養殖幼女 その1
蛇のような長身で、長い白髪にやせこけた頬、それに鋭い目をした男が、背の低く卑下た顔のせぇるすまんを従えて、第8コロニーの大通りを歩いていた。
ファーの襟付きの黒のロングコートに淡いブルーのマフラー、斜めにかぶった黒のボルサリーノ――――その風貌はどこからどう見てもマフィアのそれであった。
この大通りには数多のチート学生が往来し、時折自分より弱そうな奴に『デュエル』を仕掛けている姿を目撃するが、見るからにヤバげなこの二人にちょっかいを出そうという男気のある学生は殆どいなかった。むしろ、彼らから積極的に道を譲り、見て見ぬふりをするくらいだ。
「便利ね――いや、便利だなこの姿は。歩くだけでブンブンうるさかったテンプレ男子どもが、まるで蚊取り線香を避けるように飛んでいくな」
「へっへっへ~、お気に召したようで何よりですなぁ」
「ヒソヒソ(やっぱその喋り方ムカつくわ)」
「ヒソヒソ(お互い様ですってば)」
この、マフィアとそのお付きのようにみえる二人は、アイネとイヴが変装した姿だった。
特殊変装マスクと髪の毛の色素を変える術を組み合わせれば、あの美しい天使が、裏社会の実力者に早変わり。イヴに至っては、どういうテクニックを使ったのか、顔幅がやたら広がったうえに背も縮み、足取りがやたらオー脚になっていた。
元武装探偵の面目躍如といったところか。
さらに念には念を入れて、異世界の探偵が使っていたというボイスチェンジャーをネクタイに仕込んでいるので、声が完全に年配男性のそれであった。
ところで、いつもアイネにつきっきりだったひよりん二人がいない。
これは、今から行うミッションに二人を連れていけないので、あらかじめ協力者のところに行ってもらっているのだった。なので、今回はひよりんたちの助力を得ることができない。
「ファミリーがしぃんぱいですかな、ボス?」
「あぁ、心配だ。俺の『剣』を持たせているから、もしものことがあればすぐに呼べるし、呼ばれるのだが…………」
ついでに、アイネは虹天剣を一本ずつ二人に預けてある。これはお守りという意味もあるが、もし二人に何かあったときに虹天剣に念じれば、アイネが二人の場所に強制送還されることになっているほか、アイネが操作すれば逆に二人を一瞬で呼び寄せることができる。
泣き虫の妹日和が、妙なことでアイネを呼び戻さないことを祈るのみである。
「さーて、あれか目的地は」
「そーのよぅですなぁ」
大通りの突き当りに、今回の潜入場所が見えた。
立派な校門を構えた堂々としたつくりの校舎がある学校で、校札には
『神代クル・ヌ・ギ・ア學園』と書かれていた。
××××××××××××××××××××××××××××××
――――《Misson10:養殖幼女》――――
――――《Target:黒革 信新之助》――――
――――《Wanted:★》――――
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神代クル・ヌ・ギ・ア學園――――通称ヌギャー学園では、毎月一度学園祭が開かれる。その学園祭の目的は大きく分けて三つあり
・一日目:学園トーナメント…学園内の最強学生を決める催し
・二日目:薔薇の演劇部公演…婦女子淑女たちの目の保養
・三日目:ミスコン…言わずもがな
アイネたちがやってきたこの日は学園祭最終日「ミスコン」が開催されている。
表向きは学園にとどまらず、第8コロニー内で最も可愛い女子を決める催しものであるが――――実はこのミスコンでは、VIPだけに許された裏の催し物が存在する。
「凄まじい人だかりだな……」
「そぉれはもちろん、月に一度…………可愛い~ぃ女の子が手に入るわけですからなぁ、うぇへへへ……」
二人が赴いたのは、学園の大きな体育館だった。
中はすでに学生やら大人やらであふれかえっていたが、アイネとイヴは自分たちが強面なことをいいことに、学生たちを威圧してステージの前方まで分け入った。
「ヒソヒソ(VIPカードの偽造は順調かな)」
「ヒソヒソ(あの方を信じるほかないですね。幸いリミットはあと1時間あります)」
「ヒソヒソ(ホント、無理言っちゃったわね。しかもこの後にも大事な作業が控えてるし)」
「ヒソヒソ(人使いの荒さにあの方も呆れてましたね)」
今二人の手元には、偽造したてのIDカードがあった。現在、協力者が必死になってVIPコーナーに入れるよう情報を改ざんしている最中なのだが、何しろ当日になってからの依頼だったので「もっと早く言え」と怒られてしまった。
でもなんだかんだでやってくれるのはとても助かる。
「む、いよいよ始まるか」
「たぁのしみ、ですなぁ」
体育館内の照明が暗くなり、開会のアナウンスが流れる。
これから表向きのミスコンのはじまりだ。
『皆さま! 第222回、神代クル・ヌ・ギ・ア學園ミスコンを開催いたします! 今回はどの女の子が、グランプリに輝くのでしょうか!! さて、皆様ご存知かと思われますが、今回から神代クル・ヌ・ギ・ア學園に新たなパートナー校が誕生いたしました! 私立マリミテ女学園です!!』
アナウンスを聞いた瞬間、アイネは思わずごくりと息をのんだ。
やはりと言おうかなんと言おうか……アイネの母校は彼女がいなくなってすぐに、ほかの学園の魔の手に墜ちたようだ。
『では、そのマリミテ女学園の皆様に、ダンスを披露していただきましょう!』
「うおおおぉぉぉぉ!!」
「待ってました!! どんなかわいい子が!?」
「ふぅ……ふうぅ…(血圧急上昇)」
男子たちのドロッとした重たい歓声と共に、ステージの幕が上がる。
そこには、マリミテの女生徒48名がずらっと並んでいた。女生徒の多くはアイネも見知った顔だが、表情は生き生きしている割には目から生気が感じられない。
そしてなにより、アイネが日常的に見ていた、清楚さを感じさせる青と白の制服は、スカート丈がかなり切り詰められ、胸元が強調されるようになっていた。
『それではまいりましょう! マリミテの皆様で「制服を脱がしちゃダメ♥」です!!』
音楽がかかり、ステージ上で女生徒たちがダンスを披露する。
その動きはわざとらしいほど艶めかしく、まるでいろいろ誘っているようだった。
(覚悟はしていたけど、これは…………うぐぐ)
(アイネさん、我慢です)
任務のためとはいえ、かつての仲間たちの痴態と、それを舐めまわすような男たちの態度に、アイネはイライラしっぱなしだった。
だが、これでもまだこの先で見ることになる光景に比べれば、かなり穏やかな方であった……………。
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