幕間2-3:凄い人

 ウルクススフォルムの大浴場で、二人のひよりんが特訓の疲れを癒すべく湯船につかっていた。清め術があったとはいえ、久々に体の芯から温まる心地は格別のものがあった。


「ねーひよりん。そろそろお父さんに、ひよりんたちのこと話した方がいいんじゃないかな?」

「え~……だめだよぅ、お父さんに嫌われちゃうよぉ……」

「大丈夫大丈夫! お父さんならきっとわかってくれるよ!」


 そんな中、二人は今までうやむやにしてきた自分たちの正体について話すべきかどうかを議論していた。姉日和はアイネが聞いてきたら話すつもりだったらしいが、アイネはなかなか聞いてこないので、このさいだから自分たちから話してしまおうと提案する。一方妹日和は、自分たちの出自に大きな負い目を持っており、父親に嫌われることを恐れて、黙っていたいと主張する。


「でもさー、私はひよりんたちのことがばれるの時間の問題だと思うの。それに~、ひよりんも早くほかの二人と一緒になりたいよね」

「う……うん、それはそうだけど………でも、やっぱり…………うぅ」

「泣かないのっ! 私はたとえ嫌われても、お父さんから離れないんだから! ひよりんもそうでしょ?」


 異様に前向きな姉日和には、アイネが自分たちのことを知ったところで嫌ったりするとは思えなかった。あの父親はそういう人なのだ。自身が出自のことでごちゃごちゃ言われていて、その醜さをよく知っている。だからこそ、彼女は日和姉妹のことを受け入れてくれた。そしてこれからも、父親として勤めてくれることだろう。

 だが、妹日和はわずか0.1%の可能性もあれば、ネガティブに考えがちだ。そして彼女はアイネに見捨てられたら生きていけないと思い込んでおり、居場所を失うのを恐れている。


「お姉ちゃん…………約束できる? 他の二人が……お父さんを攻撃したら、お父さんを守ってくれるって」

「あたりまえよっ! 私はお姉ちゃんなんだから! みんな仲良くできるようにするっ!」


 即答だった。


「どうせ私たちはあと半年くらいしか生きられないんでしょ? 最後はみんなで仲良くしようよっ!」



××××××××××××××××××××××××××××××



 一方その頃アイネは、娘たちが風呂に入っている間に、資料室から本を借りてそれに目を通していた。

 机の上や床に本を山積みにしながら、ひたすらページを送り、黙々と調べものに浸る。そんな折、彼女の部屋のドアが控えめにノックされる。


「ごめんください、エスティです」

「あ、どうぞ、開いてます」

「では失礼して…………あら、御勉強? さすがは学生さん。ですが、本を雑に扱ってはダメですよ」

「ええっと、勉強してるわけじゃないんです。ちょっとひよりんたちのことで調べものを」


 どうやらアイネはアイネで、日和姉妹たちのことが気になるようだった。

 これから二人を育てていくうえで、クローンの元となった人物のことを知っておこうというのだ。


「で、何かわかった?」

「うーん……なんというか、こんなすごい人がいたなんて、信じられるような……信じられないような……」


 ウルクススフォルムの後援組織である「大図書館」が纏め上げた「日向日和」に関する記録は、どれもこれも想像を絶するものだった。


「何割か誇張されてたとしても、文句なしに立派な人だわ。なんだか尊敬しちゃうな」

「尊敬って……そんなこと言ったのはアイネちゃんが初めてじゃないかしら? 言っとくけど、その記録は誇張どころか、足りない部分が多いの。つまり本物は、そんな記録どころの騒ぎじゃない……」

「えーっ! なにそれすごくない!?」


 日向日和の残した記録は並はずれて高いため往々にして伝説めいて語られるが、これらの戦績はあくまで公式記録に基づくものである。初めて目にした人物は大抵口をそろえて「フィクションじゃないのかよ、だまされた!!」と叫ぶのだが、アイネのように単純に「すごーい」と言い切るのも、珍しい。

 しかも、前回の社長戦争に出場していた人物たちの証言によれば、日和は仲間の評価を上げるために自らの戦果を他人の戦果として申告させていたといい、この証言に従えば実際の戦果は大図書館の記録より多い事になる。


「えっと、アイネちゃんは怖くないの? あなたが育ててる二人は、いずれこれくらい強くなって、あなたの手に余るかもしれないのに?」

「それはそれで構わないわ。あの子たちの才能が私なんて目じゃないのはわかってますし。むしろ、これだけ強い子に育ってくれれば「ひよりんたちは私が育てたっ!」って自慢できるじゃないですか」


 エスティは一瞬「この子バカじゃないの」と心の底で叫び、実際に声に出すのを何とか押しとどめた。カンパニー世界の住人はここまで思考がゆがんでいるのかと、空恐ろしくなった。


「それより、エスティさんは私に用があるんじゃないんですか?」

「それは気にしなくていいの。アイネちゃんに日和ちゃんたちのことを話そうとしただけだし」

「あら、そうなんですか? あの子たちに服買ってあげたいんだけど、どんなのが似合うと思います? 私的にはあえて桃色のフリルが付いたドレスとか~」

「今その話ですか……それよりも、伝えておきたい重要なことがあるんだけど―――――」


 と、エスティが話そうとした直後だった。


「お風呂出たよーーーっ!!」

「!!??」


 ドアが勢いよく開かれ、ひよりん二人が姿を現した。

 そしてエスティはびっくりするあまり、反射的にアイネに抱き着いてしまった。

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