幕間4-2:異世界再生機構

「それで、分かっているもう一人のひよりんはどこに?」

「調査の結果、第10コロニーにかつての研究施設の一部ごと保管されていると推測されています」

「推測ね…………大丈夫なのかしら」

「そう言われると返す言葉もありません。ですが、奏様が健在の頃、最後に割り出したのが――――異世界再生機構の出先機関である『異界生類創研』の本部です」

「ああ、あれなら聞いたことあるわ。私も研究のために~とか言われて拉致されそうになったことがあるの」


 アイネたちの次の目標は決まった。カンパニーの生産拠点にして、一大研究機関の第10エリア。奏が独自に調査した情報がまだ生きていれば、そこにいる確率が高いとみていいだろう。

 だが、そこまで行くためにいくつか問題がある。


「でもどうしよう、私のIDだと第1、第10、第13コロニーは大半のエリアが立ち入り禁止なのよね。ひよりんたちはIDすら持ってないから、おそらく門前払いだわ」

「それについては心配ありません。奏様の協力者にIDを偽造してもらいます」


 さらっととんでもないことを言うが、世の中にはID偽造ができる人物は掃いて捨てるほどいる。恐ろしい話であるが…………。


「ただ、それとは別の理由で第10エリアに直接行くことはできません」

「別の理由?」

「異界生類創研……異生研が所有するエリアは、IDの管理外です。そこから先に行くには、異生研のある程度地位のある人物の持つ社員証が必要になるのです」

「じゃあ、その社員証を持ってる人から奪えばいいのね!」

「うん、まあ……その通り、だが……」


 姉日和が笑顔で物騒な解決策を叫ぶので、イヴはやや困惑した。


「とにかく、その社員証を持っている人物にはいくつか目星をつけてありまして。そのうちの一名がちょうど第8エリアでターゲットになっているんです。また、ID偽造を依頼する協力者も第8エリアにいますので、同時並行で行動しようと思うのですが、いかがでしょう」

「オッケー、それでいいわ。第8エリアは私の古巣みたいなものだから、だいぶ動きやすいわ」


 そうは言うものの、アイネの心は若干複雑だった。

 かつて過ごした場所は今どうなっているか…………気になるところではある。

 しかし、第8エリアはついこの前飛び出してきたばっかりだし、良くも悪くも有名人の彼女はかなり目立ってしまうだろう。


「でもそのまま行くと目立っちゃうから、変装とかしたいんだけど、探偵の技術でどうにかならない?」

「お任せください! 変装は探偵にとって必須スキルですから! ……翼は格納できますか?」

「勿論。じゃないと寝るとき不便だもの」


 ただし翼を仕舞ってしまうと飛べなくなってしまうが…………変装するためには致し方ない。

 こうして、アイネたちは今後の計画について詰めていった。

 第10エリアに直接赴くのではなく、まずは第7エリアで準備を整える。そしてひよりんを一体救出し、異世界再生機構に一泡吹かせるのだ。


 計画のめどが立ったところで、最後の後始末に移る。


「そういえば、この女どうしよう? せっかくひよりんが捕まえてきてくれたけど」

「お父さん! 私に任せて!」

「ん? お姉ちゃんが? 何する気?」


 気絶させられて放置していたマドカの処遇だが、なぜか姉日和が何かやりたいらしい。


「ひよりん、水をかけて起こしちゃって」

「ふえぇ……い、いいのかなぁ……」


 妹日和が、恐る恐る水をぶっかけて、マドカを気絶から覚まさせた。

 マドカが強引に目覚めさせられると、自分が縛られていることに気が付き、キーキーヒステリックに叫んだ。


「ちょっとお! なんなのよぉこの《自主規制》! あ、あんたたちなんか、すぐに殺してやるっ! 殺してやるんだかr――――ガフッ!?」

「ねぇおばさん♪ あなたの組織のデータサーバって第10エリアにあるんでしょ? 場所が知りたいんだけどなぁ♪」

「ちょっ! ひよりん!?」


 なんと、姉日和は仰向けになっているマドカの腹を足で力強く踏んづけた。マドカが胃液をまき散らして咳き込む。


「な、なんでそんなことを、この私が―――ゴッフォッ!?」

「ねぇ、教えて♪」

「組織がゆるさn――あぎゃっ!? ヴぁっ!?」

「ねぇ、教えて♪」

「ゆりゅしゃないぃ~っ、おみゃえっ! ばっほっ!?」

「ねぇ、教えて♪」


 マドカの芸術的ともいえる身体を、姉日和は執拗にストンピングする。マドカが何を言おうと、彼女は笑顔で「ねぇ、教えて♪」を繰り返した。


「うわ、えげつなっ! あの子、ある意味奏さんそっくりですね!」

「か、隔世遺伝かな? あはは……」

「お、お姉ちゃぁぁあん…………」


 その後も数十回に及ぶ強烈な踏みつけに、マドカはとうとう精神を壊され、姉日和のインタビューに応じた。


「い゙……い゙ゔから゙、ゆ゙るじ……はびゅっ゙、ゴボッ……」

「わーい! ありがとーっ! で、どこどこ?」

「F゙……ちくの゙、さん゙そ、はt……じょ…………」

「あー、酸素発生所の電子制御室の奥か。また面倒なところにあるんだな」


 マドカの発言を何とか聞き取ったイヴは、異世界再生機構が保有する情報集積所の情報を入手することができた。そこまでたどり着けるかどうかは別として、これは思わぬ収穫であった。

 その代わり、マドカの身体は姉日和のインタビューでボロボロになった。顔は熟れたトマトのように10倍以上に膨らみ、白かった肌はどす黒いあざだらけだった。父親を苦しめた代償は重いという、姉日和なりの思いからだったのだろうか。


 結局、その後マドカは妹日和が虹天剣αを喉に突き刺し、その命を終わらせた。異世界再生機構でも飛び切りの権勢を誇った月の女王の末路は、実に惨めなものであった。


 ちなみにその後彼らはマドカがいた最上階の部屋へと押し入り、生き残りがいないことを確認して――――ついでに残っている換金できそうな物品と、豪華な食料を異次元袋に詰め込めるだけ詰め込んでいった。


「あの女の組織に回収されるくらいなら、私たちが有効活用しましょう!」

「えっへへ~、お金に罪はなし!!」

「ええっと、これでいいの? それともこれ?」

「あはは……たくましいですね」


 略奪が完了した彼らは、そのまま屋上へと昇った。

 777階のビルのてっぺんにいると、コロニーの天井に手が届きそうだった。周りを見渡せば、各地で黒煙が上がり、まだ消えていないお金を貪る群衆たちが、まだあちらこちらに見える。


(確かに……この世界をよりよく作り変えたいという気持ちも、わかるような気がする)


 アイネの胸に、ふとそのような思いがよぎったが、すぐに消し去った。今はひよりんたちの仲間を探すことだけを考えればいい。


「そういえば二人とも、もう自分たちで飛べるんだっけ。たまには三人で一緒に飛んでみない? イヴは私が背負うから」

「うん! やってみる!」

「ひよりんは……お父さんに抱えてもらった方が好きだけど、でも……やってみる!」

「ゑ!!?? ま、待ってください! ここから飛ぶって…………ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!??」


 欲望渦巻く第2コロニー「テトロミノ」

 あちらこちらから雲霞のごとく湧き出す群衆は、地上にある星おかねばかりに目を奪われ、戦闘機の曲芸飛行のように優美に飛ぶ三つの人影に、ごく一部を除く人間は気が付かなかったという。


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