幕間1-3:拠点

 捨てる神あれば拾う神あり――――

 マリミテを飛び出したアイネは、根無し草になる覚悟をしていたが、

無人島で双子のひよりんを拾ってからすぐに襲撃を受け、あれよあれよという間に楽園へとたどり着いた。


「おとーさーん! 見てー、綺麗な貝殻拾ったー!」

「お姉ちゃぁん! まってぇ!」

「二人とも、あまり遠くに行っちゃだめよー」


 偽物の空が夕焼けに染まりはじめる中、アイネは砂浜を走り回るひよりんたちを、木製のチェアに座って眺めていた。

 今日一日でいろいろなことがありすぎたせいで、すっかり疲れてしまった。それに、足の骨折も直ったとはいえ、痛みはまだ完全には引いていない。

 だがそんなことよりも…………いつの間にか自分の娘になっていたあの二人が、いまだに何者かが分からず、彼女の心はもやもやしっぱなしだった。


(今までのごたごたで聞くタイミングがなかったけど……あの子たち、なんか違和感があるなぁ)


 姿かたちが瓜二つの彼女たちは、お互いに自分の名前を「日向日和」だと言った。

 アイネはなんとなく……あの二人はクローン人間なのではと考えた。恐らく、元となる「日向日和」という人物の複製体なのだろうが、それにしても…………


「性格がぜんっぜん違うよね。クローンって全部似たような性格なんじゃなかったっけ?」


 アイネが便宜上「姉」としている姉日和は、何があってもご機嫌で、常にニコニコ顔を崩さない、超ポジティブな性格だ。見ているとこちらも元気が湧いてくるし、おまけに頭の回転も速く、面倒見がいい。ただし、アイネが重傷を負っていてもニコニコ笑顔で一切心配しないなど、ややアレな面もあるが。

 一方で便宜上「妹」としている妹日和は、逆に超ネガティブで、いつもグズグズメソメソしている。アイネにとってあまり好きな性格ではないが、それでもどこか放っておけない雰囲気があり、ついつい構ってしまう。


「うえぇ~ん、おと~しゃぁん! 砂が目にはいったぁぁ……」

「あー……こすっちゃだめよ。目を拭いてあげるから、ね」

「だいじょーぶ、ひよりん? ハンカチあるよ」


(こんなにいつも泣いてばかりで、疲れないのかなぁ……)


 とにもかくにも、この妹がかなりの曲者だ。

 アイネになついているように見えるのだが、一度泣き出すと彼女ではなかなか泣き止ませることができず、姉日和の手を借りてようやく落ち着かせられる始末。世の中のすべての物におびえるほどの臆病ではあるのだが、かといって弱いわけではないのが謎である。

 さきほど姉が、術を使って高さ4メートルほどの砂の城を砂浜からはやしてアイネの度肝を抜いたが、その直後にビビった妹が術で津波を起こして、砂の城を粉砕してしまった。

 正直なところ、この二人が自分の手に余るのではないかと、アイネはとても不安に思ってしまう。


(平等に面倒を見なきゃいけないんでしょうけど……上手くいくかなぁ? そもそも第二世代が育児だなんて、何の冗談かと思われるかもね)


 自分の面倒すら見れない第二世代に、育児なんて不可能――――

 アイネが日和たちを育てていると知られたら、たちまちこんな批判が沸き起こるだろう。カンパニー世界の人間にとって、第二世代とは「失敗作、故に失敗しかしない」程度の認識でしかないのだから。

 けれども彼女はやるしかない。2人の日和に「父親」と認められたからには、期待以上のことをせねば、虹翼天使の名折れだ。



「あら、いい「父親」ぶりじゃない。見ていて微笑ましいわ」

「こんばんは、新人さん」

「お待たせ、アイネちゃん。代表と話が付いたよ」


「あ、お邪魔してます」


 アイネが日和たちと戯れていると、ツィーテンが二人の女性を伴って彼女の元にやってきた。

 ツィーテンはホバーでこの島に到着してすぐ、アイネを受け入れていいかどうかの許可を取りに行っていた。エルフのレティシアは「悪いけど用事があるの」と言って、ホバーに乗って再び島の外に戻っている。


「私が代表のオリヴィエよ。よろしくね、天使さん」

「アイネです。天使と言っても半分だけですけど……」


 代表を名乗るオリヴィエという女性は、アイネと同じく長い黒髪で色白の肌だったが、かなり知的で神秘的な雰囲気のする人間だった。握手を交わした手も、同じ女性とは思えない絹のような肌触りのよさで、おもわずずっと触っていたくなりそうなほどだ。


「副代表兼コックのエスティです。おなかがすいたら、いつでも言ってくださいね」


 クリーム色のショートヘアに、ピンクのエプロンを着た女性エスティは、どことなくパンのようないい匂いがする。こちらもまた、一緒にいると何となくなごみそうだ。


「さ、ひよりんたちもあいさつするのよ」

「ひよりん?」


 ところが、オリヴィエとエスティが日和たちを見たとたん、その表情がピシッと固まった。


「こんばんはっ! ひなたひより、10歳っ!」

「私も……ひなた、ひより……なの」


 自ら二人の手をぶんぶん握って元気よく挨拶をする姉日和と、アイネの足元に隠れながらおどおどしつつ挨拶をする妹日和。


「日向日和……」

「まさか、ね」


 オリヴィエとエスティは、なにやら困惑するように顔を見合わせた。


「あの、この子たちが何か?」

「なんでもないわ。ただ、知ってる人に似ているなと思っただけよ」

「そ、それより! お夕食の支度ができていますので、ご案内します!」

「ええっと、いいんですか? ご馳走になっても? 私、まだ組織に入るとは言ってないんだけど」

「いいじゃんいいじゃん! あのゴリラ兵器を倒してくれたお礼ってことで! 遠慮せずにじゃんじゃん食べなよ!」


 何か誤魔化された気がするが、アイネはあまり深く考えないことにした。

 こんなところまできて食事で毒殺されることもないだろうし、お腹も減っているので、ありがたく厚意に甘えておこう。

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