仇為す鋼達と 願いの翼 その4

 ウルクススフォルム所属の召喚霊。「戦争屋」エルは生前こんなことを言っていた。


 "戦いに勝つコツは、戦場の主導権を握り、相手の意表を突くこと"


 アイネはエルに会ったことはなかったが、奇しくも今回、その言葉を体現することとなった。


 十二鬼神の1機「天鬼」は非常に高度なAIを積んでいる。

 天鬼はアイネが自分にわずか1人で向かってきたことで、彼女が自分を牽制する役割だと一瞬で見抜いた。が、アイネの考えている「牽制」は普通のそれではなかった。


 まさか、蹴り一発で自慢の装甲が打ち破られるとは想定していなかった二機は慌てた。


『おのれ、まさか主力はそちらか! 卑怯なり!』

『想定外、援護求む』


 元々二機は斬鬼が前衛に立って主攻を行い、遠距離特化の天鬼がそれを援護するはずだった。

 ところが今やその前提は崩壊し、天鬼は内部まで大打撃を受けて援護なしではまともに攻撃できなくなっていた。特に胸部に搭載していたビームキャノンはかなり損傷してしまい、撃てなくなっている。さらに、自身の巨体が的でしかないことをようやく理解したのか、天鬼は自身の大きさを3m程まで小さくしてしまう。


「あれ? ちっちゃくなっちゃった? ま、だからといって手は抜かないわよ!」


 目の前の大型ロボットが突然縮んだことを不思議に思いつつも、アイネは攻撃を続行する。

 右足はもう使えないが、まだ左足が残っている。それがだめならまだ両腕がある。


「ひよりんたちっ! こっちを片付けたらすぐにそっちに行くわ!」

「お父さんっ、右足が…………! 無理しないでっ!」

「ひよりんたちも、お父さんに負けないんだから!」

『ぬぅ、小娘ども! そこを退け!』


 天鬼を助けに向かおうとする斬鬼の前に、相変わらず蜂のようにひよりん姉妹がブンブン飛び回る。

 悪魔の翼をフル出力で稼働し、アイネめがけて一直線に飛んでいけば数秒で助けに行けるのだが、今のままだとこの姉妹に背後を取られ、アイネは倒せるかもしれないが自分たちが今以上の危険にさらされる。斬鬼には、ひよりん姉妹を早く倒して僚機の元に駆け付ける以外なかった。


 16本の日本刀が四方八方から襲う。

 斬撃による衝撃波があちらこちらに容赦なく飛び、建物をサイコロステーキに、地面を傷だらけにする。

 それに対し妹日和が虹天剣αで、長大な水のリボンを形成して刀の威力を受け止めて絡めとり、さらにそこから飛び出す泡で衝撃波を相殺する。

 水のベールや泡で、鋭い日本刀の攻撃を受けられるというのは俄かに信じがたいが、それだけ水術に魔力を込めているのたろう。


「お姉ちゃんっ!」

「任されたっ!」


 妹日和だけで攻撃を受け止めたので、今度は姉日和がフリーになる。


『背後だとっ!?』

「くらえ、ひよりんキーーーック!!』


 一瞬で背後に回って蹴りを入れようとしてきた姉日和に、間一髪で気が付いた斬鬼は、急激に振り向くように回避しようとする。幸い背中への直撃は避けられたが、紅の死の砂を重厚にまとった飛び蹴りが、背中にある「悪魔の翼」の右翼に当たり、粉砕した。どうやら悪魔の翼はほかの部位よりも強度が低いようだ。


「おしいっ!」

『あの偽天使の身ならず、こやつらまでも…………! 正々堂々と勝負いたせ!』

「えーっ、いきなり勝負仕掛けてきてそれはないんじゃない?」


 笑顔でそんなことを言いながら、姉日和は間髪入れずに砂神剣を振るい、砂塵の爆発で日本刀と打ち合った。

 斬鬼は日本刀で切りつけつつ、今度は妹日和の奇襲に備えた。動かせる刀を4本残し、どの方向から来てもすぐに反撃できるようにしたが――


『斬鬼、当方二対一なり、援護を要請する』

『何!?』


 またしても斬鬼の予想は外れる。

 妹日和は、斬鬼への攻撃を放棄し、姉が攻撃しているすきに父親の援護へと回った。


「ほーら、どうしたの? 連携がなってないじゃないの!」

「これ以上お父さんの足を折らせるわけにはいかないっ!」


 斬鬼が二人に拘束されていたので、天鬼の方がビームで撃ち合いをしつつ斬鬼の方に逃げてきたようだ。いつの間にか二機の距離は開戦当初の位置に戻っていたが、それはアイネたち三人も合流することを意味している。

 妹日和は早くからそれに気が付いており、虹天剣αの水のベールで小さくなった天鬼を迎撃した。柔らかくも強靭な水のリボンが天鬼の脚部に絡まり、遠心力を利用して天鬼をスリングのように投げた。マッハに近い速度で飛ぶ天鬼は急には止まれない。


『来るなぁっ!?』

『不覚』


 天鬼は真正面から斬鬼に衝突した。

 とっさのことで反応が遅れた斬鬼は、やむを得ず日本刀でぶつかりそうになった天鬼を撃墜してしまった。哀れ天鬼は、今度は小さくなったことが仇となって味方の武器の攻撃に耐えられなかった。

 こうして、二機のうち一機が撃破された。


「さあ、もう出し惜しみは不要っ!! 畳み掛ける!!」


 残り一機となり、いくつか損傷が見られる斬鬼に総攻撃をかけるべく、アイネはついに両手の虹天剣に七色の光を灯した。それだけでなく「エンゼルバニッシュ」で虹天剣の複製を周囲に5つ展開。アイネはこの一撃に残存魔力を全てつぎ込んだ。


「天を! 地を! 海を! 全てを切り裂く天使の刃っ! 貫け、セプテントリオンっ!!!!」


 第8エリア全体に響き渡る爆音と共に、凄まじい威力の虹色レーザーが七本まとめて斬鬼に照射される。

 攻撃力だけなら天鬼をも上回りそうだが、魔力の消費はその何百倍にも上る。


『ぐ……ぐおぉ……』


 斬鬼は16本の日本刀を、彼のエンブレム――時計回りに並んだ太陽のような日本刀の印章のように展開し、全力で防いだ。

 だが、斬鬼はこの時点で己の敗北が覆らないと確信せざるを得なかった。


「「はあぁっ!!」」


 同じ声が、同じ体勢で、同時に下腹部に蹴りを入れた。

 アイネが習得した奥義「骨貫」を「模倣」したひよりん姉妹の蹴りは、斬鬼の巨体を震わせた。

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