幕間3-3:師匠の背を追って

 ビルを屋上伝いに飛んできたアイネが、息を切らせながら見たのは、見るも無残に真っ黒こげになった70階建ての超高層ビルだった。

 通称「有栖摩ピラー」と呼ばれるこのビルは、悪名高き有栖摩武装探偵社のフロントである。アイネの記憶では、このビルからはテンガロンハットを被りトレンチコートを着た探偵社の社員たちが、毎日ひっきりなしに出入りしており、ときおり敵対的な暴力団や逆上した債務者の攻撃を返り討ちにするなど、いい意味でも悪いい意味でもにぎやかな場所だった。それが今ではこの様である。


 ちなみに、有栖摩武装探偵社の「本当の」本部はP.W.ヒルズというここよりはるかな巨大ビルにあるのだが、アイネはそれを知らない。



「これはまた…………師匠はどこかでやられたのかしら? あの人を倒せる人がいるなんてそうそう思わないけど」

「残念だったねお父さん。でも、そのお師匠さんはきっと生きてると思うよっ! 根拠はないけどっ!」

「まあね、あの人「竜牙」なんて異名を持ってたくらいだから……それこそドラゴンですら殺しかねなかったわ」


 この様子では、内部は完全に焼け落ちているだろう。

 おそらくこの火災跡も、武装探偵社が保管していた借金の証文を、債務者たちがどさくさに紛れて焼いてしまったのだろう。


「お父さんの……お師匠さんが、いなくなって…………かわいそう……」

「私の代わりに泣いてくれるのね、ありがとうひよりん。でも、これもまた過去への決別の形なのかもしれない。忘れるなんて考えられたいけれど、私はもう一人立ちしたし、それに……ひよりんたちの親になったしね」


 その後、アイネはあちらこちらにいろいろと尋ね歩いたが、師匠――竜舞奏の現在の消息を知っている者はいなかった。

 ただ、いくつかの証言から第1エリアに行ったのではないかとも言われていたが、

残念ながらこのカレンダーコロニーで生まれたアイネは、第1エリアに入る権限がなかった。

 この世界で生まれた人間……第二世代は、その出生の特殊さから、誤って異世界に行ってしまうことがないようにとの措置らしい。


「あーあ、結局無駄足か。明日からは第1エリアから来たハンターさんを捕まえて聞いてみようかな?」


 アイネとひよりんたちは、第2エリアにあるそれなりに高級なホテルに泊まり、少しでも師匠の足取りを掴もうとした。




××××××××××××××××××××××××××××××




『カンパニー全体が好景気! 贅沢は素敵だ!』

『第1コロニーに伝説のドラゴン現る?』

『大スポンサーキンタ氏、マクサイ氏の同性結婚会場炎上! 反人権派のテロか?』


 第2エリアに滞在し始めてから5日目――――

 新聞に大々的に乱舞するしょうもない記事を見て、アイネはため息をついた。

 ついこの前までは有栖摩武装探偵社崩壊のニュースがあちらこちらで見られたのだが、竜舞奏の名前は全く出てこないまま、探偵社のニュース自体が消え去ってしまった。


「結局手掛かりはなし…………か。残念だけど、もう潮時かしら」


 せっかく記憶を失いかけてまで探したというのに、竜舞奏の情報はほとんど手に入らなかった。

 ひよりん姉妹たちも、表面上はアイネに健気についてきてはいるが、そろそろ飽きてきている。そんな二人は今「戦い方の研究」のために、大画面のテレビでアニメを見ていた。


「そこだーっ! やっちゃえーブラック!」

「負けちゃだめだよホワイトぉ…………」


(なんだかんだ言って、やっぱ子供よね)


 変身少女二人がモンスターを倒すという異世界のアニメにぞっこんのひよりんたちを見て、アイネは微笑ましい気持になった。やはり子供は戦うよりも、ああして無邪気にアニメを見ている方がよっぽど健全だ。

 アイネたち第二世代がアニメなんか見た日には、「第二世代はアニメ脳」などと揶揄されかねない。その為、意識高い第二世代はアイネのように、幼いころから戦うための特訓一辺倒な子供時代を過ごした人も多い。


 よくできたアニメはやはり侮れない。

 いつの間にかアイネは新聞そっちのけで、ひよりんたちの後ろでテレビにくぎ付けになってしまっていた。


 ところが、テレビから突然「ぴこぴこ~ん」という効果音が鳴り響き、画面の上部に「緊急速報」のテロップが流れた。


「緊急速報? なになに、P.W.ヒルズから大量の紙幣が溢れ出る……? 貧乏人たちよ、急いで拾いに行くべし……? なにそれ?」


 冗談としか思えない内容のテロップに、アイネは思わず眉を顰めた。

 だが、アイネがふと耳を澄ませると、近くの窓から何か大勢の人の声が聞こえてくるような気がした。果たして窓を覗いてみれば…………ホテル前の大通りを、人の波が我先にどこかへ向かっているのが見える。


「ひよりんたち、お父さんはちょっと見てくるものがあるから、戻ってくるまでアニメ見てて」

『はーい』


 アイネは軽い気持ちで部屋を出て、留守番をひよりんたちに任せた。


「大量の紙幣って…………どこかの酔狂な人が、ビルの屋上からお札でも撒いてるのかな?」


 カンパニー世界ではよく稀にある出来事なので、アイネもそこまで重大なことではないと思い込んでいた。ただ、いくつか引っかかることもあった。そもそもカンパニー世界では殺人どころかテロすら日常茶飯事なので、それこそコロニーの崩壊危機でもない限り、緊急速報など流さないはずだ。

 それにアイネには「P.W.ヒルズ」という建物の名前も気になった。

P.W.ヒルズとは第2コロニー中枢にある、コロニー有数の規模を誇る超巨大複合建造物だ。高さは何と777階層と言われており、そのようなところから紙幣を撒くというのは、嫌な予感がする。


 そして、アイネがホテルの屋上から見たのは―――――



「あれ全部……お金?」


 数百メートル先にある、天まで届く超巨大ビルから、紙幣が洪水のように溢れ出ていた。

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