幕間5-2:アシスト

 ディスクの奮闘の甲斐あって、アイネたちが無事に第一関門を越えたと連絡が入った。あとは向こうからの合図を待って、あらかじめハッキングしたコントロールシステムをタイミングよく切り替えて、潜入する二人をアシストするほか、最終的に異世界再生機構のデータを抜くつもりだ。


「ありがと、二人とも。肩をほぐすだけでこんなに楽になるなんて思わなかった」

「えっへへ~、どういたしましてっ!」

「お姉ちゃんの作業が間に合わなかったら…………お父さんが、死んじゃうんじゃないかって…………」

「そ、そう…」


 そしてディスクは、肩のツボを押してくれたひよりん姉妹に改めて礼を言った。その動機は「作業が遅いとアイネが困るから」というアレなものではあったが、助かったことには変わりはない。

 ディスク自身、体のツボを押して体の調子を整えるという方法を知らないわけではなかったが、ここまで効果があるとは思わなかった。今でも体がとても軽い。


「さすがは……クローンといえども日向日和ね。まだ小さいのに、こんなに効果的なマッサージができるなんて」

「これね、お父さんに教わったんだよ! すごいでしょ! ゾンビを殴りまくったら、人の体の構造とかがよくわかるようになったの!」

「ゾンビを殴る!? ま、まあでも、それはなかなか興味深いわ」


 なんでも、ひよりんたちはアイネから教わった「竜舞式格闘術」の基礎のおかげで、特に人間相手であれば、その人の癖や持病、昨日食べたものまでわかるらしい。データから相手の弱点を抜くディスクには俄かに信じがたいことだが、彼女たちならできても不思議ではないとも思ってしまう。


「たとえばね、ここを押さえると~」


 姉日和がディスクの鎖骨のやや下あたりをフニッと指で押さえる。


「心臓が止まるの♪」

「ちょっとまって! それ以上押さないで!?」

「あと、こことかここは一瞬だけ力を込めれば失神するし、首の裏のここなんかは目が見えなくなったりするの♪」

「も、もうちょっと穏やかなのはないの?」

「ええっと…………太もものここは、エッチな気分になるって……」

「くわしく!」


 そんなやり取りをしていると、潜入したアイネたちから通信が入った。


《D》

「あ、お父さんの声!」

「無事だったんだ…………えぐっ、よかったぁ、よかったぁ……」


 かつてどこかの世界で行われていた「社長戦争」で使われていた発信機「ベル」を改造した通信機から、アイネの声が聞こえた。ディスクはそれを合図に、再びモニターに目を移し、パパっとコマンドを打ち込んだ。


「監視システムは遮断した。3分後に室内灯の電源を落とす」


 ひよりんたちが見守る中、ディスクは再び無言で作業に移る。

 遠隔操作で物理的に電源を落とす……いくら優秀なハッカーでもそこまでできる人材はいないが、ディスクの手にかかればインターネットなどなくとも、電気信号さえあれば電気系統にも干渉できる。建物のセキュリティーもすべて彼女の意のまま。

 さて、ここまで順調に進んできたが…………ここで学園の周囲に異変が発生した。


「あれ、なんか軍隊が―――――ってえええぇぇぇぇ!?」

「どうしたのお姉さん?」

「ひぇっ、お、お父さんはどうなるの!?」


 なんと、どこから学園祭の情報が漏れたか定かではないが、カンパニーと因縁浅からぬ私設軍団「黒龍騎士団」がヌギャー学園に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 そのような情報は今まで前兆すらなかったので、恐らく何か突発的な事態があったのだろう。

 アイネたちは現在悪人に変装して潜入をしている……これでは下手すれば総統選に巻き込まれる恐れがあった。


「アイネ、イヴ、聞こえる!?」

《Dさん!! なんか上の方が騒がしいんだけど!?》

「別のハンターが上の階に突入したみたい! 今は詳しく話してる暇はないけど、作戦変更よ!」

《別のハンターですって!?》


 事態は非常に緊迫した。どうやらアイネたちは混乱に乗じて目的の部屋まで走り抜けるようだが、運悪く突入部隊に捕捉されたようだ。

 しかもその相手がよりによって黒龍騎士団総帥の須王龍野だ。何かの間違いでアイネと開戦すれば、実力差を鑑みてアイネが惨敗に終わる可能性が高い。


「お父さん…………呼び戻した方が、いいの、かな……」

「大丈夫ひよりん、きっとお父さんは切り抜けるよ。もちろん、何とかなら無そうだったら、私もお父さんを守るために助太刀に行く」

「何なら私も援護する。どこまでできるかわからないけど、依頼人は見捨てたくない」


 部屋にかつてない緊張が漂った。

 だがそれでも……ひよりん姉妹は、ギリギリまで父親を信じて動くことはなかった。以前の二人なら危機を感じてすぐにアイネを呼び戻したはずだが、それを今はぐっとこらえている。

 今二人が勝手なことをしてしまったら、アイネの任務は失敗に終わり、彼女たちは二度ともう一人の姉妹に会えなくなってしまうのだから。


 ひよりん姉妹は、確実に大人になってきていた。

 目先のことばかりではなく、ずいぶんと先のことまで考えられるようになった。


 そんな彼女たちの判断が功を奏したのか、アイネは無事に須王龍野と和解し、その先にある目標地点に到達。ターゲットを倒し、お目当ての物を手に入れることができたようだ。


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