vs屍神

 第5コロニー「デッドライジング」の西側拠点――白虎。

 東京ドーム10個分の面積を誇るこの超巨大複合商業施設は、いまや行き場を失った人々たちの数少ないよりどころとなっていた。


 毎日のように襲い来る不死者たち。

 一枚一枚、皮をはぐように崩れゆく防衛ライン。

 人々はわずかな「生」にすがり、明日をも知れぬ日々を過ごしている。


 そしてこの日、「白虎」全体に呻くようなサイレンが鳴り響く………

 それは、襲撃してくる不死者の数が通常よりはるかに多いことを警告している。


 廃墟になった町のいたるところから湧き出た不死者が、洪水と、拠点に押し寄せてくる。足の速い畸形のゾンビや、ゾンビ犬、ゾンビ牛などの屍動物は、すでに一番外側のバリケードに殺到しており、廃材を利用した障害はあっという間に突破されてしまう。

 「白虎」の自警団たちは、第二防衛ライン銃を構えている…………


「ああ……神様、どうか我らをお救い下さい…………」


 自警団の一人が、歯をがたがたと鳴らして十字架を握りしめる。

 神に祈っても無駄なことは薄々わかっている。けれども、何かにすがらなければ、彼の精神は持たない。

 祈る。祈る。万分の一の奇跡を求めて……ただ祈る。





「いっくわよーっ!! レッツパアアリイイイィィィィィィッッッ!!!!」


 薄赤の空から、天使が降ってきた。

 先ほどまで仮設のバリケードがあった場所に、まるで隕石が落ちたかのような轟音を立てて、クレーターができた。そして、クレーターの中央には4対の翼を持つ天使――――アイネが両腕にひよりんを抱えて立っている。

 降下した時に散った白い羽が、嵐のように舞い振る。演出としては最高だ。


「さあ、ひよりんたちっ! 特訓の時間よ、やっちゃいなさいっ!」

「はーいお父さん! がんばっちゃうよーっ!」

「ひええぇぇっ!?」


 アイネは腕に抱えたひよりんたちをゾンビの群れの中に乱暴に放り込むと、自身も両手に虹天剣を握り、赤と青の光を剣のように伸ばした。


「な……なんだありゃぁ…………」

「天使だ! 天使様だ!」

「おお南無阿弥陀仏っ!!」


 突然降ってきたアイネたちが、大量に湧いた不死者たちを片っ端から蹴散らしていく姿を見て、自警団たちは唖然とした。思いもよらず、彼らは救われたのだ。


 ただ、アイネたちは彼らを救いにここまで来たわけではなかった。


「いい? 今日は術はなるべく使っちゃだめよ! 新しいグローブも靴も頑丈だから、怖がらずに戦いなさい!」


 ひよりんたちを育てるべく、まずアイネが彼女たちに課したのは、その名も「不死者100人組手」!! 襲い来るゾンビやスケルトンをあえて素手で倒しまくって、近接戦闘の練習をするとともに、不死者のような見ていて不気味な敵にも恐れずに立ち向かう勇気を養うのだ。

 この特訓は、アイネが師匠である竜舞奏にさせられた特訓の一つであり、その苦しさと、特訓を終えた後に得たものの大きさは彼女自身が体験済みだ。

 もちろん、万が一日和たちがピンチに陥ったときは、彼女が素早くフォローするし、緊急脱出の手段はいくつも用意してある。


「お、おとぉさあぁぁん! 気持ち悪いよぉぉ、ぴええぇぇ……」

「ほら、泣かないの。お姉ちゃんに負けちゃうよ?」

「やだやだ! まけたくないぃっ!」


 まあ、妹日和はあいかわらず泣き虫で、すこしでも父親アイネから離れると、不安になってすぐ戻ってきてしまうが、アイネはあえて何度も突き放す。

 そんな彼女も、涙目になりながら不死者たちを殴り飛ばしているのは流石と言おうか…………


「そーれ! ひよりんぱーんち! ひよりんきーっく!」

「ちょっとー! あんまり遠くに行かないでよーっ!!」


 逆に姉日和はノリノリで不死者を蹴散らしているせいで、アイネからどんどん離れて行ってしまう。これはこれでまずいので、アイネは目が届く範囲で定期的に呼び戻さなければならない。

 それに加えてアイネも剣を振るって戦闘しているため、とても忙しい。


「ふっ……はぁっ……子育てって本当に大変ね! でもなんだろう、不思議と充実感があるわね! 私もお手本になれるように、頑張らなきゃ!」


 こうしてアイネ一家は、倒しても特にお金になるわけでもない不死者たちをサンドバッグ代わりにし、特訓に励んだ。

 ゾンビやスケルトン相手に、ひたすら殴って殴って蹴って殴って蹴って……不死者の残骸をまき散らしながら、疲れ果てるまで戦いを続ける。


 彼らがそんな単調作業を3日続けた頃――――――



×××××××××××××××××××××××××××××



「もうやめようかしら……この特訓」


 2人の日和の奮闘を眺めながら、アイネは退屈そうにそうつぶやく。

 彼女はこの特訓を少なくとも1週間はみっちりやる予定だったが、なぜか特訓を課された日和たちではなくアイネの方が特訓の中断を検討し始めた。

 彼女は「飽きっぽい」と言われる第二世代…………この特訓も飽きてしまったのだろうか。いや、そうではない。


「なんでだろ? あの頃みたいに全然ない気がするんだけど」


 実はこの特訓、経験値やグロ耐性だけでなく、もっと大事なことを掴む目的もあった。実際、アイネが毎日死ぬ思いでつづけた、かつての同じ特訓で得た感覚は、今の彼女の戦い方の大きな力となっている。

 けれども、なぜかはわからないが連日戦っている不死者たちをいくら倒しても、それが得られないような気がしてならない。


(まるで中身のないスイカを割り続けているような感覚だわ……いったいどうして)


 得るものがない特訓など徒労でしかない。

 しかし、ここで中断するのも中途半端で嫌な気分だ。


 そんなことを考えていたアイネだったが―――――その直後に、偶然彼女に転機が訪れた。


「お、おとーさああぁぁぁん!」

「どうしたのひよりん?」


 不死者の返り血や肉片でべとべとになった妹日和が、いつも以上に慌てた様子でバタバタとアイネのところに駆け寄ってきた。

 いったい何事かと思ったアイネは、使い捨てタオルで日和の身体をまんべんなく拭いてやろとする。…………が、彼女は視線の先に、異様なものが存在することに気が付いた。


「あれは…………」


 見れば、若草色のドレスを着た、高貴な雰囲気の不死者が、靄がかかる街路で優雅に踊っていた。

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