前日譚1:風紀委員絶叫す

 私立マリミテ女学園、生徒会室――――――


「会長!! これはどういうこと!?」


 相根の絶叫するような大声と共に、生徒会長の机の上に一枚の紙が、彼女の手のひらと共に「バン!」と叩きつけられた。

 それに対して、会長席に腰掛ける上品なお嬢様のような雰囲気の女生徒……生徒会長のクライネが、相根の剣幕に押されつつも、何とか彼女を宥めようとする。


「ま、まあ落ち着きなさい。そんなに怒っていると、話もできませんわ」

「ふざけないで! さっき女学園うちに入ろうとしてたテンプレ男子が、手にこんなものを持ってたのよ! 何かの冗談かと思ったけど、どう見てもこの文字……会長の筆跡だよね」


 アイネがクライネに突きつけた紙は、先程の男子生徒の一人が持っていたものだった。

 男子生徒はこれを「クライネ会長からの許可証」だと言い張っていたが、何かの間違いだと確信したアイネは、問答無用で彼らを蹴散らし、証拠品として押収したのだ。

 ところが、目を通してみると、これが本当に会長直々の許可証だったからさあ大変。


 そもそもマリミテ女学園は、どんな理由があろうとも異性を入れてはならないという鉄の掟がある。女生徒たちが、安全に勉学に励むための徹底的な隔離措置……それを、よりによって会長が破ろうとしている。アイネにとって許せるはずがなかった。


「誰に誑かされたか知りませんが、私の目が黒いうちは、何があろうと絶対に許しませんからねっ!!」


 アイネは激怒のあまり机を何度もバンバンと叩く。だが、そんな彼女に背後から冷笑の混じった声がかけられる。


「あ~ら、アイネ。相変わらずあなたは野蛮ね。あなたのようなモテない女子の嫉妬は、見ていてほんとうに見苦しいわ」

「シシリア…………あんたまさか」


 声をかけてきたのは、生徒会書記長の女学生シシリアだった。

 こちらも高貴な生まれのようで、綺麗な物腰をしているが……好き嫌いの激しい性格でもあり、特にアイネと風紀委員とは犬猿の仲だ。


「私は以前から言ってたでしょう? この堅苦しすぎる学校にも、そろそろ改革が必要だって」

「な~にが改革よ!! 男に股開きたいなら、学園外に出て好きなだけ咥え込んでくればいいじゃない!」

「ほほほ、相変わらず下品なうえに野蛮なんだから。勉強勉強、また勉強だけで生きていてもつまらないと思いませんの?」


 シシリアは以前から、この女学園を一部「共学化」したほうがいいと声高に叫んでいた。

 もちろん、最初はそんな意見は誰も耳を貸さなかったのだが――――彼女はじわじわと「恋愛も楽しみたい」という女子の共感を得ていき、最近ではそれなりの数の女生徒が、シシリアの意見に賛同しているという。

 マリミテ女学園は異性との接触が完全に閉ざされる代わりに、まるで修道院のような厳しい規律の下で過ごすことになる。そのため、いつしか自分の好きに生きたいという意見が増えてきたのだろう。


「とにかく…………この女学園は、勉強がしたい女の子たちの最後の砦なの。そのことが何でわからないのよ」

「だからと言ってお寺みたいになんでもルールルールで縛るのはよくないわ。そんな灰色の青春を、うら若き乙女に過ごせってわけ? それは違うと思うの。それに、何も私は学園外の世界のような無法地帯にする気はないわ。マリミテに入れる男は、私たち女が選ぶって寸法よ」

「そんなの上手くいくわけないじゃない。頭おかしいの? 私はね、可能性を生み出しただけでアウトだと思うわけよ」


 唾を飛ばし合いながら口論する二人。だが、アイネはこの時薄々だが、自分に勝ち目がないことを悟り始めていた。


(シシリアが一歩も引かない…………それに会長の手紙と態度……根回しは済んでいるということね)


 アイネとシシリアが仲が悪い理由は、性格の不一致だけでなく、おたがいの「やり方」の違いというのもある。

 アイネはとにかく直情的な性格で、曲がったことが大嫌いだった。そのせいでやや融通が利かず、女生徒の間でひそかに共学に対するあこがれが広がっていると分かると、それを阻止するために弾圧まがいのことも辞さなかった。

 彼女が率いる風紀員会は特に頑迷な生徒ばかりだったのも相まって、彼女たちの行動は先鋭化……それがかえってシシリアの賛同者を増やしてしまったというわけだ。

 一方でシシリアはとても外面がよく、アイネとは違った意味で面倒見がいい。彼女は女生徒たちの間にくすぶっている恋愛への憧れを徐々に煽り、共感を得ることで勢力を伸ばしたのだった。


「会長! だめよっ! 一時期の感情で、創立以来の伝統を壊すなんてもってのほかよ!」

「アイネ…………これはもう、ほとんど決まったことですの。私が彼に手紙を書いたのも、明後日の生徒総会で紹介するための打ち合わせでしたの」

「……っ! こんなの嘘でしょ!? なぜなのっ!?」


 急転直下の事態に、アイネは目の前が真っ暗になり、悔しさのあまりまたしても机をバンバンと叩く。

 自分の知らないうちに、伝統ある私立マリミテ女学園は崩壊への道のりを進んでいたというのだ。

 振り返ってみれば、シシリアがにやにやと勝ち誇った笑みを作っている。思わずとっちめてやろうと思ったアイネだったが、そんなことをしたところで無駄だとはわかっている。


「ね、アイネ……落ち着いて。恋をする権利は、すべての女の子が平等に持っていますわ。きっとあなたにも……いい人が見つかるはずよ」

「そうね。あなたのようなガサツな「第二世代」でも、きっと殿方はいると思うの。いえ……むしろ、あなたは意外とちょろそうだから、すぐにツンデレし始めるんじゃないかしら」


 二人の言葉に、アイネの中で何かが音を立てて切れた。


「…………もういいわ、どうせ風紀委員の代表も、私から別の男の人になるんでしょう?」

「あら、察しがいいわね。やっぱり女性だけで守るより、男性相手は男性に守ってもらった方がいいじゃない」


 どうやら、今後の女学園の守備も、彼女たちが選んだ男子に任せられるようだ。ならば……もうアイネがいる必要はない。


「じゃあ、私は今日限りで風紀委員をやめる。そして、この学校も退学するわ」


 そう言ってアイネは、左腕につけた「風紀委員」と書かれた赤い腕章を外すと、最後に勢いよく机に叩きつけた。


「ふん、最後の最後まで乱暴な子ね。外で一人で生きていけるなら、好きにすれば?」

「ええ……そうさせてもらうわ。会長、今まで世話になったわね」


 アイネは憤慨しながらその場で踵を返し、わざとらしく黒髪を掻き上げて、生徒会室を後にした。


「……これで、よかったのかしら。アイネにも事前に話をしておくべきだったのでしょうか」


 クライネ会長とアイネはもともと比較的仲が良かった。それゆえ、騙し討ちのような恰好で改革を進めてしまったのは、彼女も申し訳なく思っていた。だが、クライネの公開の言葉を聞いたシシリアは、ケロリとした表情で答えた。


「いいえ、あの頑固なアイネにはこの方法しかありませんよ。ま、そのうち外が怖くなって帰ってくるでしょう。それよりも、アイネに心酔してる風紀委員たちが余計なことをする可能性がありますので、彼女たちは数日謹慎にしましょう。その間の風紀委員は、話の分かる女子たちで代行しますわ」


 こうして、アイネのいなくなった私立マリミテ女学園は「共学化」にむけて改革を進めていくことになる。その先に待つ未来はバラ色か、それとも―――――

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