VS屍神(低級編)

「みえる………私にも見えるよお父さんっ!」


 姉日和の目の前にずらっと並んだ屍兵たちは、ほかの屍神に統率されたものたちより身長の振れ幅が大きかった。

 2メートルを超える大男もいれば、子供にしてもあまりにも小さな個体もいる。まさに多種多様。世界各地の自然の中で生きる民たちが、自然に合わせて自らの身体を適合させたその姿は、本来の人間がありうるべき形をしていた。


「お父さんの訓練に不満があったわけじゃないけれど…………私たちは父さんみたいに、相手を見ただけでその人の人生まで見抜くことは難しいのかなと思ってたけど、そうじゃなかった! 私は、父さんみたいになれるんだねっ!」


 あくまでも「お父さん」にこだわる姉日和は、屍兵たちの中に、雄大な自然の中でたくましく暮らす戦士たちの姿を見た。



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  ――――《Misson4:VS屍神(低級編)》――――

 ――――《Target:屍神ザガ》――――

  ――――《Wanted:★》―――― 


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 姉日和が相対するボス――――屍神ザガは、自然迷彩のような服装をした男だった。その顔は枯葉の仮面でおおわれ、年季の入った深緑色の羽織を幾重にも着用している。

 優しくも厳しいその雰囲気は、まさに父なる大地のようだ。


 屍神ザガが右手を前に掲げる。

 すると、枯れていた街路樹が急に動き始め、敵対者を捕食しようとするかのようにその枝を伸ばし、同時に屍兵たちが日和に向かって動き出した。


「なんてことない、楽勝だねっ!」


 姉日和は持ち前の明るさもあるが、敵の動きがそこまで鋭くないことを瞬時に見抜き、一も二もなく敵の群れに突貫していった。


(父さんの技……できるかどうか確かめるっ!!)


 投網のように迫りくる街路樹の枝を、姉日和はその小回りの良さを生かしてあっという間に潜り抜けると、真正面にいた大男の屍兵の頭を飛び蹴りで攻撃。破壊的な威力の蹴りで、ゾンビの頭部は千切れ飛び、爆ぜた。

 敵の不死者たちは、その素体の持ち味…………すなはち、巨大な者なら力によるごり押し、小柄な者ならその機敏さを生かしてくる。

 だが、そういった分かりやすい敵など、彼女にとって苦戦する相手ではない。


「遅すぎるよっ!」


 ゴリラの如き強烈なパンチを、勢いの余りつんのめりそうになった相手のみぞおちに強烈な蹴り! 続いて後ろから、ナイフで首を狙おうとした小柄な相手を、手刀で武器を落とさせ、一瞬後に顔面をビンタ! 首が5040°回転してもげる。

 その後も彼女は、迫りくる不死者の群れを、精密な技と持ち前の攻撃力で、片っ端から粉砕していく。自らの精神をより深く集中させ、どの方向から敵が来ようとも即座に最適解を割り出す。


(お父さんの技は無敵なんだ……っ! 私がそれを証明するっ!)


 もともとの才能のせいか、日和は見る見るうちにアイネの動きに近づいて来る。一打入れるごとに、アイネがなぜこのような動きをしていたのかを解釈し、その有用性と攻撃力を確認する。

 この恐ろしいほどの適応力は、もはや人間のそれではなかった。


「さてと…………」


 彼女の周囲に、粉砕された不死者がまき散らした血肉で絨毯ができた頃、ふと周囲を見渡すと、屍神ザガの姿がない。

 けれども気配は消えておらず、まだ近くには濃密な「死」の香りが漂っている。


「ははぁん! かくれんぼねっっ! すぐに見つけちゃうんだからっ!」


 姉日和がそう宣言した瞬間、道路や周囲の建物にひびが入り、そこから木の枝や蔦が大量に生え、彼女に襲い掛かってきた。

 硬いアスファルトに覆われた道路は、大自然の蠢動であちらこちらが盛り上がり、文明の姿を原初のあるべき姿に逆再生していく。


「ふっふ~ん♪ 笑顔の数だけつよくなれるよ~♪ アスファルトを裂く花のように~♪」


 アイネが時々口ずさんでいた歌いながら、余裕の表情で木々の攻撃をかわす姉日和。だが、流石にこの物量攻撃を素手で捌くのは時間がかかるだろう。


「そろそろ術の練習もしないとねっ! 地術『紅砂辰』っ!」


 姉日和が地面をダンっ! と踏みしめると、うごめく木々が粉砕したアスファルトや建物の瓦礫が一斉に宙に浮かぶ。

 人工物とはいえ、これらもまたかつては大地に在った物。大地の精霊たちが、彼女の指示の下、空中に舞い上げた塵をかき回す。


 ――ちなみに、ひよりんたちは自分たちが使える術の名前を知らないらしく、術名はその場の思い付きで叫んでいるようだ。


「自然を破壊するのは文明だけじゃないの! より強い自然は、弱い自然を淘汰するっ! 大自然が弱肉強食を是とするなら、私の攻撃に文句は言わないよね!」


 飛び切りの笑顔で皮肉めいたことを言うのも、父親であるアイネの受け売りだろうか。

 コンクリートやアスファルトは、日和を中心に紅砂の台風となった。

 固く粗い膨大な砂は、やすりのように木の枝や根を削っていく。

 姉日和は見たことも聞いたこともないはずの、この紅い死の砂の嵐…………豊かな地に降り注げば、その土地は数年間不毛の地となり、砂を吸い込んだ人間、生物問わず、呼吸器に深刻なダメージを与える。


「あははっ! みーつけたっ!」


 死の砂嵐に削り取られた木々の間に、姉日和は怒りに満ちた形相の屍神ザガを見た。

 農耕の天敵である死の砂を暴れさせたことで、彼自身の神格はズタズタとなってしまった。まさに、神への冒涜である。


「あなたはきっと、。だから、ここでサヨナラ」


 紅砂の嵐が、再び姉日和の両手に集まると……濁ったルビーのような長い剣状の物質が現れた。砂神剣――――父アイネの虹天剣をまねた、彼女オリジナルの魔法武器を生成したのだ。


「はあぁっ!!」


 砂神剣が、紅いクロスを描き、ザガの身体を粉微塵に切り裂いた。特に、彼の力の源でもある……歪に膨らんだ象の右足は、徹底的に切断された。

 コアを失ったザガは、アイネがソボを倒したときと同じように、虹の粒子となって消えた。

 彼女の作り出した大地の剣は、まさにアスファルトを裂く花の如き切れ味だった。


「さ、そろそろひよりんの様子を見に行かなきゃ」


 姉日和はあっさり勝てたが、妹はまだ戦っているようだ。

 妹が戦っている方角をみると、建物の向こう側から天にも届かんばかりの太い水柱が上がっていた。

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