8-5  本来なら

 来る道は寒かったんだけれど、洞窟に入ると、風はなく、わりと暖かだった。


 まあ、曇っていて、月は見えず、もちろん星も見えずで、歩いてきた道も、洞窟の中も、暗いのには、変わりないんだけれどね。

 それでも、風がない分、ほっとした気持ちになって、奥に進んだ。


 おれが大きめのライトを持って、先頭を歩き、後ろに、あやかさんとサッちゃんが並んでついてきている。

 あやかさんは、右手で小さめのライトを持ち、左手は、サッちゃんの肩に、優しく回している。


 これから、砂場のところまで行ってみるつもりで進んでいる。


 龍神様なるものが出てきちゃって、さて、どのような動きをしたらいいのかな、なんてこと、ここまでの道で、あやかさんといろいろと話しながら来た。

 でも、龍神様が現れたからといって、なにがどうなるんだろう、とわからなくなって、そっちについては何にも考えが進んでいない。


 そんな中で、なんだかんだとは言っても、忘れ物でもないけれど、結局、あやかさん、向こうから完全に抜けきっていないような、何か、まだ繋がっているような感じが残っているので、とにかく、あやかさんが、半年間張り付いていたであろう場所に行ってみることにした。


 それで、今、洞窟の中、奥に向かって歩いている。

 少し奥に入ると、さらに暖かくなったので、ダウンジャケットの前を開けた。

 ジャケットの下は、シャツに、厚手のトレーナーを着ているので、前を開けただけだと、まだまだ暑いくらいなのだ。


 狭い洞窟、しばらく進むと、例のところ、左に曲がるようになりながら、洞窟が急に大きく広がる場所に出た。

 ここは、単に『広場』と呼んでいたけれど、その広場に出て…、

 驚いた。


 中央より向こう、例の砂場のところが、ボーッと青白く、光っているのだ。

 砂が、半分、透き通っていて、下からライトアップされている…、そんな感じの明るさだ。


 場所が場所だけに、昨日、妖魔が出て来たときのことが頭をよぎった。

 今、妖魔は出てこなくても、砂の下に、とぐろを巻いて寝ているんじゃないかと、つい思ってしまった。


 ライトは足下を照らしたままで、上下左右と周りをよく見ると、広場全体の岩も、なんとなく、薄く光っているような感じもする。


「あやかさん、ちょっと、ライト、消してみてくれる?」

 と、あやかさんと二人、ライトを消してみる。


 暗いんだけれど、目が慣れてくると、やはり、砂場の明かりが反射しているのではなく、岩自体が薄紫に光っているようだ。

 洞窟全体の岩に、ほどほどの明るさがあって、なんだか、すごく幻想的な感じだ。


 仄暗い中、そのままライトはつけないで、周りを見ながら、ゆっくりと、青白く光る砂場の近くまで進む。

 近づくと、砂場の明るさが増し、同時に、周囲の岩肌、その薄紫色の光も、より明るくなっていった。


 そこで…、砂場まで、3メートルほどのところで…、立ち止まる。


 すると、砂場の砂が動き始めた。

 ムクムクムクと、初めは、小さく、ゆっくりと、波打つようであったが、じきに、砂場の中央で、砂が盛り上がるようにして膨らみだすと、みるみるうちに、椅子を形作っていった。


 あっという間に、肘掛けのついている、比較的大きな椅子ができあがった。

 見ようによっては、砂の中から、椅子が浮き出したような感じだ。

 椅子の形ができあがるのとほぼ同時に、砂でできたとは思えない、高級な木のような質感となった。


 そして、椅子全体が、ボワッと、紫色の光に包み込まれた。


 すぐに、その光が凝縮し始める。

 その光と置き換わるように、椅子には女性が腰掛けていた。

 肘掛けに、左腕を乗せ、そこに、ややもたれるようにして、足を組んでいる。


「龍神様だ…」

 と、サッちゃんが、呟いた。


 龍神様ということだったので、おれの中で、古風な服装のイメージができあがっていたが、まったく違っていた。

 ちょっとおしゃれな、ドレス風の服装。


 黒っぽいけれどつやのある、焦げ茶色の服は、落ち着きを感じさせる。

 でも、なぜか、服全体が、キラキラと輝いている。

 丈の長いスカートで、組んだ足には、ちゃんと靴を履いている。


 サッちゃんのお母さんに似ている、と言うことで、年齢は、なんとなく30歳代後半をイメージしていたが、ずっと若くって、あやかさんと同じくらいの年齢と思われる雰囲気である。


 真っ黒く、長く艶やかな髪。

 立てば、腰近くまではあるんだろう。

 前髪は切りそろえてあるが、あとはそのまま無造作に垂らしていて、一部の髪が、肩から前に流れている。


 ぱっちりとした目は微妙につり上がっていて、顎はややとがり気味。

 顔つきは、ちょっときつい感じはするが、きれいな瓜実顔。

 なんとなく、魔女を連想する。

 妖魔女とでも言うのかな?


 とはいえ、不思議なことに、あやかさんと似ているような感じのところもあり、また、さゆりさんにも似ているような感じで…、いずれにせよ、ものすごいべっぴんさんだ。


 でもな…、いかに美人さんとは言え、これは、仮の姿なんだろうな…。

 そう思うと、どうしてこの容姿を選んだのだろうか…、あるいは、だれを参考にして、こんな美人を作り上げたのだろうか、なんて疑問が出てきてしまう。


 ここに現れる前に、さて、どんな姿になろうかな、なんて考えて、やっぱり、美人がいいな、ということで、この姿になってはいるんだろうけれど…。

 歳も、あやかさんと同じくらいの姿…。


 本人が『平池神社の龍神』と名乗っているくらいだから、かなり昔から生きていることは間違いない。

 だから、本当の歳なんて、当然わからない。


 いつからこの洞窟にいるんだろうか…、そもそも、この洞窟に棲んでいるのかもしれない妖魔と、どんな関係があるんだろうか…。


 目の前に現れた女性を見ながら、驚きと言うよりも、なんか、このように現れた成り行きを、ごく自然なものと受け取って、さらさらさらっと、そんなことを考えていたとき…。


「龍平…」

 その龍神さんは、いきなりおれの名前を呼んだ。


 龍神さんなる女性の声は、落ち着きのある声だった。

 でも、妖魔女的なその雰囲気から、ドスのきいた声、と言ってもいいのかもしれない感じ。


 で、おれの名前を知っていたことで、最初の驚き。

 それに、いきなり、おれを相手にして話が始まったことにも、大きな驚き。

 二つの驚きに襲われて、おれ、返事に迷ってしまった。


 だってねぇ、仮にも、龍神様だなんていうので…、ちょっとへりくだって『はい』と答えていいのか…、あるいは、龍神とは言われたけれど、本当は、まだ、なんなのか、わからないから…、何気なく『えっ?なあに』と答えていいのか…。


 さらに、もう一つの選択肢、偉そうに『なんだよ~』と答えてもいいものか…、これは、いきなり、おれのこと、呼び捨てにしたから…。

 でも、これは、相手が、ひょっとすると、本当に神様かもしれないので、ちょっと、怖い気もするし…。


 そんなこんなが一瞬の間に頭の中を走り巡って衝突し、返事のタイミングを逃してしまった。


 でも、そのとき、おれは、しっかりと、そのきれいな龍神さんを見たまんまだったので、たぶんそのおかげなんだろうけれど、返事をしなかったことについてはお咎めなし。

 そのままスルーできたようだ。


 龍神さんは、一息、間を入れて、そのまま話を続けた。

「おまえが、あやかを出すのが早すぎたので、すべてが、おかしくなってしまったじゃないか…」


 責める口調で。

 でも、何を言ってるんだろう、この人は…、というか、この龍神さんは…。


 会ってすぐに、何が何だかわからないまま、おれが、いきなり文句を言われているということは、理解できる。

 でも、理解できるのはそこまで。


 文句を言われている対象となるおれの行動、それが、何のことだかわからない。

 あやかさんを出すって…、いつ、どこへ出すって言ってるんだろう。


 さらに、龍神さん、続けて、

「本来なら、こんなことになるはずはないのだがな…」

 と、言った。


 何のことを言われているのか、どうにもわからないので、

「あの…、なんのことを、おっしゃってるんですか?」

 と、おれ、聞いてみた。


 しかも、おっしゃる、なんて敬語を使って、ちょっと、下手に出て…。

 どうも、おれ、怒られているようだし、なんとなく、すごみのある女性特有の怖さもあるし…、で、まあ、様子見というところで。


「だから…。

 うん? おまえ…、まったくわかっていないんだね…。

 フ~ッ…やれやれ…」


 わかっていないもなにも、わかっている訳がないじゃないですか。

 会っていきなりで、いったい全体、何の話なのか、何の説明もないんだから。

 で、龍神さんは、面倒くさそうに話し始めた。

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