幕間1-4:私の居場所

 ウルクススフォルムで過ごす夜――――

 夕食にカレーを振舞われ、風呂も使わしてもらえ、おまけにボロボロになった制服のクリーニングと仕立直しまでしてもらうことになり、まさに至れり尽くせりの歓迎を受けたアイネたち。

 そして今は寝るための宿として、海辺のコンドミニアムまで使わせてもらっていた。さすがにここまで色々と便宜を図ってもらうと、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。


「私って、本当に面倒な性格…………あの人たちの好意を、素直に受け取れたらいいのに」


 大きなベッドに川の字……いや、の字になって寝転がるアイネと2人の日よりたち。彼女たちは流石にまだ子供だからか、夜が更けてくるとすぐに眠くなってきたようで、左右からアイネの身体を抱き枕代わりにぎゅっと抱きしめていた。


「あの人たちは気が済むまでここにいていいって言ってくれてたけど、かといってダラダラ滞在するのも悪いし……やっぱり、ここの組織に入った方がいいのかしら」


 オリヴィエをはじめ、この島の人々は少し話しただけでもとてもいい人達だとわかったし、少なくとも(表面上は)アイネの出自をバカにしてくることはなかった。

 学校を出てきた経緯についても親身になって聞いてくれたし、2人のひよりんたちにも最大限の配慮をすると言ってくれた。

 それが果たしてどこまでが本音で、どこまでが打算かアイネにはわからない。

 ただ、特別アイネの力を欲しているわけでもなさそうだったし、組織に入るのも入らないのも自由だとも言っていた。


 今までアイネは全力で頼られるか、または全力で馬鹿にされるかのどちらかでしかなかった。マリミテでの風紀委員の地位も、様々な悪条件下の中で獲得した「バウンティーハンター」の権利も、すべては自分の力で勝ち取ってきた。他人に施しを恵んでもらった記憶など、これっぽっちもない。


「居場所は与えられるものじゃない…………自分で勝ち取るもの。師匠もそう言っていたっけ。ならば、今の環境はどうなんだろう?」


 他人から与えられた居場所など、気まぐれで取り上げられればそれまでだ。


「せっかくだから、ここを次の居場所にしてみよう。そのためには、私の有用さを知らしめなきゃいけない。それに、この子たちのためにも…………」


 アイネは改めて、すやすやと眠る2人の顔を覗き込む。

 とてもとてもかわいらしい――――それこそ、半分しか天使ではない自分よりも、この子たちの方がよっぽど天使だとアイネは感じた。


「私はまだまだ半人前だけど、この子たちを立派に独り立ちさせるために、頑張らなきゃね!」


 この夜、アイネはウルクススフォルムに入団することを決意し、それと同時に日和たちをかつて自分が行った特訓に駆り出し、立派なハンターに育て上げることに決めた。

 おそらく2人の潜在能力はアイネを遥かに凌ぐだろうが、どんな天才にも先達が必要なように、アイネが2人にとって少しでも踏み台になれば…………



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 さて一方、ウルクススフォルム集会所の一角では、代表のオリヴィエと副代表のエスティが、新入り――アイネと彼女を「父親」と慕うひよりん2名のことについて会話を交わしていた。


「ツィーテンが何か連れてきたかと思えば、とんだ爆弾を引っ提げてきたわね。久々にぞくっとしたわ…………こんなの『社長戦争』でカンパニーに命を狙われたと分かった時以来よ」

「陽向日和……のクローン体、ですか」

あの子アイネはどこまで知っているのかしら? いえ、たぶん全く知らないでしょうね。今のあの子は、子熊を子犬と間違えて飼っているようなものよ」


 そう言ってオリヴィエは、やや困ったように額を揉んだ。


「おまけに、アイネちゃん自身も初めて見たけど、あの子も相当危ないわ。噂なんて当てにならないって、それ一番言われているのに…………」

「では追い出しますか?」

「あなたは埋蔵金発掘してたら不発弾見つけたとして、それを危ないからってポイ捨てできる?」

「できません」


 あっさり答えるエスティに、オリヴィエは嫌味たらしく溜息をついた。

 たまにこの女とはそりが合わないことがあるなと思っていた彼女だったが、今日ほどそれを実感したことはない。だが、今はそんな悠長なことを考えている暇はない。


「まず、あの日和クローンたちね。なんであれが2体も私たちのすぐ近くにいたのか知らないけれど、4体揃わせるのはできれば阻止したいところね。彼女たちクローンは惹かれあうから、難しいことはわかってるんだけど……」


 カンパニーに深くかかわっている者で、日向日和を知らない者はモグリだろう。

 一人でほぼ何でもできると言っても過言ではない万能さと、神域に到達する知識量は、とても同じ人間とは思えない。

 今の彼女たちはクローンとはいえ、いずれはオリジナルの域まで到達する危険性があり、そうなってしまうとウルクススフォルムで止められるのはエルくらいしかいない。

 かといってうかつに放り出してしまえば、それはそれで行動の予測が難しくなり、大惨事を招いても対応できない可能性がある。歩く不発核弾頭は慎重に管理すべきだ。


「それで、アイネさんを組織に入れることは私も賛成なのですが、彼女は素直に私たちに味方しますかね? あの子は元々有栖摩武装探偵社の所属だったのでは?」

「それは問題ないわ。ぶっちゃけあの子は自分の価値を低く見積もりすぎる傾向があるから、恩を与えれば与えるだけ一生懸命働いてくれるはずよ」

「鬼ですね」

「なんとでも言うがいいわ。私だって慈善事業しているわけじゃないんだし、経費だって無限じゃないのよ」


 日和たちに比べて、アイネはオリヴィエたちにとって非常に飼いやすいタイプの人間だ。そして、それは別に悪いことではない。

 デメリットは、いざ切り捨てるとなると多少罪悪感が湧くくらいだ。


「本当はあのクローン体たちをサンプルとして大図書館に持っていきたいところだけどね」

「ご冗談を。カンパニーの愚行をわざわざ繰り返すこともありますまい」


 こうして、裏でもアイネの受け入れは正式に決定された。

 はたして今後、彼女たちを待ち受ける運命は―――――


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