幕間2-1:特訓の成果

 激闘を終えたアイネ一家は、死神と名乗った少年――リルヤが操縦するモーターボートで、拠点に戻ることになった。

 本来1週間の予定の特訓だったが、ボス級の敵が複数出てきてしまったのでやや消耗が激しく、それに経験も十分積めた判断して3日で切り上げたのだ。


「あーあ、あれだけ頑張って倒したのに、お金だとたったこれだけかー」

「えっへへ~、お小遣いだね! お父さんっ!」

「ひよりんがあんなにがんばったのに~……」


 アイネは、自身が持つハンター証と、それに連動するハンターズアプリを見て、賞金の余りの少なさに嘆息した。

 ハンター家業を行っている人間にとって、★1程度の賞金は日銭程度にしかならない。しかも、最近は弱いターゲットはすぐに狩りつくされてしまうようで、手配度の割には面倒な物しか残っていないようだ。


「ハンター稼業なんてそろそろ時代遅れさ。君たちもいずれはどこか安定したところに就職したら?」

「まあね。いずれは誰に頼らなくても生きていけるような、穏やかな生活をしたいわ」


 とはいえ、カンパニー世界ではそのような希望は夢のまた夢。この世は弱肉強食であり、戦い抜いて勝ち組になるか、さもなくば奴隷か社畜になる道しかない。

 今アイネたちが所属しているウルクススフォルムだって、いつまでもアイネたちを養ってくれる保証はないのだ。


「そのためにはまず生きる力を身につけないと。幸いこの子たちは、今日までの特訓で食べ物と飲み水さえあれば生きていける気力が身についたけど、この子たちに出来ればそんな苦労はさせたくないし」

「あー…………それで君たちは、わざわざ過酷な場所で寝泊まりしてたのね」


 リルヤは「よくやるなぁ」と尊敬半分、呆れ半分の表情を見せた。

 アイネと日和たちの特訓は不死者たちと戦うだけでなく、どんな状況でも過ごせるようにする訓練もしていた。

 彼女たちは、安全とは言えないショッピングモールの一角に仮拠点を作り、そこで寝泊まりしていた。これもまたかつてアイネが師匠から受けた特訓だが、アイネのときの厳しさは今回の比ではなかった。


 明日をも知れぬ日々を過ごす集団の中、アイネはたった一人で拠点にこもって休まざるを得なかった。

 恐ろしいのは不死者ではなく生きている人間だった。

 性欲を持て余したり、命の危機にさらされた男性たちは、夜な夜なアイネの拠点を襲撃した。アイネは、それに対して寝ていても危機を感知できるよう、常に気配に気を配っていなければならなかった。

 1週間もするとアイネは体も精神もボロボロになったが、それでも「第二世代は我慢が足りない」と言われるのが嫌で……その後気合で2週間もセルフ難民生活を送っていた。とんでもないスパルタ教育だった。

 それに比べれば、ひよりんたちはアイネがいる分かなりましではある。本当はアイネも姉妹をきちんと一人にして突き放すべきなのだろうが、娘たちに甘い彼女はそれができなかった。


「清め術が使えるとはいえ、食料も水も自力調達とかなかなかサバイバルだね。トイレとかも面倒だったんじゃない?」

「え? トイレ? 私トイレ行かないけど」

「ひよりんもー!」

「ひ、ひよりんも……」

「はいぃ!?」


 ここで衝撃の事実が明らかになる。

 なんと、アイネも日和姉妹も、トイレに行かないのだった!


「だってさー、半分とはいえ私だって天使の端くれなんだから。出来損ないの第二世代たちと違って、おトイレなんてしたことないわ」

「え!? いや、でも……えぇ!?」

「ひよりんたちもトイレしなーい!」

「食べたのは全部エネルギーになるから………そのぉ…………」

「あのさぁ、僕だって死神だけど、トイレくらい行くからね……」

「うっそぉ。マリミテ女学園にはトイレなかったわよ。ある程度高貴な女の子はトイレなんて行かないんだから」


 リルヤは頭を抱えた。彼は、今日ほど異世界が恐ろしいと思ったことはない。

 そういえば彼も代表からちらっと聞いていたが、この三人は歓迎会の食事のときに、前菜だけたべて「お腹いっぱい」と言ったそうな。まだこれから大量の料理を出そうとしていただけに、厨房担当のエスティさんがいたたまれなくなったとか。


「えーっと…………マリミテの女学生って、みんなそうなの?」

「……? 当然でしょ? トイレに行くなんて言う子がいたら、親の性能が悪いってバカにされるわ」


(当然、じゃないよ! カンパニーの連中、どんだけ思想が歪んでるんだよ!!)


 リルヤは、この世界の闇の一端に触れて背筋を冷たくしたまま、拠点のある島の洞窟にモーターボートを突入させた。


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