8-7  当たり前だろう

「それで、龍神様は、今日、どうして、ここに来いと、私たちをお呼びになったのですか?」

 と、あやかさんが、急に、丁寧な言葉使いになって、龍神さんに聞いた。

 もう、相手の呼び名は龍神様、と、考えを固定したようだ。


「当然、話があるからだよ」

 と、龍神さん。


「でも、お話なら、私たちがどこにいても、サッちゃんを通して、できるのじゃないですか?」


「まあ、確かにね…。

 話は、サチを通してできるんだがね…。

 ただ…、う~ん…、サチは…、なんと言うか…。

 サチは、どういう訳だか、うまくいかなかったんだよね…。

 話はできるんだが、わたしがサチに乗り移ることができない…」


「それって、どういうことですか?」


「だから、サチは、依り代にならないんだな…」


「そういうことも、あるんですね…」

 と、あやかさん、ちょっと想定外といった感じで。


「いや…、実は、こんなことは、初めてだ。

 サチは、特別だった。

 …移れない。

 どういうわけか、サチには、うまく、たどり着けないんだよ」


「そうなんですか…。

 それで、私たちと、しっかりした話をするために、ここに呼び出した、ということだったのですね」


「まあ、そういうことだね。

 依り代がなければ、電話で、しかも通訳を通しているような感じで、ちゃんとした話にならないだろう。

 それで、ここに来てもらった。

 わかったかな?」


 やっぱり、おれたちが呼ばれたのは、『お話においで』だった…のかな?

 と言うことは…、と、次の展開をおれが思ったら、同じことを考えたんだろう、あやかさんが先に聞いてくれた。


「と言うことは…、龍神様は、ほかの場所ではだめでも、ここでは、そのようなお姿になって、私たちとお話をすることができる、ということなんですね?」

 と、あやかさんは、龍神さんに聞いた。


 龍神さんが、別荘でおれたちと話すには、サッちゃんを介してか、あるいは依り代が必要だけれど、この洞窟の中では、このように、龍神さん自身が、きれいな女性の姿となって現れ、直接、話ができる、ということの確認だ。

 まあ、だから、そのために、おれたちが、ここに呼ばれたということだけれど。


「まあ、そういうことだな…。

 さすが、あやかだ、ものわかりが早い。

 誰かとは…」

 と、龍神さんは言って、おれを見て、ニヤッとし、続けて、


「ただね…、残念なことに、このような場所は、そうそう、あちらこちらにある訳ではないのだよ…」

 と言った。


「そうなんですか…」


「うん…、わたしの力というか、エネルギーというか、それが、特別に安定して出せるところでないと、うまくこの状態を保てないんだな…」

 と、急に、難しい話になった。

 龍神さんなる人から、エネルギーなんて現代の言葉が出てきたのは、驚きだったけれどね。


「どうも、地上では、この力のバランスがうまくとれないところの方が多くて困るんだよね…。

 そういう意味で、ここは、本当に安定したところなのでね…。

 だから、ここは、このような姿になっていられる、特別な場所ということなんだよ」


「それじゃ、平池ひらいけで龍神様と呼ばれていた、と言うことは、平池でもお姿を現されたことがある…、ということ…。

 ですから、平池には、龍神様の力が安定して出せる場所がある、と言うことなのですか?」

 と、あやかさん、さらに聞いた。


「ああ、そういうことだな」


「それは、どこなんですか?」


「だから平池だよ」


「えっ?」


「平池…、その池の中だよ。

 あの池は、ここと同じように、姿を持って現れることができるところなのだ…」


「池の中って…、水の中なんですか?」


「ああ、当然、池の中だから水の中だよ」


「そうなんですか…。

 そこに現れた…」


 池の中って…、それって、付近にいる人間が、うまい具合に、この龍神さんを見つけても、女の人が沈んでいるってことで…、わ~大変だ、って感じじゃないんだろうか?


 たぶん、あやかさんも、具体的な状況をイメージしようとすると、そんな姿が出てきてしまい、龍神様に結びつかないんだろうと思う。


「水の中なんですよね…」


「ああ、そうだが…、まあ、わずかな時間だけなら、水の上に出ていてもかまわないんだけれどね…」


「水の上、ですか…」

 今度は、水の上に立つ女性って、なんか、それはそれで不思議であり、不気味な感じでもある。

 うん?でも、それで、神様になるのかな?


 そんな、具体的な姿を、おればかりか、あやかさんもサッちゃんも考えていたんだろう。

 それに気付いた龍神さんは付け足した。


「ああ…、あやかが考えているのは、わたしが、最初に平池の人間に見られたときのことか?

 そのときは、もちろん、この姿ではないよ。

 おまえたちが妖魔と呼ぶ、あの龍の姿でだよ…」


 妖魔のこと、龍神さんは、『龍』と言った。

 夢で見た妖魔は、絵などで見る龍とは、ちょっと違うように感じた。

 だから、妖魔は龍とは別のものだと考えていた。


 でも、もともと本物の龍を見たことがないので、具体的に、龍と妖魔は、どこがどう違うんだろう、と、ずっと悩んでいた。

 でも、今、あれは、一応、龍の姿だったんだ、ということがわかり、『なるほど』という感じで、心の中で、何か一つ、ストンと落ちるものがあった。


 龍神さんは、さらに、楽しそうに付け加えた。

「平池で泳ぐときに、龍の姿をしたのはだね…、ククク。

 そのときは、周りに、何人もの男たちがいたからだよ。

 こんな、人間の格好で…、しかも裸で泳いでいたんじゃ、そいつらには、刺激が強すぎただろうからね…、ククククク…」


 まあ、確かに、こんなきれいな人が、裸で池を泳いでいたら、それは、もう、大変なことになっただろう。

 とはいえ、龍の姿で泳いでいても、それはそれで…、いや、もう、遙かにそれ以上に、大変なことだったには違いないんだろうけれど。


「それで、平池では、龍神様となったのですね」

 と、あやかさん、納得、といった感じで。


「ああ、あの池では、龍の姿で泳いで遊んだ。

 しかし、洞窟の中で人間と会うときには、この格好だったな…。

 もちろん、着るものは、当時、宮中ではやっていたものだったがね」


「洞窟って?」


「そうそう、そうなんだよ…。

 その話をするために、今日、おまえたちを呼んだのだよ。

 その洞窟なんだけれどね…」

 と、この龍神さんは、平池の洞窟の話を始めた。


 昔、平池の北側、少し山を登ったところに…、おれが、向こうにいるとき、毎朝、走っていた山だけれど…、そこには、ここと似たような洞窟があったらしい。


 その洞窟、やはり、奥の一部はここのように広くなっていて、そこでも、龍神さんは、ここと同じように、人の姿をとって、自由に動くことができた。

 平池周辺は、比較的広い範囲で、龍神さんの力が安定して出せる、特別な場所なのだそうだ。


 ただ、その洞窟は、江戸時代にあった大きな地震のあと、大雨が降ったときに、崖崩れが起き、口の近くが完全に埋まってしまった。


「それで、アヤに掘り出させようとしたのだが、無理だったんだね…」


「えっ、アヤさん?

 アヤさんをご存じなんですか?」

 あやかさんが、驚いて聞いた。


「当たり前だろう。

 アヤが平池の土地を手に入れたのも、ここで、その話をしたからだ…」

 と、龍神さんは、当然のことといった感じで話した。


 龍神さん、平然とアヤさんの名前を出したのは、こっちが、アヤさんのことを知っていると判断したからだろうが、こっちとしては、いきなり知っている名前が出てきて驚いたのだ。


 でも、ここまでのアヤさんに関する非常に短い会話を聞いただけで、おれ、いくつもの疑問が湧き出てきてしまった。


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