金を喰らう 前編

 その日、第2コロニーは空前絶後の熱狂に沸いていた。

 ぐんぐん上がる株価に経営陣は熱狂して職務を放棄し、社畜や企業奴隷たちは自分たちの生涯年収より多い金が溢れたことで、やはり職務を放棄した。

 津波の如くあふれ出る紙幣はP.W.ヒルズ周囲の大通りを埋め、貧民たちは蟻のように、我先に紙幣の波に集った。


 その光景を、アイネは高いビルの上から呆然と眺めるほかなかった。

 こんなことは間違っている…………彼らは目の前の天国に食いつき、明日の地獄へと一直線に向かっている。だが、彼女にそれを止める術はない。

 貧すれば鈍する――――人間はその気になれば苦痛はいくらでも耐えられるが、快楽には抗えないのだ。


「う………く、なんなの、この気持ち悪さ…………」


 眼下の光景を見て、アイネは思わず胃の中のものを吐き出しそうになった。だが、アイネの胃は食べたものをすぐに術で消化してしまう構造なので、何も吐き出すことができない。

 そして、いますぐ眼下の有象無象をすべて消し飛ばしたい衝動に駆られた。


 ズドンと、何かが爆発する音が響いた。

 アイネがはっと音がした方向を向くと、P.W.ヒルズの隣のビルが根元から爆破され、ヒルズに寄り掛かった。おそらくビルの周辺では、犠牲者が大量に出ているに違いない。


「人助けをすれば……少しは気分もまぎれるかしら?」


 いてもたってもいられなくなったアイネは、翼を広げて倒壊したビルの方に飛び立った。しかし、その途中で彼女は余計なものを見つけてしまう。


「なっ! あそこだけなんか人が大勢死んでるんだけど!? それに何、あの機械みたいなの!?」


 そこでは、虹色の鉄の塊がミンチにされた大勢の人間に脇目も振らず、一心不乱に紙幣を貪り食っていた。



××××××××××××××××××××××××××××××


  ――――《Misson8:金を喰らう》――――

 ――――《Target:アバ》――――

  ――――《Wanted:★(?)》―――― 


××××××××××××××××××××××××××××××



「レッツパアアリイイイィィィィィィッッッ!!!!」


 数十メートル上空から降ってきた天使が、ドゴォとアスファルトにクレーターを作り、その衝撃で紙幣の山をぶっ飛ばした。

 人間の形をした虹色の鉄の塊が、顔のような部分をギギギとアイネの方に向ける。


「ちょっと! いくらたくさんお金があるとはいえ、周りの人間を殺してまで貪るなんて、あんまりじゃないかしら! あんたのようなバケモノは、この虹翼天使アイネが、虹天剣のサビに――――って口上は最後まで聞きなさいよ!!」


 さっきまで見ていたアニメの影響か、アイネは派手な登場と共に堂々と名乗ってみたが、虹色の鉄塊は「人間はイラネ」とばかりに、アイネを無視して再び紙幣を貪り始めた。


「敵に背中を見せるとはいい度胸ね! …………その前に一応、あれについて調べとこうかしら」


 敵が無防備なうちに、アイネは情報端末を虹色の鉄の塊に向けた。

 すると、すぐに対象の討伐依頼を参照できた。つい先日、オリヴィエ代表からもらった、ハンターアシストのアイテムだ。


「アバ……なるほど、お金を食べる人形みたいな何かね。★1か……でもなんだろ、この惨状は明らかにそんなレベルじゃない気がするんだけど。まあいいわ、これ以上被害が出る前にぶっ飛ばして差し上げましょうか!!」


 アイネは両手に虹天剣を構え、まだ彼女に背を向けている虹色の鉄の塊――アバに向かって、赤と青のレーザーを放った。


 が、二本のレーザーがアバを貫通し、前方の紙幣の山を吹き飛ばしたというのに、アバは平然と立っていた。


「むっ、威力が足りなかったかしら――――――ってうわぁっ!?」


 効いていないように見えたので、今度は2色にして放とうとした瞬間! 今までアイネを無視していたアバが急に殴り掛かってきた。

 しかも10メートルはあった距離を、跳躍で一気に詰めてきたので、アイネはたまらず虹天剣をクロスして拳を防御し、竜舞式格闘術の応用で威力を受け流した。

 それでもアイネは靴の滑った跡をアスファルトに刻み、数メートルほど後ろに押された。

 二発目の拳がすぐに来る。アイネは身を伏せて躱し、虹のオーラを纏った蹴り。だが、これもあまり効果がない。


「ぬぅっ!? あのゴリラロボットより重いっ! これじゃ吹っ飛ばせな―――――!」


 言っている間に今度はアバの蹴りが炸裂。続いて拳の連打、さらに頭突き。


「くうぅ……このっ!」


 アバは動きが鋭いうえに、威力が異常なほど高かった。

 それこそ、攻撃の威力だけなら、師匠の拳すら上回る恐れがあった。幸い動きはかなり単調なので、直撃だけは何とか避けられるが、まともに喰らったらひとたまりもない。


(動きは見える……でも見たところ急所はなし、攻撃が通じていないわけじゃないけど、ひたすらタフなようね……)


 アイネは改めて、自分がとんでもないものを相手していることに恐怖を感じた。

 相手の攻撃を一撃でも喰らえばこちらは瀕死、しかしこちらは全力で攻撃を浴びせても、いつ倒せるのか想像もできなかった。


(出し惜しみはできそうにない……! 全力で行かなきゃ!)


 アイネがここまで追い詰められたのはいつ以来だろうか。

 彼女は、いままで師匠相手でしか使わなかった、両手虹天剣7色モードを起動。そして翼を広げ、空中へと舞い上がった。

 

「消し飛べぇっ!!」


 7色×2のフルバーストがアバを直撃する。

 高層ビル一棟が吹き飛ぶ大威力の一撃にもかかわらず、アバは動きを止めることなく、高層ビルの外壁を蹴って、無理やりアイネのいる高度に拳を届かせようとしてくる。

 アバが跳ねるたびにビルの外壁が粉砕され、戦闘機のように飛び回るアイネを執拗に追った。

 拳が届きそうになるたびに、アイネは何度も虹天剣で受け流し、蹴り落としたところにフルバーストを加える。削った耐久力HPは7桁に達するはずなのだが、アバの動きはやはり一向に衰えない。


(まずい……このままじゃ私の方が限界に……)


 アイネは、自分の保有魔力が急激に低下していくのを感じた。


「―――――」

「――――――――」


 だが、そんな時…………地上からアイネに向かって何か声が聞こえた気がした。

 いったい何事かと思ったアイネは、やや薄れゆく意識の中、耳を澄ましてみた。


「何をやっているんだ雑魚ハンター!! そんなバケモノさっさと倒せ!!」

「賞金は俺たちの税金から出てるんだろ!! 負けたら税金返せよ!!」

「はぁ、つっかえ! やっぱ第二世代はクソだわ」


 地上で死んだ目でアイネを見上げる人々は、声援ではなく、罵声を向けてきた。


 何も考えられず、頭が真っ白になるアイネ。

 そしてその隙を逃すはずもなく、アバの拳がアイネを直撃。アイネの身体は高層ビルに轟音と共に撃ち込まれた。

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