4/4の純粋な感情 後編

 姉日和は、エジリの日本刀による一撃を、硬質な砂を纏わせた手刀で受け流し、逆に前のめりになったエジリの顎をもう片方の手で打ち抜いた。

 さく裂したのは、竜舞式格闘術奥義「破流」――相手の近接攻撃を合気で受け流し、勢いをそらされた敵にカウンターを叩きこむ技。

 あまりにも一瞬の出来事だったため、何が何だかわからない間に、エジリは反対側の壁に背中を叩きつけられた。


「がっ……!?」


 エジリの息が詰まる。前後左右が定まらない。

 だが、すぐに姉日和から追撃が来ることはわかっている。


「砂神剣、散華っ!」

「趨炎附熱……大紅炎!」


 いつの間にか両手に現れた紅色の砂神剣が、容赦なく空中に赤い斬撃線を描き、エジリは間一髪でそれにクロスするように魔道焼夷線を放った。

 紅の砂塵が斬撃線に沿って大爆発を起こすものの、エジリは死の砂嵐を強引に突破した。全身に無数の傷ができるが、あふれ出る脳内物質が体中に回り、傷が一瞬で回復する。


「あはっ♪ 丈夫になったね、お姉ちゃんうれしいな!」

「うるさいうるさいうるさいっ! まずはお前からひねりつぶす! 生成――スカーミッシャー・ブリッツクリーク!!」


 分身を3体出したエジリが、手に黒い投げ槍を生成し、姉日和に向かって投擲する。投擲された槍は、空中でさらに生成を続け、一気に100本以上の槍の雨となって降り注ごうとする。

 が、槍の雨は空中で分厚い水の帯にはじかれる。


「お姉ちゃん! ひよりんも援護するからぁっ! 早く倒さないと、お父さんが死んじゃうっ!」

「わかってるよひよりん、お姉ちゃんに任せて!」

「面倒な……!」


 槍をはじいた水の帯がそのまま床に流れて津波になったため、エジリは炎の翼を広げて空中へと飛んだ。

 生成、鋭化で一本の切れ味鋭い日本刀を再び構えるエジリに、姉日和もまた立体軌道戦に移行した。


「地上の敵はお前たちに任せる! あの泣き虫弱虫を蹂躙しろ!」

「「「「「「「イエス、マイロード」」」」」」」


 7体の人形が、精強な騎士団に変化し、さらにそれが70人に増えた。

 さすがに二正面作戦は分が悪いと判断したエジリは、妹日和を聖女騎士団で抑えることにした。


「なんか増えたぁっ! こっち来ないでっ!」


 妹日和は虹天剣αをふるって迎撃するも、聖女騎士団は一糸乱れぬ連携でヒットアンドウェイを繰り返し、彼女を拘束した。


 だが、それはエジリにとっても、苦肉の手段だった。


(魔力の負担が重い……それに比べて、なんであっちはそんなんに大盤振る舞いできるの?)


 日本刀を振るい、強力な炎魔術を放ち、さらに聖女騎士団のコントロールまで行うエジリの体から、湯水のように魔力が消費される。

 それに対してひよりん姉妹の方は、残存魔力のことなど知ったことかとばかりに、無茶苦茶な威力の攻撃をやたらごり押ししてくる。


「ほらほら、動き鈍ってるよ? それともやっぱり、私たちと戦うのは苦しいよね? 早く楽になっちゃいなよ♪」

「黙れっ! 私は……前からお前が嫌いだったんだ! いつもニコニコヘラヘラして……! もう二度と姉貴面できないように、私がお前を支配するんだ!」

「何のために?」

「戦士としてより高みに上り…………私のあるべき場所を得る!」

「なるほどね。あなたは、エシュのことが好きなのね! そうでしょ、エジリちゃん?」

「え……?」


 エジリの動きが止まった。

 だが、姉日和は容赦なく砂神剣でエジリを切り刻んだ。


「うぐぅっ! 何をっ! このっ!」

「隙ありっ♪」


 さらに、姉日和はエジリの懐に一気に飛び込んだ。

 日本刀による反撃は砂神剣で受け流され、今度は腹部に蹴りを見舞った。優しい言葉を口で紡いでおきながらも、一切の容赦のない攻撃は、エジリを徐々に押し込んでいった。


「大自然の力を根源とする、仙道の技。気を操り、自らの肉体を高める。エジリちゃんのお師匠様はエシュ――いえ、屍神レグパ。あなたは、彼を恐れていて、なおもあの人を超えようと、あがいている。違う?」

「……っ!」


 紅の斬撃線が流星のようにエジリを襲う。エジリは金行で「聖なる盾」を模倣し防いだが、その動きは依然と比べて明らかに鈍くなっている。

 エジリは混乱していた。そもそも姉日和はエシュのことを見たことがないはずだ。それなのに、彼女はエジリの思いの根底を一瞬で見抜いた。


「日本刀が好きなんだね。十二鬼神と戦った経験があるみたいだし、そこで覚えたのかな?」

「なんで……!」

「ああ、そうか、私たちの本拠地を潰したのもエジリたちだったのね。炎竜帝とエルちゃんの戦い方を見てるでしょ! ね、お姉さんは何でも知っているのよ♪」

「ふざけるな! 気持ち悪い! 勝手に私の人生を語るな!!」

「だって、ひよりんたちはもともと一人なんだから。私とあなたは一緒。でもな、私はお姉ちゃんだから、エジリの生きてきた思いも、全部受け止める」


 かつて第5エリアでアイネとともに行っていた特訓によって、ひよりん姉妹は相手の体一目見るだけで、その人物がどんな状態になっているのかが手に取るように見えるようになった。

 さらに、相手に触れることができれば、相手のたどってきた過去と、その先に待ち受ける運命までわかるようになった。


 これらはすべて、父親――アイネの背中から学んだ。

 アイネの生きてきた人生に自分を重ね合わせる「模倣」……そこから得られる能力の源流をたどり、虹天剣と竜舞式格闘術が持つ真の力を、戦いの中で掘り当てるのだ。


「お前は……お前は人間じゃない!!」

「エジリちゃんに言われたくないなぁ♪」


 姉日和はすべてを受け入れる。それは、とても残酷なこと。

 以前の純粋なままのひよりんだったら、少なくとも今の状況では姉日和のいう事に耳を貸すことはなかっただろう。だが、エジリは…………姉妹の中でもっとも仲間との再会を望んでいたのんびりやを吸収してしまった。

 彼女の力を吸収して、さらなる強さを得たはいいが、同時に弱点も一緒に抱えてしまった。彼女の中の、のんびりやが求めていた、ほかの姉妹と戦いたくないという思いが、エジリの心をかき乱すのだ。

 姉日和はなんと、精神攻撃でエジリを陥落させようとしていたのだ。


 で、そのころ妹日和は――


「うわあぁん! お姉ちゃん、まだなの!? 早く片付けてよぉ!」


 いまだに聖女騎士団の一団と戯れていた。

 だがこれも、彼女なりの作戦で、姉日和への対処に精一杯のエジリは、聖女騎士団が妹日和に地道な出血と回復を強いて、余計な力を使わせようとしている。


 父親アイネの難点は、残存魔力がなくなると近接格闘しかできなくなるほど弱体化することにある。特段彼女が燃費が悪いわけではないが、今まで戦ってきた敵はどれもこれも手が抜ける相手ではなく、本気で魔力をぶつけるほかなかった。

 だが、逆を返せば普通の相手にも同じことが言えるわけで。


 ともすれば、ただひたすら高威力の技を振り回しているだけにしか見えない二人だったが、気が付かないうちに徐々にエジリを追い詰めていたのだ。

 二人は体内に、斬鬼と天鬼から奪い取った永久魔力機関を吸収しており、魔力の枯渇の心配がなくなっていた。これなら、エジリの方が力量差で上回っていようとも、いずれ力尽きるだろう。


「く…………ぅ、私は……私はっ!!」

「痛いよね、くるしいよね……ごめんね弱いお姉ちゃんで。でも、私はあなたを助けたいから」


 アイネとともに長時間飛んでいた姉日和に有利な空中戦に持ち込み、さらには精神攻撃で揺さぶるという搦手で、エジリは徐々にその力を発揮できなくなってきていた。

 そしてとうとう、あふれ出る脳内物質を制御できず、エジリは意識を失い始めた。


「あ……おねぇ、ちゃん……」


 炎の翼が消え、聖女騎士団が消え、エジリは空中から真っ逆さまに落下する。


「おっとあぶない!」


 だが、床に落ちる寸前で、何を思ったか姉日和はエジリを抱きかかえ、墜落を防いだ。

 すると、アイネを守っていた妹日和が大慌てで駆けつけてくきた。


「お、お姉ちゃん!? なんでそいつを!?」

「おつかれひよりん♪ お父さんのケガはどう?」

「うん……心臓は何とか逸れたけど、魔力がもう体にほとんど残ってないから、1日は目を覚まさないかも…………って、それより! そいつは! お父さんを攻撃したっ!! なんでとどめを刺さないの!!」

「……ようやく、妹たちが戻ってきたんだよ。たとえこんなになっても、私はお姉ちゃんだから」


 意識を失っているエジリを抱いた姉日和は、そう言って屈託のない笑みを浮かべる。けれども妹日和は、いまだに危機感を捨てていない。


「だから! お姉ちゃんのそういうところがダメなんだってば! 早く捨てて! そしてお姉ちゃんどいてそいつ殺せない!」

「まあまあ、そんなこと――――」


 と、そのとき。

 エジリの瞳が――――うっすらと開いた。



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