幕間5-1:復活のD
「えぐっ……えぐっ、お父さぁん…………早く帰ってきてぇ~……」
「よしよし、泣かないでひよりん。お父さんはね、ひよりんたちの為に頑張ってるんだから、いい子にして待ってよ、ね?」
アイネから預かった虹天剣を抱えてめそめそ泣く妹日和を、姉日和がよしよしと頭を撫でる。
最近、アイネが傍にいるときは、オドオドしつつも泣くことはあまりなかった妹日和だったが、父親から離れたとたん、これである。
そして、複数のモニターの前に座っているポニーテールの少女が、その光景を見て若干イライラしていた。
「…………もう、いつまでもメソメソしないで。女の子でしょ、もっと強くなりなさい」
「でもぉ……お父さんがぁ…………」
「ほら、ひよりん。周りに迷惑かかっちゃうし、泣いてたらお父さんが頑張れないよ」
「ふえぇ……」
(何なのこの子たち!? 日向日和のクローンなのに、日向日和じゃない!? 訳が分からないわ!)
ポニーテールの少女こと謎の美少女情報屋D――――いや、ディスクという少女がイライラしている理由は、妹日和がうざったいからというわけではない。普段の彼女なら、仕事に没頭すれば周りの些細なことなど気にもならないからだ。
だが、幸か不幸か――――ディスクはひよりん姉妹を一目見た瞬間「わかってしまった」。そして、彼女が感じた違和感は、奇しくもリルヤが感じたものと同じだった。
(おまけにたった2時間でIDカードの偽装とVIP登録の改ざんって……「あの人」もたまに無茶苦茶言ってきたけど、師匠が師匠なら弟子も弟子だわ。情報操作は魔法じゃないっつーの)
あとついでに、今日出会ったばかりのアイネに、突然とんでもない難易度の作業を依頼されたのもイライラの一つだった。IDカードの偽造と簡単に言うが、ここはありとあらゆる天才が集まったカンパニーのおひざ元だ。下手な偽装ではすぐにばれてしまうので、非常に膨大な情報を広範囲にわたって改竄し、つじつまを合わせなければならない。
天才的なプログラマーでも、ぶっ通しで10年はかかる作業であり、それを2時間でやれとは正気の沙汰ではない。
手元にあったバナナを乱暴に一房千切り、皮をむいてほぼ丸呑みにして食べ、それをパックのバナナジュースで流し込む。そして、このバナナが最近のインフレで一房180,000,000円にまで高騰していることを思い出し、さらにイライラが募る。
(くっ……この仕事が終わったら、しばらく有給使って1か月くらい緋色とイチャイチャしてやるんだから!)
ディスクはそんなことを考えながら、モニターに向かって一心不乱に作業を進める。
ひよりんたちはいつの間にか泣き止んだようで、後ろは急に静かになった。彼女はさらに集中して倫理キーボードをうつものの…………
「ギリギリ……かしら」
初めは2時間では無理だと確信していた。それでも彼女が引き受けたのは、依頼人から案件を聞いて、無理にでも阻止しなければと感じたからだ。
マルチタスクを十全……いや、十二分にフル稼働する。なんとしてでも異生研の闇を暴かなければという義憤が、ディスクを突き動かす。
「…………ちょっと、何よ」
と、ディスクが全力で作業している背後に気配がした。振り返らなくても分かる。ひよりん姉妹が、ディスクの作業を肩の後ろ至近距離から無言でじっと眺めてきていた。今は数秒の遅れでも致命的なだけに、あまり邪魔しないでほしいとディスクは感じた。
「お姉さん、肩凝ってない?」
「…………」
突然そんなことを言い出す姉日和。ディスクはそれを無視した。
確かにデスクワーク続きで肩がこってはいるが、今はそれどころではない。
だが、次の瞬間! ディスクの両肩に強烈な痛みが走った!
「せーのっ!」
「お父さんはひよりんたちが助けるっ!」
「ヌ゙ゃ――――――――――――」
いきなりの激烈な痛みに、ディスクは声にならない叫びをあげた。視界が真っ白になり、体全体から汗がドバっと溢れる。
「突然何するの!?」と抗議の声を上げようとした彼女だったが……………
「あ、あれ? 身体が軽い!? なんか私、生まれ変わった!?」
肩に感じた激痛はすぐに収まり、それと同時に視界が今まで以上にクリアになったような気分になる。両腕も羽根のように軽やかに動くようになり、脳の回路も今までが錆びついていたのではないかと思うくらい、スムーズに動くようになった。
「――なんだかよくわからないけど、これでいけるっ! 天才少女ディスク、復活っ!」
その後、すべての不調から解き放たれたディスクは、今まで以上の猛スピードで情報を組み立て、2時間ギリギリかかると見込まれていた作業は、1時間30分で終えることができたという。
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