6-7 始めるよ
それから、あっと言う間に1週間が経った。
でも、この間、いろんな状況を考えて、サッちゃんと練習を重ねていた。
それで、11月も下旬となり、今日は、旧暦でいうと10月15日。
満月となる望の日は明日で…、そう、明日が作戦決行の日だ。
で、おれ、ちょっと、緊張している。
と、いうのも、明日は、おれ、何としてでも、あやかさんを取り戻すつもりだから。
今年中には、だとか、次の機会は1ヶ月後になる、だとか、そう言うことは、もう考えない。
すべてが揃った今、何が何でも、明日、あやかさんを取り戻す。
ただ、それだけだ。
吉野さんは留守番だけれど、あとは、みんな、参加してくれる。
サッちゃんは当然、…主役的な位置付け。
さゆりさんは、サッちゃんの補助。
さゆりさんが近くにいると、サッちゃんが落ち着くから。
浪江君は、撮影。
前と同じ場所から、同じように撮影してもらう。
成功すれば何よりの記念になるし、ほかで待っているみんなへの説明にも使える。
万一、失敗したときには、後々のため、解析に使う…と言う話になっている。
でも、この、万一なんてことにはならないつもり。
なにがなんでも…、なんですよ。
それと、あやかさんを救い出したとき、いくらあやかさんでも、すぐには状況を把握できず、混乱するといけないから、説明のため、消えたときの画像を見せることができるようにしておいてもらう。
美枝ちゃんと北斗君は、何か、突発的なことへの対処。
全体を見ていて、何かが起こったときに、それに対応してすぐ判断できるの、美枝ちゃんだから。
また、北斗君は、その兆候を見逃さない。
作戦は、この陣容で、ただ、やるのみ。
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そして迎えた、旧暦の16日。
今日は、満月…、決戦の日だ。
おれたちが『広場』と呼んでいる、妖魔洞窟の奥にある大きな空間。
あやかさんが消えた『砂場』のあるところ。
細い通路のような洞窟のトンネルから広場に入り、隅に、ダウンジャケットを脱ぎ捨てる。
洞窟の中は、暖かい。
おれの後ろから広場に入ってきた浪江君、すぐに照明を、そしてカメラをと、慣れた動きでセットし始める。
美枝ちゃんと北斗君は、前の時と同じように、浪江君の横に並ぶ予定。
美枝ちゃん、入ってくるなり、おれが、カッコよく脱ぎ捨てたつもりだったダークグレーのダウンジャケットを拾い上げて、少し高くなっている岩の上に、丁寧に置き直してくれた。
あそこに、さっと置いた方が、カッコよかった…と言うことかな?。
それから、美枝ちゃん、かわいらしい感じのベージュ色のダウンジャケットを脱いで、岩の上、おれの隣にやさしく置く。
今日は寒いので、みんな、真冬用の、ダウンジャケットを着てきた。
北斗君のダウンジャケットは、サップグリーンのような、渋い色合い。
北斗君も脱いで、ポンと投げるように置いた…、格好いい。
でも、なんだか、すぐに、美枝ちゃんに叱られている。
あの様子だと、どうも、美枝ちゃんのジャケットの上に、北斗君のを放り投げたからなのかもしれない。
すぐに、美枝ちゃんの隣りに置き直している。
そしておれ、砂場の手前、岩の縁のところで、あやかさんが消える前…、砂場に飛び込む前に立っていた場所の、すぐ脇に立つ。
もし、あの時に戻ったのなら、あやかさんの右隣りにピッタリと並んで立つような感じだ。
そして、さらにおれの右隣、あやかさんとは反対側になる方に、今日は、サッちゃんが並んで立った。
この立つ位置、これが、数少ない、今日の作戦のうちの主要な部分。
あやかさんへの最短の位置で動く…、これが作戦。
さゆりさんは、サッちゃんの後ろに立つ。
サッちゃん、ちょっと緊張しているようだ。
おれが下を向くと、サッちゃん、明るい茶色の目で、おれのこと、見上げていた。
おれ、ニコッと笑いを向けながら、サッちゃんの右肩に、右手を置く。
サッちゃんの顔が和らぐ。
そして、サッちゃん、正面を向いて、
「フ~ッ」と、ため息をついた。
「そろそろ初めてもいいかい?」
と、おれがサッちゃんに聞くと、
「うん、いいよ」
と、落ち着いた声で、答えが返ってきた。
さっきの緊張から、ため息一つ、瞬く間に、平常心に戻っている感じ。
おれ以上に、精神的な強さがあるのかも。
たのもしいですねぇ。
よし、今回は、うまくいくぞ。
「それじゃ、始めるよ」
と、言いながら、美枝ちゃんたちの方を向いて、右手を挙げて開始の合図。
すぐに、おれ、第一段階のヒトナミ緊張を始めた。
スッと緊張が高まり、目の色が変わるぞ、と、自分で感じたとき、急に、正面の岩壁が紫色に変わる。
その紫色の部分が、かなりの速度で広がっていく。
やはり、満月の日の反応は早い。
紫色の範囲が、天井まで届いたときだ。
右下から、ブワッという強烈な波動が通り抜けた。
サッちゃんが、『神宿る目』になったということ。
しかも、急激に。
やはり、こうなる。
考えたとおりだった。
そして、この雰囲気…。
おれ、もう、ヒトナミ緊張していなくても、この波動に同調して、おそらく、目の色変わったままになっているはず。
ヒトナミ緊張を解除した。
みるみるうちに紫色の部分が広場全体に広がっていく。
広がるとすぐに、その紫色が明るくなる。
さすが『神宿る目』だ。
おれの、ヒトナミ緊張の第4段階と変わらないほどの岩の輝き。
しかも、チラチラと揺れ動く、明るい紫色の部分が、徐々に大きく、はっきりとして、メラメラ燃える炎のようになっていく。
そう言えば、サッちゃん、この状態から先のことを『紫の火が、動き出した』と言っていた。
そして、その言葉の通り、『紫の火』が動き出す。
岩壁で、ゆらゆらしていた明るい部分が、あちこちで、一つ、二つと、ス~ッ、ス~ッと上に上がっていく。
その数が瞬く間に増えていき、壁全体が、動くように感じるほどになる。
来た…。
来たぞ。
ついに、ヤツが、表の世界にやって来る。
おれ一人では、どうやっても表にまで呼び出すことができなかった妖魔。
それが、サッちゃんの『神宿る目』によって、召喚されるようにやってくる。
さあ、来い。
洞窟を巻くように走る、紫の光の大きな流れ。
ものすごい圧力を感じる。
ふと、右下のサッちゃんを見る。
サッちゃん、懐剣を左手で縦に持ち、右手を
この、凄まじい状況にも、びくともしていない。
洞窟を、巻くように走る光が、徐々に帯のように収束していき、明るさを増す。
そして、その光の帯が、龍のように広場の岩壁を走りだす。
このあいだと、同じ動きだ。
さゆりさん、サッちゃんの背中に、手を当てている。
おれは、サッちゃんの左肩に、軽く右手を置いている。
これは、一緒に動くための準備でもある。
サッちゃんは、微動だにしない。
動画を何度も見て、妖魔の動きを把握していたせいもあるのかもしれないけれど、それにしても、この迫力。
サッちゃん、よく、耐えていると思う。
実際に、ここに立って、これを見ていると、おれでも、やはり、畏れのような、おののきような、恐怖に近い感覚が湧き出てくる。
周囲の岩壁を、波打ち、泳ぐように走り回る妖魔。
砂場の向こうに見える岩壁を、明かりの帯が左から右へと、数度横切る。
やがて、妖魔は、下に降り始めた。
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