前日譚3:お父さんになりました……?

 装置から出てきた女の子2人を慌てて抱いて受け止めたアイネ。

 凛々しくも、年相応なあどけなさのある黒髪の童女たちは、とくに弱っている様子もなく、アイネの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。どうやら彼女たちは何かしらの理由で、コールドスリープ状態に置かれていた様だ。


「わ、私にどうしろと……」


 もちろん「育てろ」ということなのだろうが、アイネに女の子を託した女性ホログラムは消えてしまっており、目の前の機械はうんともすんとも言わなくなってしまった。


「くっ! 動きなさい、このポンコツっ! 動けっ!」


 学生靴を履いた足でガシンガシンと目の前の装置を蹴るも、全くの無駄だった。

 それどころか、機械を蹴る大きな音に反応したのか、左手に抱えていた方の女の子が目を覚ましてしまい――――


「ふぇ……?」

「あ、起こしちゃった? あなた、自分の名前はわかr――」

「えぐっ! びえええぇぇぇぇぇっ!」

「ちょっ!?」


 女の子は突然、めそめそ泣きだしてしまった!

 育児経験の一切ないアイネはどうしたらいいかわからず右往左往するばかり。

頭を撫でて落ち着かせようにも、左手も塞がっている。


「よーしよしよし、怖くないから、こわくないから、ね?」

「ぴええぇぇっ、えっ……えぐっ!」

「うにゅ……はふ。朝…………? ひよりん……?」

「え、あ……! まずい!」


 そして、泣き声に反応したのか、もう一方の女の子も目を覚ましてしまった。

 いまここでもう一方に泣かれてしまったら、それこそ為す術がなくなってしまう…………そう思い身構えたアイネだったが、予想に反して左腕に抱えた女の子は、太陽のような笑顔でアイネににっこりと微笑みかけてきた。


「おはよーっ!」

「お、おはよう! だ、大丈夫? どこか痛いところか……」

「ふえええーっ!」

「あー、よしよし、大丈夫だってば」

「おはよ、ひよりん。また泣いてるのー? はい、ちーんして」

「えぐっ…………ぐしゅっ、ずびずばぁっ」

「キャー!? 私の制服がーーーっ!!」

 

 腕の中で好き勝手する女の子たちに、アイネはしばらく振り回されっぱなしになり、落ち着くのに10分ほどを要した。



 ×××××××××××××××××××××××××××××



「はい、よしよし。落ち着いた?」

「うん……」


 ぐずり続けていた方の女の子がようやく落ち着き、アイネはようやく一息付けた。

 その希少性から「10倍の重さの金塊と同じ値段で売れる」と言われる、

青と白を基調としたマリミテ女学園の制服は、主に胸のあたりが涙と鼻水でドロドロになってしまった。それでもアイネは彼女たちを叱ることなく、きちんと面倒を見ているのだからえらいものだ。

 普段から後輩たちの面倒見のいいアイネの、面目躍如といったところだろう。


「えっへへ~、ひよりんたちを起こしてくれて、ありがと~♪」

「お服汚してごめんなさい……」

「いいのいいの、とりあえず具合が悪いところはなさそうで安心したわ。ところで、あなたの名前はひよりんっていうの?」

「日向日和っ! ひなたひよりっていうのっ!」

「へぇ~、それでひよりんっていうのね。あなたは?」

「…………日向日和、なの」

「え?」

「あたしも……日向日和ひよりんだから、その………ふえぇ」

「わーっ!? わかったから、泣かないで、ね? 双子で同じ名前なんだよね! 私はアイネよ、よろしくねひよりんたち!」


(同じ名前かぁ……どうしよう、ややこしいわね)


 同じ顔に同じ名前、なのに性格が全く違う二人…………

 アイネは困惑を笑顔で誤魔化し、なんとか二人を不安にさせないようにしようと努める。とくに泣き虫の方がとても手間がかかる。が、かといってにこにこのほうを放っておくわけにはいかない。


「私のことは、アイネお姉さんって呼んでくれれば………」

「うん! アイネ『お父さん』!! よろしくお願いしますっ!」


 「お父さん」と呼ばれた瞬間、アイネが笑顔のままピシッと固まった。


「お、お父さん……。ひよりんの、お父さん?」

「あのさぁ……なんで私が、お父さん……なの?」

「ん~、なんとなくっ! アイネお父さんは、お父さんって感じだから!」

「お父さんの体だから……?」

「もうお父さんでいいや」


 己の体を見下ろして、トホホとため息をつくアイネ。

 この先もこの2人に振り回されそうで、気が遠くなりそうだった。





 だが、ほのぼのとした空気の中、泣き虫の日和が突然――――


「ひぅっ! なにかくるっ!」

「え?」


 直後、外から「ドゴォ」と轟音が響き、建物がばらばらと揺れた。

 何やらただ事ではないと感じたアイネは、すくっと立ち上がり、二人の日和にこの部屋から出ないで待っているように言い聞かせた。


「ちょっと外を見てくるわ。危ないから二人はここにいなさい。お姉ちゃんは妹ちゃんをしっかり見てて」


 とりあえず、元気な日和を即席でお姉ちゃんに任命し、泣き虫な妹のお守りを任せると、アイネはまるで瞬間移動するように、音もなく屋内を駆け抜けた。

 そして、窓の一つから外の様子を窺うと…………


「なにあれ? ゴリラ?」


 短足腕長、黒い装甲のゴリラ型の兵器が、建物を攻撃してくるのが見えた。

 だが、アイネが窓から顔をのぞかせた直後、兵器の顔に当たる部分にある赤い三つの目が……アイネの方を向いた。


 肩のポットが開き、小型ミサイルが射出!


「あ、やばっ」


 アイネが思わずそうつぶやいた瞬間、彼女がいた部屋に何十発もの小型ミサイルが次々と飛び込み、大爆発を起こした。

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