負け犬アベンジャーズ その5
東のショッピングモール「青龍」では、大勢の難民たちが、度重なる地面の揺らぎと轟音におびえていた。
「い、いったいコロニーに何が起きているの?」
「終わりだ……! 世界も、俺たちも! もう終わりなんだ!」
「死ぬ前にお腹いっぱい食べたかったなぁ……」
絶望する者、悲観する者、達観する者――――反応は様々だったが、
ここに来てから常にアンデットの襲撃におびえ、明日を知れない日々を過ごしてきた人々は、誰一人としてこの状況に前向きな希望を見ることができなかった。
そんな中、ショッピングモール全体に、止まったままにされて久しい館内アナウンスが流れた。
ピンポンパンポ~ン♪
「住人の皆様、緊急放送です」
スピーカーから、可愛らしい若い女の子の声が聞こえてきた。
すぐに下心を満載した男たちが、がれきに埋まった放送室に向かうも、そこには誰もいない。それでも、アナウンスは途切れることなく流れ続ける。
「現在、ショッピングモールの外は、今までになく危険な状況です。命の保証はできません。生き残りたければ屋内でじっとしていてください」
声の主……レティシアは、青龍の屋上で館内無線を乗っ取って放送していた。
彼女の頭上には、ショッピングモール全体を覆うように、透明な膜のようなものが展開している。
「ふふん、都会派エルフのレティシアちゃんにかかれば、こんなの余裕余裕! ここまで言っても外に出るんだったら、それは自殺志願ってことでいいわよね」
このようなことをやっているのはレティシアだけではない。
南の拠点「玄武」ではクライネと元マリミテの生徒たちが、北の「朱雀」ではイヴと武装探偵の生き残りが、同じく透明な膜を展開する術札を空に掲げたところだ。
「青龍、準備OKよ!」
「朱雀、とりあえず生きてる人間は問題なし」
「玄武、展開完了です」
「よろしい。オペレーション・トールハンマー、前段作戦完了。後段に移行する。各自持ち場を護れ」
『応』
アイネが中央で敵の塊を引き付けている間、集まった味方集団がエルのいる「白虎」以外の各拠点に入り込み、そこで特殊なバリアを展開する術札を使った。このバリアには攻撃を防ぐ能力は全くないのだが、唯一空気の行き来だけは完全に遮断することが可能だ。
「果たして奴さんは気が付くかな? 妨害がなかったということは、全く気が付いてないようだな」
エルは、小さい時の状態と同じように、屋上の落下防止柵の上に腰掛けて、遥か中心にそびえる巨大な木のシルエットを見た。
ここからでも見えるほどの炎と色とりどりの光線が舞っている。
「マスター。あなたが今まで積み重ねてきたことは、決して無駄ではない。いつか、穏やかに過ごせる日が来ることを願おう」
××××××××××××××××××××××××××××××
作戦完了の合図を受け取った後、アイネはすさまじい速度でコロニーの中心部に突貫した。
音速を越える翼で、わずか数秒のうちに騒動の元凶――――「塔」のいる悪魔樹の根本が見える場所まで近づいたが、そんな彼女に熱い歓迎が齎される。
(前方に高熱源複数!)
防風の為に前方に展開していた虹の盾を、とっさの判断で一気に分厚くし、同時に速度を急激に落とした………が、マッハの速度で突っ込むアイネは、オグンの仕組んだ罠を回避することができなかった。
アイネがやってくるであろう軌道の直線状に、赤い光を発する、石炭のような塊が複数浮かんでおり、アイネがそこに到達した瞬間に破裂、高熱の炎の散弾を無数にまき散らした。
「ぬぅっ」
虹の盾が間に合わず、大きな翼で体を包んで防御するアイネ。
シールドはたちまち融解し、体を包んだ翼が紅蓮の炎に包まれた。
だが、常人なら一瞬で燃え尽きる炎を喰らっても、アイネは止まらない。その場で独楽のように高速回転し、まるで犬が濡れた体の水分をブルブルと飛ばすかのように、着火した翼の羽根を辺り一面にまき散らした。
これにより、周囲にいた屈強なアンデットたちがとばっちりを喰らい、そのほとんどが消滅した。
罠を強引に掻い潜ったアイネは、そのままの勢いでオグンに接近。
死の業火も意に介さず、マッハの速度で突っ込んでくる物体には、さすがの屍神も咄嗟には対応できず、強烈な蹴りを腹部に食らった。
「一気に畳み掛けるっ!」
飛び蹴りで吹っ飛ばしたオグンをさらに追撃すべく、アイネは片側が赤・橙・黄、もう一方が緑・青・紫の光を放つ虹天剣を鞭のように振るった。この容赦する気0のごり押しに対し、オグンは空中で即座に体をよじって態勢を整え、援護する悪魔樹の枝をばねに、空中に飛び出す。
それと同時に、先程まで罠を形成していた黒い塊がオグンの手に集まり、両手に槍を形成。迫りくる無数の虹を迎撃した。
唸る虹の軌道をすぐに見切ったオグンは、両手の槍さばきで攻撃を完全に防いだ――――はずだった。
なぜか黒い槍は数回攻撃を受け止めただけで、まるで数十回攻撃を喰らったかのように破損し、その上体の数か所に切り傷を負わせた。
「ハイゼンベルクストライク――――防ぎきれると思わないことね」
やられてもなお、オグンは一言も発することなくすぐに立ち上がった。
だが、その目には憎しみと若干の焦りが見えた。あの時エジリが見せた表情によく似ている。想定外――訳が分からない――だが戦わなければならない理不尽。
オグンが、摂氏3000℃以上もある赤い竜を至近距離で放つ。
虹天剣数発程度では落とせない大火力ではあったが、アイネはなんと真正面からこれを突破。翼に多少の焦げ目をつけながら、さらに至近距離で虹天剣を振るう。
屍神オグンの体に20本以上の傷跡が走り、地面を跳ねた。
このままアイネが押し切ってしまうのか―――――
さらに追い打ちを掛けようとするアイネの正面に、悪魔樹の枝が複数重なって守られている「塔」の姿が見えた。
アカシック…………彼は屍ではない。枯れかけた老人であった。
今にも顔から飛び出そうなほど目玉を大きく見開き、恐怖が張り付いたような表情を浮かべるそれは、自身の命を奪いかねない存在が目の前に来てもなお、何かの言葉をつぶやき続けている。
「ん? この呪文は―――」
アイネは、この大事な場面で、この世界の理不尽な真実の一端を知ることになる。
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