8-3  実はね…

 で、話を戻して、サッちゃん、『だれか』さんに、あやかさんと一緒に来いと言われたことについて。


 言われたとは言っても、おわかりの通り、サッちゃんのそばに人がいて、話しかけられてのことではない。

 それで、サッちゃん、最後に『かな…』をつけたんだと思う。


 頭の中、と言うか、思考の中、と言うか、そこに、直接、声が響いたに違いない…。

 たぶん、おればかりでなく、あやかさんも、そう思っているはずだ。


 でも、その『だれか』とは、誰なんだろう…?


 で、サッちゃんが、『一緒に来い』と『だれか』に言われた。

 と言うことは、その『だれか』さんは、あやかさんとおれが、妖魔洞窟に行くことを知っている、ということになる。


 サッちゃんが、嘘を言っているんでなければ…、もちろん、嘘だなんて思っていないんだけれど、正確な話をしているんだぞという意気込みを感じていただければと…、やっぱり、その『だれか』さんって、妖魔しか考えられないのかもしれない。


 で、どうして、これから、あやかさんとおれが、妖魔洞窟に行くことを知っているのか、と、考えると、しばらく前に、ベッドに座りながら、おれとあやかさんが話していたことを、聞かれたことになる。


 あやかさん、なんだか繋がっていると感じていることだし…。

 二人の話が筒抜けだなんて…。

 どうも、うっとうしいヤツって感じだな…。


 あやかさんも、そのあと、玄関で、サッちゃんの言った『一緒に来い』のことについて、ちょっと考え込んだりしたもんだから、途中から、さゆりさん、緊張した顔つきになってきている。

 このまま、あやかさんを洞窟に行かしてもいいのかな?って感じで。


 食堂から出てきた美枝ちゃん、こっちをチラッと見ただけで、何かあったな、と、すぐに、進行方向を変え、こっちに向かってやってきた。

 やっぱり、美枝ちゃんって、勘がいい。


「どういうことなんだろう…」

 と、あやかさん、両手で顔を包んで、さらに考え出した。


 美枝ちゃんに続いて、台所から顔を出した有田さん、美枝ちゃんがこっちに向かったので、こちらを伺い、珍しく悩んでいるあやかさんを見て、どうしたんだろうと、やはりこっちにやって来る。

 すると、その後ろから木戸さんも。


 そんな二人の動きを見て、北斗君と浪江君が、首をひねりながら、ソファーから立ち上がって、こっちを見た。

 やはり、こちらに来るようだ。


 夕暮れ時になって、台所が忙しい吉野さんを除く全員が、玄関近くに集まった。


「こんなにみんなが集まったんじゃ、今、説明しておかないといけない感じだね…。

 どうせだから、ソファーでちゃんと話そうか」

 と、あやかさん、おれに言って、履いたばかりの靴を脱いで、もう一度ロビーに戻る。

 おれも、靴を脱いで、あやかさんの後に続いた。


 ロビーの左の方、西側の壁についた長いソファーに向かう。

 そのソファーの中央あたりで、あやかさん、サッちゃんの肩に右手をかけ、抱き寄せるようにして、一緒に座った。

 サッちゃんは、おれとは反対側のあやかさんの隣。


 さゆりさん、今回は、あやかさんの正面に座る。

 その隣には、美枝ちゃん。


「実はね…」

 と、あやかさん、昨日、洞窟を出てから、どうも落ち着かないこと、なんとなく違和感を感じているところから話しだす。

 急に東京に戻ることにしたいきさつなども含めて。


 さらに、今日の話。

 今までにない波動でドローンを撃墜したところから、草地で、雲の中にそびえ立っていた巨大な妖魔を見たところまで、端的に、でも、包み隠さず話した。


 有田さんと木戸さん、今日、草地で途中まで一緒だっただけに、妖魔が出現した話には、かなり驚いたようだった。


「そういうことだったのですね…」

 と、有田さん。

 どうも、草地での、あやかさんの振る舞いが、おかしいんじゃないかと、見ていたようだ。


「黙っていて、ごめんね」

 と、あやかさん、有田さんに謝った。


「あっ、いや、そんな…、今のような訳でしたら、当然だと思いますよ。

 みんな、はっきりしないことですし…、なっ?」

 と、有田さん、木戸さんに同意を求める。


「ええ、もちろんです。

 大変だったんですね…。

 でも…、その、草原で見た妖魔って、そんなにでかかったんですか?」


「そうなのよ…。

 林のずっと上までだから、数十メートル…。

 あれが、倒れるようになりながら、こっちに来たら、あっという間だろうし…。

 どうしようかと思って、ぞっとしたわ…。

 あっ、そういえば、あなた…、あのとき、あれを見ても、ちっとも怖がっていなかったわよね」

 と、あやかさんの話が、急におれに来た。


「あっ、いや、そんなことないよ。

 おれも、見た途端にザワッとして、怖かったんだよ。

 でも、ほら、なんか、半分透明のようで…、あまりにも現実離れしていたもんでね…、どうなってるんだろうって考えちゃって、怖がってることを表現する余裕がなかったんだよ…」


「ふ~ん…、表現する余裕ね…」

 と、あやかさんが言ったとき、思わず、さゆりさんと美枝ちゃんが吹き出した。

 また、おれのこと、のどかなヤツだとでも思っているんだろう。

 でも、今のこと、正確に、本当のことを言ったまでなんだぞ。


「フッ、まあ、いいか…」

 と、あやかさん、話し続けた。


「と言うことでね、これから、この人と、ちょっと妖魔洞窟に行ってこようか、というところだったのよ…。

 そうしたら、サッちゃんが…」

 と、あやかさん、『サチも、行きマス』の話をした。

 ここにいる人たち、さゆりさん以外は、知らないから。


 話が終わって、不思議な話だけれど、一応、どんな状況だったのかを、みんなが納得したところで、


「それで、今のこと、誰に言われたのか、わかるの?」

 と、さゆりさんがサッちゃんに聞いた。


 すると、サッちゃん、

「知らない人だけれど…、でも…、母上に似ていたような…」

 と、驚きの答え。


 そう、『母上に似ていた』が、みんなに、いろいろなことを考えさせたようだ。

 みんな、すぐに次の言葉が出なくって、し~んとして10秒近くがたった。


「サッちゃんの…、お母さんのような人っていうと…、サッちゃんに話しかけたのは、女のひと…だったの?」

 と、さゆりさん、サッちゃんの言葉を繰り返して確認した。


「うん、女の人…。

 母上に似ていた…と、思う…。

 でも、サチ、母上のこと、ちゃんと覚えていないから…。

 小さい…ときに…、別れたから…」

 と、サッちゃん、急に、ちょっと、悲しそうな顔つきになった。


 まだ小さいサッちゃんの『小さいとき』って、いくつぐらいの時だったんだろう。

 それが、お母さんとの最後の別れ、ということなんだろうと思うと、かわいそうになってしまった。


「そうだったんだ…。

 ちっちゃな時にね…

 寂しかったよね…」

 と、あやかさん、慰めて、サッちゃんを抱き寄せた。


 サッちゃん、あやかさんにピッタリと寄りついて、少しの間、また、沈黙。


 場の雰囲気が変わり始めたときに、

「それで、その人が、どのように、サッちゃんの前に出てきたの?」

 と、今度は、あやかさんが聞いた。


「わからない…。

 前に…いないんだけれど…、でも、見えていた…」


 サッちゃんの言ったこと、なんだか、すぐにわかった。

 目の前にいる訳ではないけれど、その人のイメージが強く浮かんだんだろう。


「どういうことなんでしょうね…」

 と、さゆりさん、あやかさんに聞いた。

 そのときの状況についてではなく、その、女の人のことだろう。


「うん、てっきり妖魔かと、思っていたんだけれどね…。

 サッちゃんに、指示したのがね」

 と、あやかさん。


「そうだよね…。

 話の流れからすると、絶対に妖魔のはずなんだけれどね…。

 うん?その女のひと、妖魔の、仮の姿、ということなのかな…」

 と、おれが言うと、あやかさんも、


「そんな感じもするよね…。

 でも、女性なんだね…」

 男性ではなかったのがちょっと不思議、ということのようだ。


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