負け犬アベンジャーズ その1

 第5コロニー「デッドライジング」の西側拠点――白虎。

 ここはかつて、ゾンビの大規模な攻撃にさらされながらも、奇跡的にほとんど損害なく生き残ることができた。

 だが、奇跡はもう一度起きるとは限らない。


「もう銃弾がない! 撤退させてくれ!」

「ひいいぃっ!! もうだめだ、おしまいだ!!」

「南のバリケードが突破された。あとは……頼む」


 即席の防衛軍が使用している無線からは、悲鳴と苦痛の叫びだけが聞こえてくる。このありさまでは、後ろにいる者たちも次は我が身と思うようになり、士気が駄々下がりしていく。

 けれども、今や彼らに逃げ場はなく、重い絶望が真綿で首を締めるようにじわりじわりと迫っている。


「耐えろ! 意地でも耐えろ! 一歩下がれば、その分家族に死が近づく!」

「天使様が来ていると言っておけ! 嘘でもいい!」


 だが、明日の希望すら見えないこの状況でも、人々の意志は折れなかった。

 彼らはかつて――――人々の前に立って、身を粉にして戦う天使の姿を見た。

 その雄姿は、今でも人々の心に残っている。




 そして――彼らが必死に戦い生き残った努力は報われた。


「道を開けよ! 天使の行く手に阻めるものなし!!」


 天からコロニー全体に響き渡るような声が聞こえた。

 防衛線の西側の一角にいたアンデットの群れが、無数に降り注ぐ虹色の光に消し飛ばされた。

 大量のアンデッドで覆い隠されていた地表がはっきり見えるようになり、そこにどこからか駆け付けた大勢の集団が走り抜ける。

 特に目立つのが、トレンチコートとテンガロンハットをかぶった集団と、青と白の学生服を着た集団。それぞれが1000人ずつおり、大量の物資と武器をトラックと合わせて運び込んできた。


「なるほど、想像以上に危うい戦況だったようだな。持ちこたえられたのが奇跡だろう」


 集団を戦闘で引っ張ってきた金髪ロングの人物……エルが、白虎の敷地に入るや否や、あぜんとする防衛組織をしり目に屋上まで跳躍し、青地に白の天使のモチーフが書かれた大きな旗を振りかざした。


「では、敗者復活戦と行こうか」


 今ここに「負け犬」たちの最後の咆哮が世界に轟く。


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  ――――《Misson13:負け犬アベンジャーズ》――――

 ――――《Target:アカシック 及び 屍神オグン》――――

  ――――《Wanted:★★★★★ + ★★★★》―――― 


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「茜、葵、離れないようにしっかりついてきなさい」

「了解、お父さん!」「天国だろうと地獄だろうとついていくよっ!」


 アイネが、虹の光を纏いながら、ショッピングモールの外周を飛んでいく。

 彼女の後ろには茜と葵がぴったりと続き、時折どこからか飛んでくる飛び道具を打ち払いつつ、砂神剣と虹天剣αを地上にに向けて放っている。

 生え変わった大きく立派な翼をはためかせるたびに、白い羽根が大量にばらまかれる。もちろん羽根は散ったそばから生えてくるため、翼が禿げることはない。

 ばらまかれた白い羽根は嵐となり、バリケードに群がるアンデットを襲う。以前からも不死者に対して効果が高かったこの攻撃は、アイネの力が覚醒したことでさらに凶悪になり、たいていのアンデットは羽根がちょっと掠るだけで、たちまち虹の粒子となって消滅していく。

 ただ、中にはとてつもなく耐久力の高い個体も混じっているのか、震えながらも立ち上がろうとするのもいくつか見受けられたが、それらは茜と葵の地上掃射によって片っ端から破壊されることになる。


 さらにそれだけではなく、防衛線の内側にも舞い散った白い羽根は、呆然とする人々にふれると虹色に輝いて弾け、彼らの傷をあっという間に癒した。


「天使様……天使様だ!」

「こ、こんなのうそでしょう…………なぜなんですか! 夢じゃないですよね!」

「夢なものか! 俺たちは生きている! 援軍も来たぞ!」


 見るもおぞましい不死者の大群は、天使アイネの羽根によってきれいに一掃された。コロニー全体がアンデットの海に沈みゆく中、白虎の周囲とトラム駅までの間が、一時的に空白地帯となる。

 周囲を一時的に一掃し終えたアイネたちが、エルのいる屋上に降臨すると、防衛隊だけでなくショッピングモール全体にいる避難民総勢5万人が、アイネの姿を一目見ようと広場に集まった。


 人々が集まったのを見たエルは、旗を大きく掲げて、口を開いた。


「人々よ。今日を生き、明日を夢見る者たちよ。我々は、生涯で二度とない絶望の戦いのさなかにあり、意にそわぬ苦痛を強いられている。しかし我々は、隣人たちとともに、痛みの中でも立ち上がらねばならない。この戦いに敗北すれば、世界が再び立ち上がれないほどの破滅をもたらすからだ。

 地獄の釜の底での奮闘の日々。君たちは身も心も疲れているだろう。おいしいものを食べ、暖かい布団で眠りたいだろう。だが諸君は裸だ。食べ物もない。カンパニーは何一つ与えてくれない。しかし! 人々の幸福と安全の確保に必要な一切のことが達成された暁には、天使様は人々を平穏な生活に導くだろう。そして諸君は「あの日第5コロニーで天使様と共に歩み戦った」と自慢するといい。こういう答を受けるだろう。「ああ、この人は勇士だ!」と!」


 エルの言葉とアイネの美しい姿は、人々の脳に麻薬のように染みわたり、ばらばらに集まっていた人々は無意識に足を動かして列を整え始めた。


「皆さん。穢れた不死者の大群が再び迫ってきています。ですが、今度は私が最前線に立ちましょう。私の後ろには、二人の娘が立つでしょう。恐れはすべて打ち砕き、あとには希望を残すでしょう。ついてこれる人だけ、ついてきなさい」

『おおおぉぉぉぉぉっ!!!」


 疲れ果てた人々は、まるで生き返ったかのように元気を取り戻した。



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 第5コロニーの中心にそびえる巨大な樹木――――悪魔樹。

 黒く染まったおどろおどろしい幹の下では、長く白い髪と髭、痩せて枯れ木のような手足の老人が、長い鋼鉄製の椅子に錆びた釘で手足を打ち付けられていてる。身じろぎもできない。

 恐怖と絶望に張り付いたような表情の老人は、言語かどうかすら不明な呪文をぶつぶつとつぶやき続け、その周囲を屈強な屍兵が厳重に守っている。


 その頭上、数十メートル先の枝の上に、小柄な少年が腰かけている。

 肌は浅黒く、あどけない顔立ちながらも、油断ならない雰囲気を放っていた。


 悪魔樹から見て西の方角で、光の粒がいくつも輝いているのが見えた。それに続き、かなりの距離が離れているにもかかわらず、人々の大歓声が聞こえてきた。


 少年の目が急激に憎しみの色に染まっていく。

 歴史上、人間は愚かなことを繰り返してきたが、その最たるものが目と鼻の先で行われようとしている。

 許せるはずがない。


 少年は指先に超高熱の炎の塊を生成すると、それを西の方角に向けてはなった。

 炎の塊は空気を切り裂きながら、悪の元凶へと一直線に向かっていった。

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