4/4の純粋な感情 前編
豆を煮るに
豆は
(魏・曹植)
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――――《Misson12:4/4の純粋な感情》――――
――――《Target:屍兵エジリ・ダント》――――
――――《Wanted:?》――――
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第10コロニー、F区画。
異界生類創研の本部がある区画にして、コロニーの酸素を供給する酸素発生装置が設置されている場所でもある。
そのため警備は非常に厳しく、疑わしき者はその場で撃退されることになる。
第8コロニーで手に入れた生体ブラックボックスの解析により、変装せずとも機密エリアに入れるようになったアイネたちは、異生研の本部に堂々と侵入するも、その周囲は異様な雰囲気に包まれていた。
「おかしい……いくら何でも警備が少なすぎる。いえ、警備が全くいないわ」
「これ、お父さんが頑張ってヌギャーに潜入した意味なかったかもね♪」
「お姉ちゃん…………さすがに辛辣過ぎない?」
異生研の本部に至るまでは、起動に10本分の指紋認証が必要なエレベーターに乗って地下5階まで行き、そこからダイヤルロック+電子パスワードの隔壁が三重に連なっている。
ここまできてようやくフロントで、その先にも生体術力検査などのセキュリティーを突破する必要があった。
今やアイネたちは、そのすべての情報を根本的に書き換えたので、これらの難関を正々堂々と通過することができたのだが…………それにしては、見張りの兵士の一人すらいないというのは想定外だったし、そもそもなぜかセキュリティーが全く機能していない。
やがて彼女たちは、広大な六角形に区切られた吹き抜けの場所に来た。
異生研の本部――――カンパニーの生体実験の大部分に関わった、リブートの指先の一つはここを本拠地にしていた。
「お父さん」
「何、妹ちゃん?」
部屋に踏み入れたとき、妹日和がアイネの手をきゅっと強く握った。
「逃げて!」
逃げてと言われたにもかかわらず、アイネは妹日和の手を振り払って迷うことなく前方に跳んだ。
そして――――蛇のような形をした「虹」が、アイネを貫いた。
いつもそうだ。
アイネは危機が迫ると、真っ先に自身を盾にする。
誰かが傷つくのを見るくらいなら、自分が傷つく方がマシ――
「ふ…………く……」
だが、アイネもやられっぱなしではなく、虹天剣を相手めがけて撃ち込んでいた。が、その攻撃は、相手が伴っていた分身を貫いただけで、本体にはダメージがいかなかった。
アイネの目の前にいるのは、背中から炎の翼を滾らせた、ひよりんに似た浅黒い肌の女の子。
彼女の両手から放たれた虹の槍が、胸と腹部に刺さっている。これがもしひよりんのうちのどちらかだったら、心臓と喉を穿っただろうが、体格差のあるアイネがかばったことでその位置がずれたのだった。
「お父さん…………お父さんっ! そんな! そんなっ!」
「っ!」
「あんたたちが、私の片割れ……!」
早急に重傷を負ったアイネを確保したひよりん姉妹に対し、ブラックひよりんもまた必殺の一撃が想定外の事態を招いたことに驚き、いったん大きく距離を取った。
「よくも……よくもお父さんをおおぉぉぉっ!」
「まって、ひよりん。お姉ちゃんがいく」
自分をかばって瀕死の重傷に陥った父親を、涙ながらに抱きしめて必死に延命措置を講じる妹日和をさらに庇うように、姉日和がブラックひよりんの正面に立った。
「あなた、もしかしていつも怒ってた妹ちゃん? きゃー、久しぶり! お姉ちゃんは会えてうれしいな♪」
「誰が妹だ! お前なんかもう姉じゃないっ!」
「えー、せっかく久々に会えたんだからさ! もっと喜ぼうよ! でもね、そのヤマンバメイクはお姉ちゃんちょっとどうかと思うな~」
「メイクじゃないっっ!! 私は……私は、エジリ・ダント! 私は運命の交差路の先を行く者なり!!」
ずっと離れ離れになっていた自分の片割れは、完全に敵になっていた。
昔はいくら怒っていても、姉日和が何とかなだめていたが、目の前にいるブラック日和――――いや、エジリはもはや別人といっても過言ではなかった。
もはや対話は不可能。だが、姉日和はそれが何でもないかのように、いつものような屈託のない笑顔で一歩一歩エジリに近づいて行く。
「そっか、あなたはもう死んでしまったのね。エジリ……いい名前ね」
「ああ……そうでしょ? いい名前でしょう。お前もすぐにこの名前になる」
「ってことは、なに? 私たちまで吸収するつもり? のんびりやさんも吸収しちゃったみたいだし」
「あの子まで手にかけたの!? ひどいっ! あんまりじゃない!」
後ろから、妹ひよりんの涙ながらに絶叫する声が聞こえる。
彼女は、もう一度4人一緒になりたかった。そのために……父親にわがままを言って、無茶させて、ここまで連れてきてもらったのだ。
「お姉ちゃんっ! そいつは私が倒す! 妹とお父さんの仇だ!」
「まあまあひよりん、とりあえず落ち着いて、ね。お父さんはまだ死んでないし、それに……私たちはもともと一人だったんだから、そう簡単に殺すことなんてできないよ」
姉日和はさらに一歩ずつ近づく。
「『生成』――『鋭化』―― 一撃あればお前は血の海に沈む。それでもまだそんな顔ができるの?」
「そんな顔? 私はこんな顔しかできないんだよ」
「狂ってる! 前からそうだった! あんたは私たちの中で一番狂っていたじゃない! わかってるの? もうお前は私の間合いにいるんだからな!」
「だったら斬れば? それともこれが怖いの?」
姉日和とエジリとの間には、まだ30歩分の距離がある。けれども、武器生成で作り出した『鋭化』のバフがかかった日本刀を正眼に構えるエジリには、完全に射程圏内だった。過剰ともいえる切れ味を誇る日本刀は、おそらく掠るだけで骨まで切断するだろう。
一方で姉日和の背中には、まるで太陽のように16本の日本刀が背負われていた。
斬鬼から鹵獲した、古代金属でできた刀だ。
ところが何を思ったか、姉日和はせっかく背負っていた日本刀を、その場で全部パージしてしまった。
重量のある日本刀16本が、ドカドカと音を立てて床に転がった。
「おいでよ、ひよりん。私が天使になって、あなたを生き返らせてあげる」
「…………………」
(頭が冴えてくる……。これが、あの人の見ている風景……)
様々な負の感情を乗り越えた先にある恐怖……それがもたらす、堕落したかつての同胞への怒りが、ある一転を境に、新たな世界の扉を開いた。
おそらく、のんびりや日和を吸収した成果なのだろう、迷うことなき純粋な敵意は、目の前の存在の確実な「死」を予言した。
だがそれは―――――
「――はぁっ!!」
「残念♪」
首を刎ねるはずだった完璧な一太刀は、カキンと乾いた音を立てて、姉日和の柔肌ではなく研究所の床を切り裂いた。
そのコンマ一秒後、エジリは世界が真っ逆さまになるような感覚とともに、大きく吹き飛ばされた。
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