前日譚2:天使は行き当たりばったり

 第7コロニー「シーマン」

 照りつける日差しと蒸すような熱気に包まれながら、アイネは使われていない桟橋の上で、青いキャリーバックを片手にただただ突っ立っていた。

 特に何をするわけでもない。特に待っている人もいない。どちらかというと「何をしたらいいのか分からない」であった。


(無性に海が見たくなってここまで来たけど、すぐ見飽きちゃったなぁ)


 女学園をキャリーバック一つで飛び出し、トラムに乗ってお隣のコロニーに来たのはいいものの、来て早々やりたいことがなくなってしまった。

 アイネは自分の無計画さを若干後悔したが、かといってすぐに長期的展望が見いだせるわけではない。学園をその日のうちに退学して、じゃあ次の人生設計と、そうやすやすとはいかないわけで…………


(それに、ここって物価高いのよね。このままじゃ干上がっちゃいそうだわ)


 「海が見たい」という突発的な理由でここに来たのも失敗だったかもしれない。

 第7コロニーは富裕層や怪しい組織が集まるせいで、第8エリアに比べて物価が高く、アイネの手持ちでは、安いホテルに3泊もすれば底をつきかねない。


「とりあえず、考えがまとまるまでどっかで野宿しよっと。このコロニーなら野外で寝ても凍死しないでしょうし、いざとなったら素潜りで海産物を取ればいいか」


 考えるのがめんどくさくなったアイネは、その場で踵を返し、適当に野宿できそうな土地を探すことにした。だが、桟橋の根元の方には、いつの間にか大勢のガラの悪い男性が集まっているのが見えた。


「ねぇ、彼女1人ぃ?」

「俺たちと気持ちいことしようぜ!」

「私立マリミテ女学園のJCキタコレ! 売れば一生暮らせる金になりそうだ!」


 そしてこの言い草である。

 アイネは彼らのところまで5歩くらいのところまで歩いていくと、その場でピタッと動きを止めてしまった。


「おいおい、俺たちは怖くないぜ? おとなしく着いてこいよ!」


 そう言って、鼻にピアスをした金髪ツンツンヘアーの男が、乱暴にアイネの肩を掴んだ――――その時だった!

 アイネの体は、さらさらと虹の粉になってあっという間に消えてしまった!


「な、なんだこりゃ!?」

「なんだお!?」


 人が粒子になって消えてしまったことで、男たちは大混乱に陥ってしまった。




「やんなっちゃうなーもう。コロニーに来て早々絡まれるとか、これだから男は…………」


 消えたと思われたアイネは、翼を広げて悠々と海上を飛行していた。

 先程男性たちの前で粒子になったのは、虹天剣で作ったアイネの「分身体」であり、何かに触れられると消えてしまう上に動けないが、敵のターゲットを確実に逸らせることができる。

 わざわざあんな男たちを相手するのも面倒だと感じたアイネは、分身体を身代わりにして、さっさと海上に飛び立ったのだ。


「ん、あれは?」


 アイネがしばらく海の上を飛んでいると、前方に点々と小さな島が見えた。

 そのうちの一つの島に、人の手が入っていないような廃墟を発見したので、アイネはそこを一時的な拠点とすることに決めた。


 白い羽をまき散らして建物前に降りたアイネ。

 見た目は何かの研究施設のようだが、外壁や窓はすっかり朽ち果てており、所々蔦が絡んでいる。そして、扉には鍵がかかっていた。考えるまでもない、この廃墟は無人なのだろう。

 とりあえず彼女は、鍵のかかった扉をキックで吹っ飛ばした。


「おじゃましまーすっ!」


 ダイナミックおじゃましますをかまして中に入ると、埃とカビの匂いがアイネを出迎える。


「ウエッホ、エッホ! こりゃ酷いわね。しかも中には何もないじゃない」


 しんと静まり返った廃墟内には、もともとが何であったかわかるような家具や機械類が一切なかった。部屋がいくつかあったが、一つだけ鍵がかかった部屋以外、まるで差し押さえにあったかのように、徹底的に物がなかった。


「で……最後にこの部屋なんだけど、明らかに怪しいのよね」


 そして建物の一番奥に、電子ロックがかかった部屋がある。

 扉の傍に入力コンソールもあったが、そもそも電気が通ってないのでハッキングも何もあったものではない。

 面倒なので、アイネはやはり扉を思い切り蹴破った。この扉は戦車砲にも耐える設計なのだが、あいにく彼女は鍛え方が違う。


「この手に限るわ」


 その手しか知らないだろというツッコミはさておき、部屋の中に入ったアイネが見たのは、壁に埋め込まれた複雑な機械と、蒼く透明な装置に入れられ、宇宙服のようなものを着た2人の少女の姿だった。

 よく見ると、2人の少女は同じ黒髪なだけでなく、顔の作りが全く同じだった。


「……? これ、まだ動いてるのかな?」


 この部屋だけやけにきれいなので、アイネは警戒しつつ機械に近づいてみる。 

 すると突然、機械のモニターが起動し、アイネのすぐ前に女性のホログラムが現れた。


「うわ!? なになになに!?」


 驚いたアイネは、虹天剣をホログラムに向けて構えながら若干後ずさりするが、ホログラムの女性はアイネを見るとにこりと笑って話しかけてきた。


『あなたが落としたのは「にこにこのひよりん」ですか? それとも「なきむしのひよりん」ですか?』

「……何それ? っていうかそもそも私、何も落としてないんだけど」

『あなたは正直な人ですね。ご褒美に、両方のひよりんを差し上げましょう』

「ちょ、まっ!? 私もらうなんて一言も……!」


 ホログラムの女性は、アイネに一方的にそう告げると、すぐに消えてしまった。

 そしてその直後、突然機械がプシューっと上記が抜けるような音を発し、青い透明な装置が自動的に開くと、中に入っていた女の子二人が着ていた宇宙服が砕け散って消えた。

 女の子2人は前のめりに倒れるように装置から出てきたので、アイネは慌てて2人を受け止めた。

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