幕間7-5:真名

「二人とも、もう目を開けていいよ」


 ギュッと目を瞑っていた姉妹は、アイネの声を聴いて恐る恐る目を開いた。

 するとそこには、血塗れのアイネと地面に広がる血溜り―――――――ではなく、以前よりも大きい白銀に輝く6枚の翼を背負ったアイネが、穏やかな表情で立っていた。

 父親の痛々しい姿を見ることになると覚悟していた二人は、その美しさに言葉が出ず、しばらく見とれてしまっていた。

 広がった白銀の翼は光を反射して所々が虹色に色付き、さらに頭上には、今までなかった虹色の天使の輪が現れている。


「まずはお姉ちゃん。いつも明るい笑顔で、私を元気づけてくれたよね。それに妹の面倒見もよくて、本当に自慢の娘よ。さ、この翼を受け取りなさい」

「はい、お父さん!」


 まず姉日和が、アイネが切り離した翼を左右一対ずつ受け取る。

 根本はまだちょっと赤いが、翼には優しい熱が残っていた。


「次に妹ちゃん。泣いてばかりだったけど、とても強くなったね。あなたがいてくれたから、私もお姉ちゃんも危機を乗り越えられた。はい、これ、受け取ってくれるよね」

「父さんっ……えっ、えぐっ! とうさぁん」


 妹日和も同様に、白い翼を一対ずつ受け取った。彼女は受け取った翼をぎゅっと抱きしめる。


「世界には、あなたたち以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め。その為の翼を、今ここに授ける」


 その言葉と共に、アイネはまず妹の頭にゆっくりと手を置いた。


「あなたの名は――――葵。御勅使 葵と名乗りなさい」

「葵……あたしの、名前っ!!」


 妹日和――改め、葵は、手に抱えた翼を取り込み、服の背中に切り込みを入れた。葵の背中からやや水色がかった翼が生え、頭上に白い天使の輪が現れた。


 続いてアイネは姉日和の頭に手を置いて、同じように名前を唱える。


「あなたの名は――――茜。御勅使 茜と名乗りなさい」

「私の名前は、茜。えへへ、いい名前! これで私も本当の家族だね。ね、葵ちゃん」

「うん、茜姉さん」


 姉日和――改め、茜もまた、服の背中を切り裂いて、少し朱が入った翼を広げる。茜も葵も、もともと黒い髪だったので、これでまた更に父親に似てきたようだ。


「はい、それとこれも上げる」

「これはお父さんの武器?」

「これ貰ったら父さん攻撃できなくない?」


 アイネはさらに、二人にアイネの武器、虹天剣――――によく似た形状の武器を渡した。よく見るとほんの少し、アイネの持っている物とは異なり、やや小さい。


「これは残りの一枚ずつの翼で作ったものよ。あなたたちの属性剣は、これでもっと使いやすくなるはずよ」

「わぁ……! ありがとうお父さん!」

「あたし、一生大事にするっ!」


 切り取った6枚の翼のうち、残った翼は武器となって姉妹に渡された。

 実は、アイネの持っている虹天剣も、母親の翼からつくられたものだということが分かっている。


「ふふ、これでアイネちゃんも立派な父親ね。ほら、クライネさん、いいところなんだから起きて、ほら」

「くっ…………こ、この私が、こんな単純なお涙頂戴なんて、きかな………っ」

「翼をそぎ落とした時は一瞬どうなるかと思いましたが……」


 そして、周囲で見ていた人々も、新しい家族のきずなが結ばれたことを拍手で祝福した。


「めでたし、めでたし、で終わればいいんだけど、まだ始まってすらいないんだよね。というわけでアイネお姉さん、ついでに私も1日だけ妹にしてくれない?」

「エルちゃんを妹に?」

「私のマスターも最初のマスターも、上の命令で帰っちゃったから、タイムリミットまでの1日動けないんだよね。普通の人がマスターだと、私が息をするだけで干からびちゃうけど、あなたの無尽蔵の魔力だったら、私を1日ぐらい動かしても問題なさそうだから」


 今度はエルが、アイネに新たな契約を持ち掛けてきた。

 彼女の召喚主はもう帰ってしまったので、何もしなければ彼女は消える運命にあるのだという。


「仕方ない。1日だけなら」

「わーい、ありがとう! それじゃあ私と握手して♪」


 せっかくの感動のシーンに若干水を差された思いのアイネはやや不機嫌になるが、特に断る理由もないので、鉄扉の上に腰掛けた少女と握手を交わした。

 すると、アイネの体から一瞬魔力がごそっと抜け落ちたような感覚が走り、目の前にいた少女の体が光に包まれて変化する。そして、光を振り払うように変化したエルは――――


「あぁ、とうとうここまで戻ることができたか。感謝する」

「あなた……いったい?」


 金髪のツインテールは腰まで届くロングヘアーになり、身長もアイネに迫るほど伸びた。

 かわいらしかった顔は、超攻撃的な美貌へと変わり、半袖にスカートだった服も、いつの間にか位の高い軍人を思わせるような、黒いローブとマントになっていた。


「我が名はエルクハルト・フォン・クレールヒェン。"やがて勝利する者"なり――なんてな。かつては天使などと呼ばれたこともあったが、まさか本物の天使の下で働くことになるとは思わなかった。だが、それもまた面白い。というわけで、ぼさっとしてないでとっとと指示を出せマスター」

「……なるほど、では全力で使い潰してあげましょう」


 また面倒ごとを抱えた気もしなくもないが、世界を救うための戦力は何とか確保できた。

 彼らは急ぎ準備を整え、決戦のバトルフィールドへと向かっていった。


 この世界はまだ終わらせない。

 なぜなら、虹翼天使アイネの物語は、まだ始まったばかりなのだから。

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