養殖幼女 その5
貫通された隠し通路を降りたアイネたちは、すぐに途轍もなく嫌な臭いに包まれた。この世のありとあらゆる物が脂ぎったかのような臭いに、彼女たちは思わず閉口してしまう。
「くっさ!」
「うぐぅ……ひどい臭い」
クライネが臭いに目を回し手を床につくが、床も何やらヌチョヌチョシている。足元に気を付けないと滑って転んでしまいそうだ。
アイネは、クライネに防塵マスクを渡し、二人は変装マスクを着用したが、気休めにすらならない。
「これが……暗黒と頽廃の臭い!?」
「たぶん硫化水素とチオールですね……」
「まるっきり下水道じゃない」
臭いに苦戦しながらさらに奥へと進んでいくと、何かの研究施設のような場所に出た。そこには様々な機械類と、無数の培養液が入った円筒形の水槽があり…………培養液の中には、様々な女性の素体が浮いてる。
培養液は全体的に白く濁り、これらもまた奇妙な臭いを発していた。
「…………ひよりんたちを預けてきて、本当に正解だったわね。さっきの人身売買もそうだけど、こんなの見せたらトラウマになること確定だわ」
「ええ、本当に」
《――それはどうかしら? あの子たち死体見慣れてるし、あんまり影響ないんじゃないかしら?》
「D……通信復帰したんだ」
《悪かったわ、ちょっと想定外の人がいたから黙っていただけ。私と
「オーケー」
アイネはポケットから黒くて柔らかい塊を取り出すと、それを適当な機械類に張り付けた。この吸着型モデムは、吸い付いた機械からネットワークに入り、そこから機密情報を辿ってDの元に送信するようになっている。
《あー……これはまたヤバイデータがジャンジャカ出るわ。しかも一部の出荷先は…………『リブート』のコードネーム「女帝」……》
「なるほど、これで確定したわね。だけど、こっちも色々確定だわ」
《ん?》
協力者Dとの交信の最中――――アイネたちのいるフロア奥の扉が開いた。
そして、扉から出てきたのは、見ただけで三人が思わず一歩後ずさりしてしまうような、凄まじい容姿の男性だった。
「オウフ……女の声がする。んんん~…………もっと聞かせてくれよぉ……」
一言でいうと、きもい。とてつもなく、気色悪い。
耳が埋まるくらい脂肪に包まれた頭は、スキンヘッドなのに口の周りは手入れのされていない髭がモサモサで、酒のシミやたばこのやにが付着している。
身長はイヴよりやや大きい程度だが、明らかに体重は二倍近くありそうで、ヌギャー学園のブレザーを着用しているが、サイズが全く合っていない。
アイネは情報端末を目の前の人物に向けスキャンした。
ターゲット名は「黒革 信新之助」。ターゲットとしての罪状は単なる軽犯罪法違反の常習犯であり、★も1程度でしかない。
だが、こいつの真の姿は「異世界再生機構」の下部組織、異生研の裏メンバーであり、クローニングの能力を買われて、コロニー内でも有名な女生徒たちや、美少女、強力なチート能力者や王族貴族の血筋など、価値あるクローンを量産してきたのだ。
(こんな奴に私の声を聞かせてやるのですら嫌になるわ)
アイネとイヴは示し合わせたかのように、ボイスチェンジャーのスイッチをオンにした。
「ドゥフフ………フォカヌポォ! さあ、美少女ちゃぁん……その声を俺に聞かせてくれよぉ! そして臭いを嗅がせてくれぇ!」
ドップンドップンと体を揺らしながら近づいて来る黒革。が、アイネたちは振り向きざまに――――
「ザッケンナコラー!」
「スッゾオラー!」
「ムワアァァァァァ!? や、ヤクザだあぁぁぁっ!?」
美少女だろうと思って近づいた相手は、まさかの(見た目)暴力団であった。
ヤクザな風貌なのはむしろ黒革の方なのだが、彼の精神は引きこもりとストーカーを合わせた程度のものでしかなく、弱者相手にはとことん強いが、強者相手ではごらんのとおり。黒革たちまち委縮して、その場に尻餅をついてしまう。
「ひいぃぃぃ! お、おたすけええぇぇ!」
「お前か! こんな悪趣味な人形をこしらえている奴は!」
「ばふぅっ!? ご、ゴメンナサイ!」
「ヴァイス王女の人形を作ったのもお前か! 須王龍野様が「貴様の人形は0点だ」と言っていたぞ!」
「ガフアッ! ご、ゴメンナサイ!」
アイネとイヴが、黒革の身体をサッカーボールのように立て続けに蹴飛ばした。
蹴られて機械に身体を打ち付けるたびに、黒革が泣きながら謝ってくる。はっきり言って、ターゲットにしては戦闘力がなさ過ぎて、戦いにすらならない。
むしろ、自分の人形を作られたアイネや、かつての上司だった奏の人形を作られたイヴは、龍野の恨みの分も含めて、容赦なく蹴り飛ばして痛めつけた。
ただ、二人は私怨だけで蹴っているわけではない。アイネはこの先の作戦のために、彼が持つ「重要なもの」が必要なのだ。それは――――彼の体内に埋め込まれているとされる「生体ブラックボックス」。脊髄のあたりに埋め込まれたマイクロチップで、持ち主のありとあらゆるデータがそれに詰まっている。
それをDに渡せば、ミッションは完了だ。
だが、またしても予想外の出来事が発生する。
「これでっ! とどめっっ!!」
「うぼあああぁぁぁっ!?」
最後に気絶させるべく放った、アイネの蹴りが黒革の腹を直撃し、彼は部屋の中央付近にある大きな鍋に突っ込まれた。だが、これがいけなかった。
「ぶ、ぶふふふはははは!!!」
「うわっ……まだ生きていたの――――ってなんじゃありゃ!?」
なんと、黒革は鍋の中身を全部飲み干したらしく、大きな鍋から異様に膨らんだ頭部をのぞかせた。
「イヴ! クライネ! 向こうの部屋に逃げて!」
「わ、わかりました!」「なんなのですかあれは!?」
「ご、ごれでぇぇぇ!! 俺は巨大化してぇぇぇ! ヤクザもたお…‥……おぶっ、おぶぶぶぶぶっ!?」
鍋から巨大な顔だけ出した黒革は、一瞬だけ勝ち誇ったようなキモイ笑みを浮かべたが…………その顔はすぐに苦痛に歪むことになる。
金属の鍋が内側から膨らみ、まるでスライムのようにドロッとした肌色の塊が増殖し始める。どうやら、彼は培養液を一気飲みしたらしいが、なぜか脂肪が爆発的に増えてしまい、あっという間に部屋を満たし始めた。
「退避っ!! たいひたいひたいひーーーーーーーっ!!」
《アイネ、早くっ! 今度こそ隔壁を閉めるから!!》
アイネは、先に退避していたイヴとクライネと共に、資材置き場のような部屋に逃げ込むと、Dが遠隔操作で隔壁を下ろし、さらにアイネ自身が虹色の盾を張ってなんとしてでも押しとどめようと踏ん張った。
彼女の奮闘により、幸い脂肪は資材置き場に流れ込んでくることはなかった。
増殖した脂肪は地下フロア全体に広がって、やがて発火。彼のコレクションルームすべてを焼き払い――――20分ほどで燃え尽きた。最後の最後は自爆とは、あっけない幕切れであった。
「ふぅ……何とか助かりましたわアイネ」
「二人ともけがはないようね。よかったわ」
《また派手にやったわね……カンパニーは昔からこんなのばっかり》
通信の向こうで、協力者Dが呆れていた。何度遭遇しても、こういう理不尽には慣れないらしい。
《それより、生体ブラックボックスは大丈夫かしら》
『あっ』
見れば、黒革信新之助だったものは、ぶち破られて転がった鍋の中で、完全に炭化していた。
「い、急いでブラックボックスを探すのよ! クライネも手伝って!」
「は……はいっ!」
「見つけたブラックボックスはすぐに真水につけてください!」
膨大な塊の中から、爪の垢ほどのマイクロチップを見つけるのは非常に手間だったが、捜索の末何とか発見した。
しかし、データーが無事かどうかはわからない。彼女たちは一縷の望みを託してマイクロチップを水筒の水の中に仕舞い、急いで施設から脱出していった。
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