幕間7-3:闘争と逃走
レティシアの話を聞いて、アイネたちは若干悩んだ。
すると、3人の中で最も危機感知に優れる妹日和が、一つの考えに思い至った。
「ねぇ……まさか、アンデッドの大攻勢は、陽動?」
「ご名答! ま、実は確実にそうだとは言い切れないんだけど、その可能性はとっても高いんだ」
考えてみれば、妙な話である。普段は気まぐれに襲ってくるだけでしかないゾンビたちが、突然大勢湧いてきて各拠点を攻撃し始める。何のために?
「ひよりん、どうしてそう思うの?」
「だって、拠点をきちんと攻略するなら戦力を4つに分散しないで、1か所に集中した方がよくない? もしアンデットを操っている「何か」がいるとしたら、これは本命の物を護るための圧迫なんじゃないかなって」
「そこまで見抜くなんて、やっぱり日向日和の遺伝子を継いでいるだけはあるね!」
エルによると、彼女はちょうど第5コロニーでアイネたちが特訓をしていた際、第5コロニーの要ともいえる「悪魔樹」の調査に向かっていた。
元代表オリヴィエは、悪魔樹がアンデットを生み出す以外にも何かあるのではないかと考え、エルを調査に向かわせていたのだが…………
「悪魔樹までも~少しってとこまで行ったんだけど、フェレイっていう屍神に負けちゃってさ~! 結局肝心なことが分からなかったんだよね! それでもアイネお姉さんが、異世界再生機構の情報を持ってこれたら違ったかもしれないけど、それすらも失われたから、私たちは推測で動くしかなかったんだ」
「ん、それについては悪かった」
エルが悪魔樹まであともう少しまで迫ったことで、その後悪魔樹の周囲はよりアンデットで満ち溢れることとなった。
これらの状況証拠から導き出した結論は「悪魔樹の周辺で何かとんでもないことが行われている」というもので、第5コロニーの騒動開始から鑑みるに、少なくとも日付が変わるまでには、コロニー崩壊規模の何かが起こる可能性があるのだという。
ただ、アイネは話を聞いているうちに、この場に残っているメンバーたちの考えを邪推し始めていた。
(ひょっとして、私に第5コロニーの救援に行ってほしいの?)
だとしたら、舐められたものだ―――――アイネはそう感じた。
彼女は今まで何度も無償で人助けを行ってきたが、金は入りこそすれ、人々にはほとんど感謝されなかった。ありがとうと言ってくれたのは、彼女が直接かかわった人々くらいの物だ。
どうせ今回も、戦いの最中に罵声を浴びて終わりだろう。だったら、初めからやらなければいい。彼らが…………人々がそう望むのだから、わざわざ助けてやる義理はない。
イヴやクライネ、それにレティシアが残っているのは、情に訴えてアイネを動かす算段なのだろうか?
「それで、私にその危機を収めろと?」
「ううん、べつに」
「?」
ところが、エルはあっさりとそれを否定した。
「別に私たちが動かなくても、ひょっとしたら他の誰かが倒してくれるかもしれないね。だけど、それも確実とは言えないから……逃げればいいと思う」
そう言って、彼女は腰掛けている鉄の扉を手でパンパンと叩いた。
「この扉は、この世界と異世界をつなぐ通路になっているの。アイネお姉さんやエスティさんたちは、ここから出ちゃえばもうこの世界が滅びようと何しようと、関係なくなるから」
「……! それって……!」
「アイネ。私たちは、あなたを待っていたのですわ。代表さんや、それ以外のスタッフさんたちは、すでにこの扉から元の世界に帰りました。そして、あと12時間でこの扉は異世界と隔離されますの」
本来、カンパニーの許可なくこの世界と別の世界をリンクさせるのは重罪であり、コロニーマスターにばれたら★5の手配度が付く。カンパニーが管理できない異世界転移を防ぐための安全保障上の措置だ。
だが、それを無視してこのようなところに異世界への通路を築いた……ウルクススフォルムが、いかにカンパニーのことを軽蔑しているかがよくわかる。
とにかく、ここから異世界に渡れば、アイネは晴れて自由の身となる。
カンパニーの煩わしい管理も、はびこる悪徳もない、おとぎ話でしかなかったまっとうな世界がこの先にあるのだ。ならば、世界の滅亡など気にすることなく、逃げてしまえばすべて解決する。
しかし……世の中そううまい話ばかりではないわけで。
「ただし、私とそこの日和クローン二人は、この扉を通れないから」
「私たちが」「通れない!?」
「待ちなさい。一体それはどういうこと? …………まさか、二人が「オーロラ体」だから?」
憤るアイネの言葉に、エルは黙って頷いた。
「この先は「世界係数」が違う。クローン体は、向こうの世界に渡ったとたん、塵になって消える」
「そう。ならば、私はこの先には行けない」
「お父さん……!」「父さん!」
即決だった。
アイネにとって、心から信頼できるのはこの二人だけ。クライネやレティシア、それにかつての師匠ですら、今のアイネには心から信頼に足る相手ではなかった。
アイネは、二人を失ってまで異世界に逃げる気はない。
「いいの? この世界に残るということは、戦うか、さもなくば何もせずに滅びるかしかないよ?」
「他の誰かの為でもない、ひよりんたちの為。それなら、戦うことに躊躇はない」
彼女の言葉に迷いはなかった。
ひよりん姉妹は、人間性が失われつつある父親の変わらぬ愛に感激し、二人一緒になってアイネに抱き着いた。
「アイネさん。私も一緒に行く。たとえ足手まといと言われようとも、これが最後のご奉仕と割り切るから」
「私にも出来ることがあるかしら? でも、死ぬならアイネの近くで死にたいですわね」
「あんたら辛気臭すぎ。私たちは、生き残るの」
「ふふっ、でしたら私も仲間に入れてください」
イヴも、クライネも、レティシアも、エスティも――――逃げずに戦うと宣言した。
こうして、滅びたウルクススフォルムの残党たちは、最後の決戦へと挑む……のだが
「だったら、その前にやることがある」
ここでアイネは、自分に抱き着いてうれし涙を流す二人をそっと引き離し、その場にかがんで目線を合わせた。
「あなたたちに――――名前をあげるわ」
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