VS屍神(三下編)

「ひえぇぇぇっ!? なにこれっ……なにこれぇぇっ!?」


 涙目になって怯える妹日和の目の前には、すさまじく異様な光景が広がっていた。

 青いワンピースを纏っている小柄な少女を囲むように、サラリーマン風の不死者たちが――――

 土下座する

 殴る蹴る

 濡れたぞうきんを喰う

 便器を舐める


「どうだ参ったか! 俺っちは「ごひゃくちょうえんの商談」に失敗してやった!」


 腕を組み仁王立ちをしながら、無駄に自信満々な少女がドヤ顔で叫ぶ。


「このゾン子様に迷惑を掛けたんだから、制裁してとうぜn――――」

「いやぁっ! こないでぇっ!!」

「うヴぉヴぁあぁぁぁあぁああああぁぁぁ!!!」


 大津波が、まるで水洗便所のように不死者たちの群れを押し流した。


××××××××××××××××××××××××××××××


  ――――《Misson5:VS屍神(三下編)》――――

 ――――《Target:屍神アイダ》――――

  ――――《Wanted:★》―――― 


××××××××××××××××××××××××××××××


「おいゴラァ! なんてことしやがる、このスットコドッコイ!」


 濁流から押し流された後、マンホールの穴から這い上がってきた屍神アイダ。さっきまで土下座させていた不死者たちを一気に押し流されてしまい、彼女は非常に怒っていた。

 だが、嫌な光景を見せられた妹日和もまたよっぽど堪えたのか、屍神アイダがマンホールから顔をのぞかせた瞬間、父親顔負けの飛び蹴りをお見舞いした。


「ゾンビいやあぁぁぁっ!!」

「ゑいる゙っ!?」


 顔に鋭い蹴りがめり込み、まるでギャグマンガのように吹っ飛ぶ屍神アイダ。だが、妹日和の追撃は止まらず、アスファルトに打ち付けられた屍神アイダをマンホールの蓋でガンガンと殴り始めた。まるでプロレスのヒールである。


「このっ! このっ! このおぉっ!」

「ちょっ! まっ、ヤメロっ!?」


 だいぶ余裕がある戦い方をしていた姉とは対照的に、妹日和はとにかく容赦なかった。


(早くこいつを倒さなきゃっ! お父さんのところに帰れないっ!)


 1秒でも早く父親アイネの絶壁の胸に飛び込み甘えたい妹日和は、目の前の敵を早く倒したい一心で滅茶苦茶な攻撃をしてしまう。同じ人物から作られたクローンがここまで違うのには、何か訳があるのだろうか。


 一方で屍神アイダもやられっぱなしでは済まない。


「いい加減にしろーーーーーーーーーっ!!!!」

「うひゃぁっ!?」


 マンホールから水柱が噴出し、後ろから妹日和を襲う!

 彼女は驚異の反射神経でこれを回避したが、直撃していたら体の半分が持っていかれただろう。

 その後も水柱は屍神アイダの周りを蛇のようにグルリグルリと巡る。

 屍神アイダの権能……すべての水、液体を操る術。ほかの屍神よりも数段厄介な攻撃方法だ。

 どうも、妹日和は貧乏くじを引いてしまったのかもしれない。


「あのなぁ! 屍だってなぁ! 生きてるんだぞっ! アタイらはサンドバッグになるために生きてるんじゃないんだぞぉっ!!」


 今までさんざん殴られた恨みか、はたまた特訓に使われた不死者たちの恨みを感じ取ったのか、屍神アイダは怨念を込めて、下水道の水をウォーターカッターにして飛ばしてきた。

 対する妹日和も、水の術を得意としているからか、とっさにマンホールから追加の水を噴出させ、滝の防壁を作った。


「水術ーーっ!」

「お前も水使いか! だが残念ながらこのゾン子様には水攻撃はきかない! アタシの勝ちだなっ!」


 どこまでも前向きなこのゾンビは、どことなく姉を彷彿とさせるが……あちらはきちんと勝てる算段があってポジティブな思考をしているのだが、屍神アイダの場合はどっちかと言えば自信過剰である。


「ふきとべえぇっ!!」


 屍神アイダが右腕を掲げると、アスファルトや周囲のビルに亀裂が入り、あちらこちらから水道管がむき出しになる。四方八方に無数に表れた水道管から、高圧水流が放たれる。


(お父さん……ひよりんに、力を貸してっ!)


 妹日和に向かってきたウォーターカッターは、彼女に届くことなく、目前で支配権を強引に奪われた。水道管から繰り出される大量の水が、徐々に大きな球となり…………水が枯れた頃には直径10メートルの巨大なボールが完成した。


「ははっ! そんなのでこのゾン子様を圧殺しようってか!? 無駄無駄ムダァ! お前が飛ばした瞬間に、アタシがお前に倍返ししてやんよ!」


 屍神アイダが指をワキワキさせながら、巨大な水球が飛んでくるのを今か今かと待ち構えていた。

 けれども………‥屍神アイダの当ては残念ながら外れた。

 巨大な水球は―――妹日和の腕に取り込まれるように小さくなっていき、そしてすぐに「虹色の剣」に変わった。

 なんと妹日和は、見よう見まねで虹天剣を再現してしまったのだ。


「虹天剣αっ!」

「は? 虹!? それもアタシの力で―――ぐおおおぉぉぉ!?」


 妹日和は涙目で七色の光をぶっ放した。対する屍神アイダもまた、虹を司る力があるせいか、両腕を前に掲げて、七色のビームを防いでいる。だが、その威力はけた外れに大きく、押さえつけるだけで精いっぱいだ。

 すると、次の瞬間虹色の光が消えて……


「お父さんの力思い知れええぇぇぇっ!!」

「ヌゥんはァ!?」


 手を防御に回してしまったことでがら空きになった腹部に、強烈な蹴りが叩き込まれる。そこに、改めてぶっ放される虹天剣αが直撃。屍神アイダの顔と腹部に穴が開き、数十メートル吹っ飛ばされ……やがてほかの屍神同様、物言わぬ死体となって動かなくなった。

 あのゴリラ兵器との戦いでアイネが見せた強烈な攻撃――――妹日和はそれを再現して見せたのだった。




「ひよりーーーーっ! 怪我はないかしら!」

「ひよりん! 助けに来たよ!」


「お父さん! お姉ちゃん!」

 

 妹日和が屍神アイダを倒したちょうどその時、アイネと姉日和が駆けつけてきた。水道管が各所で破壊されて水浸しになった街路で、一家は数分ぶりの再会を喜んだ。


「お父さあぁん……ぐひゅっ、ずびずばぁ」

「ふふ、怖かったね、ひよりん。服は後でお洗濯するから、鼻チーンしてもいいよ」

「えっへへ~、お父さんっ! ひよりんもがんばったっ!」

「偉いねお姉ちゃん。ご褒美にぎゅってしてあげる」


 そんな時、勝利に浸っている一家から少し離れたところに転がる死体が、ピクリと動いた。


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