8-2  呼ばれてマス

「ふ~ん…、…。

 なるほど…、そうだったんだ…。

 あなた…、わたしと妖魔の勝負…、そんな風に見てたんだ…」


 あれれ?

 なんか、言い過ぎたのかな?

 これは、まずいぞ。

 あやかさん、ちょっと…、いや、ちょっとでなくて、すご~く、ムッときたのかもしれない…。


 あやかさん、さらに強い感じで、一言。

「そんな見方をする人って…、この世の中で、あなただけじゃないのかな…」


「えっ、そ、そうかな…」

 おれ、すでに、ドギマギしながら答えている。


「ええ、そうよ。

 わたしとしてはね、今まで、かなり、真剣にやってきたことなんでね…。

 あなたに、そんな風に言われてさ…。

 ちょっと、怒ってもいいのかな、と思ってるんだけれどね…」

 と、ちょっと、怖い顔で、おれを、じっと見て言った。


 怒ってもいいかなって…、あやかさん、もう、怒ってるんじゃないだろうか?

 おれにとっては、本当に久しぶりな状況なんだけれど、そんなこと、懐かしんでいる余裕なんてない。


 このまま、あの、ムスッとした態度にでもなってしまったら、それは、もう、大変なことだ。

 なんだか、すごく、怖い…。


 こんなに怒るのって、あやかさん、妖魔との対決、本当に、真剣勝負の気持ちだったんだな、と、改めて思う…。

 やっぱり、言い過ぎたかも…。

 ごめんなさい…。


 でも、そのあと、あやかさん、おれから目を外し、布団の端の方を見ながら…。

「でもね…。

 そう、はっきりと、言われちゃうとね…。

 そうか…、なるほどね…」

 と、呟いた。


 あやかさんから、怒った雰囲気が、急に消えていった。

 あの、ムッとした…、あの、おれを、強く拒絶するような、怖~い怖~いオーラが、スゥ~ッと薄れた。


 そして、そのまま、少しの間、ブツブツ言いながら考えていたけれど…。


「うん…、たしかに、そのようにも、見えるのかもしれないね」

 と、明るい声で言って、


「洞窟、今から行くのでもかまわないの?」

 と、あやかさん、急に話を変えて、おれに聞いた。


「もちろん、そのつもりでお誘いいたしましたよ」

 と、おれ、今までの、怖~い時間がなかったように…、いや、まるでなかったことにして、軽く答えた。


 あやかさんの機嫌が、本当に悪くならなくって良かった。

 あのまま、ムスッに突入されでもしたら…。

 そう、あやかさんのあのムスッは、最強。

 あれをやられると、おれ、すご~く、つらいからな…。


 外は、もうじき暗くなるんだろうけれど、そして、寒いんだろうけれど、そんなこと言ってられないような気がする。

 せっかく、ムスッとなるの止めてもらえたんだから、今のうちに、確実に、次の行動に移りたい。


 それに、たぶん、あやかさん、心の中での気分の悪さ、ずっと続いているんだろう。

 あれは、かなり、負担の大きなものだと思う。

 少しでも良くなるのなら…、そうなのだ、洞窟では、その解決のための、何か、手がかりをつかめるかもしれないのだ。


「急いで支度しようよ」

 と、おれ、ベッドから出ながら、あやかさんを誘った。



 下のホールに降りると、ソファーで、さゆりさんが、サッちゃんと、算数の勉強のことで話をしていた。


 あやかさん

「今から二人で洞窟に行ってくるね」

 と、さゆりさんにことわりを入れる。


 すると、さゆりさん、『うん?』という感じで、あやかさんをまじまじと見た。

 どうも、なにかを感じたみたいだ。

 そう、もうじき夕暮れになるというこの時間だ、ということもあるのだろう。


 さゆりさん、サッちゃんとの話し合いを中断し、すぐに立ち上がり、ちょっと心配そうな顔をして、一緒に玄関までついてきた。


 さゆりさんの心配そうな顔を見て、玄関で、靴を履きながら、あやかさん、さらに一言、必要だと思ったんだろう。


「ちょっと洞窟で確かめたいことがあってね。

 戻ったら詳しく話すから…。

 でも、今は、二人で行ってくるよ」

 と、さゆりさんに言った。


 それを聞いて、さゆりさん、すぐに普通の顔に戻って、

「わかりました。

 でも、充分、気をつけてくださいね」

 と、ニコッとして、『行ってらっしゃい』と、送り出してくれる動き。


 でも、そのとき、さゆりさんの陰から、脇をすり抜けて、サッちゃんがあやかさんの前に進み出て来て、


「サチも、行きマス」

 と、言った。


 あやかさんが意外そうな顔をして、膝を折ってかがみ、正面から、サッちゃんをしっかりと見ると、


「サチも、呼ばれてマス…」

 と、サッちゃん、あやかさんに言った。


 えっ?どういうことだ。

 呼ばれている?

 あやかさん、不思議そうな顔をして、そのまま、おれの方を見上げた。


 その、あやかさんがおれを見る目、疑いの目。

 あっ、これは、やばい。

 そう、とてもやばいシチュエーションだ…。


 おれだってそう思う。

 だって、『サチも』と、『も』がついて、『呼ばれてマス』となると…。

 さっきからの話の流れで見ると、まるで、おれが誰かの依頼を受けて、あやかさんを連れ出そうとしているみたいじゃないですか。


「おれは、何も、呼ばれてないよ…。

 さっきは…、おれとしてはね、自分の考えで、あやかさんを誘ったつもりだったんだけれどね…」

 と、おれがあわてて言うと、あやかさん、立ち上がり、ちょっと非難するような目を向けて、


「誰かに依頼されて、人を誘い出そうとする人間って、たぶん、そう、弁解するんだろうね…」

 と、すごみのある声で言った。


 えっ?やっぱり、この話、そうなっていくの?

 どう、説明したらいいんだろう。

 ちょっとしたパニックに落っこちそうになった。


 でも、あやかさんの言葉、冗談だった。

 おれが、充分に動揺したのを見てから、ニッと笑って、この話は終了して、


「わたしも行く気持ちになっていたし…。

 わたしも…あなたも、誰かに、動きを、支配されているのかもしれないね…」

 と、ちょっと、怖いことを言った。


 そして、あやかさん、サッちゃんに向かって、

「ねえ、サッちゃん、呼ばれているって、どういうことなの?」

 と、確認した。


 そうなんだよ…。

 この質問が、本当は、サッちゃんの言葉のすぐにあるべきなんだよ…。


 と言うことは…、こんな時なのに、あやかさん、おれの動揺につけ込むようにして、ちょっと遊んだのかもしれない。

 まったく、うちの奥さんは…。


 その、あやかさんの質問に、サッちゃん、

「よく、わからない…。

 でも…、今、あやかねえと一緒に来い、って、だれかに…言われた…かな…」


 こんな時に何ですが、サッちゃんは、あやかさんを『あやかねえ』と呼ぶようになった。

 これ、昨日、サッちゃんが、さゆりさんをまねて、『お嬢様』と呼んだとき、あやかさんに、しっかりと言われたこと。


「わたしは、お嬢様じゃないんだよ。

 そう呼ぶのは、間違っていることなのよ」


 と、チラリとさゆりさんを見て、言って、続けて、


「いいい? わかった?

 だから…、そうだね…、リュウ兄の奥さんだから、あやか姉がいいかな。

 わたしのこと、あやか姉って呼んでくれる?」


「うん、いいよ」


 と、言うことで。

 おれの『リュウにい』に対して『あやかねえ』となったわけ。


 あやかさん、最初が肝心と、サッちゃんには、強く、はっきりと言っていた。

 だってねえ、美枝ちゃんやさゆりさん、『お嬢様』と呼ぶの、あやかさん、何度頼んでも、そして、半年経った今でも、変えてくれないから。

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