレーション・トールハンマー』とする」


 想像以上に大規模な作戦に、アイネたちは思わず息をのんだが、成功すれば確実に敵を倒せるとなれば反対する理由は見当たらない。


「わかった、それで行きましょう。危険はあるかもしれないけど、ここを乗り越えればすべてが報われる。みんなの奮闘を期待する」

『応!』


 こうして決まったのが、『雷鳴の鎚作戦オペレーション・トールハンマー』だった。

 第5コロニーの中央にそびえる悪魔樹が炎上したことによって、その作戦目標はほぼ完遂されたのだった。

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