6-8  チ、チ、チ、チ、チ

 徐々に降りながら、周囲の岩壁を何周かすると、妖魔は完全に下に降り、床の岩の下を光の帯が走り回る。

 広場に大きな丸を描くようにして、徐々に、中心に向かって…。


 今、砂場の脇、ギリギリをかすめるように通り過ぎた。

 この距離感…、いよいよ次かもしれない。


 おれがそう思ったとき、サッちゃん、グッと沈み込んだ。

 懐剣をやや脇に持ち、膝を曲げて、飛び出す体勢。

 おれも、一緒に飛び込むつもりで、腰を落とす。


 左の方から、砂場に向けて、光が流れ込む。

 急に砂が透き通ったように感じ、その底が、円形に、青白く光る。

 その光の塊が、砂の中を浮き上がってくる。


 サッちゃんが、その中心に向かって大きく跳びかかる。

 おれも、同時に飛び込む。


 砂が盛り上がるのと、サッちゃんが懐剣を抜くのが、ほぼ同時。

 サッちゃん、逆立ちするように砂場に降りながら、素早く抜いた懐剣を、真っ直ぐ下に突き刺す。

 おれは、サッちゃんの真横に、ピッタリ着くようにして飛んでいる。


 サッちゃんが突き刺した懐剣の上に、おれは右手を置いて、体重を乗せ、下に、沈めるように力を加える。

 いきなり、真っ白な光に包まれる。


 また、以前と同じように、すべての動きが止まってしまった。

 だから、おれ、やや逆立ちに近い状態で、空中に止まったまま。

 サッちゃんも、まだ、地に足が付いてはいない。


 白っぽい光に包まれ、止まったまま、何も動かない。

 白い光が、少しずつ強くなる。

 おれ、ヒトナミ緊張開始。

 普段の、だから、第1段階の緊張で、光がやや弱まり、周囲が動き出す。


 でも、チカッ…、チカッ…といった案配。

 コマ送りの…それも、すごくゆっくりな…映像のような、そんな世界。

 でも、そんな速度の世界ではあるが、手を少しずつ動かせるような気がする。


 それで、すぐに、ヒトナミ緊張、第2段階へ。

 チカッ、チカッが、チッ、チッ、チッ、チッ、チッといった感じに動き始め、右手に、懐剣が、ゆっくりと沈んでいく感覚を感じる。


 その時だった。


 また、バッとした、より強い白い光に包まれる。

 一瞬、何も見えなくなったが…。


 ああっ! あやかさんだ!


 強烈な白い光が、やや薄れたとき、あやかさんが、おれのすぐ隣で、あの時と同じように…、あの消えたときそのままの状態で現れた。


 ギヤッホ~ッ!

 やったぜ。

 考えていた通りだ。


 あの時の世界と、今、おれたちのいる世界が、一つになった。

 やっと、あやかさんのあの時に繋がった。


 でも…、あやかさんも…、そしてサッちゃんも、…当然おれもなんだけれど、止まったままの世界。

 あやかさんも、最後に見たまんま…、まったく動きがない。


 あやかさんだ~と、思いつつ…、そして、どういうわけか、おれ、止まっているはずなのに、横目でそっちを見ているんだけれど…、だから、おれ、おお、あやかさんだ~と、興奮もしてるんだけれど…、でも、まったく動けないまま。


 と、フッと、周りの、かすんでいるような白さが強くなる。

 あやかさんが、また、消えそうになる。


 ウッと、危ない気がして…、このままでは、なんだか、ヤツにやられそうな気がして、負けちゃダメだと強く思った。

 そう思ったら、また、白っぽさは薄くなったが、動けないままに変わりはない。


 まったく呼吸していないことに、それでもちっとも苦しくないことに気が付くほど、ゆったりと時間は流れている。

 この、白っぽさが、なんとも、心地よい感じもしないではない…。


 動けない、動かない、そんな時間が、おれとしては、かなり長い間続いているように感じられて、もう、おれ、一生、ずっとこのまま過ごすんじゃないかと思ってしまったくらいだ。


 そんな気分の時、ふと、岩壁の紫色が目に入った。

 すぐに、妖結晶を思い出した。

 あの、お絵かき、楽しくもあったな…、ヒトナミ緊張して…。


 えっ、ヒトナミ緊張?

 そう言えば、おれ、無意識のうち、ヒトナミ緊張、第3段階になっていた。

 そうか…、さっき、負けちゃダメだと思って、第3段階にしたみたいだな…。

 でも、第3段階までやって、まったく動かずのままなのか…。


 えっ? 第3段階?

 おれは、今まで、なにを考えていたんだ。

 そうだよ、おれ、戦うことを忘れていた…。

 ひょっとすると、これは、妖魔に誘導されているのかもしれない。


 そう気が付いて、すぐに、気合いを入れて、ヒトナミ緊張、第4段階へ。

 何か、つかまれているものを振り切る感じで…。

 今までになく、力を入れる感じで…。


 そうすると、やっと動き出した。

 チ、チ、チ、チ、チという感じの速さ。


 すると、なんと、あやかさんも動いている。

 チ、チ、チ、チ、チと。

 あやかさん、下にある、もう一つの砂の膨らみに、妖刀『霜降らし』を差し込んでいる。


 おれ、急いで、左手を、あやかさんの持つ妖刀『霜降らし』の上に。

 おれの手も、チ、チ、チ、チ、チとした動き。

 でも、おれの手の動き、このチ、チ、チ、チ、チの世界で見ているのでなければ、驚くべき速さだったに違いない。


 そして、あやかさんと一緒に、下に突き刺すように力を入れる。

 ただ、動きは、チ、チ、チ、チ、チと、超スローペース。


 だから、おれの体、まだ、宙に浮いたまま。

 砂場に大きく飛び込んで、空中に、横になったまま、右手はサッちゃんの懐剣の上、左手はあやかさんの妖刀『霜降らし』の上に置かれている。

 その両手に力を入れるから、体は、微妙に、空中腕立て伏せ状態。

  

 チ、チ、チ、チ、チと、体がゆっくり落ちながら、それぞれの刀も沈んでいく。

 しかも、おれの左腕には…肘の辺りには、あやかさんに触れている感触まである。


 なんか、懐かしさで、涙が出そうになっている。

 でも、どっかに、厳しい自分がいて、とにかく、終わるまでは、感慨にふけるようなことはないようにと、おれの気持ち、押さえ込まれている。

 さっきみたいに、妖魔に取り込まれないように、注意しろよと。


 この時、微妙だけれど、チ、チ、チ、チ、チの動きが、チッ、チッ、チッ、チッ、チッに変わっていることに気が付いた。

 ヤバイ。

 ヤツに押されている。


 それで、ヒトナミ緊張、まだ未完成だけれど、第5段階へ。

 思いっきり緊張を強めた。

 瞬間、耳が、キーンとして、目が暗くなる。

 冷たいかき氷を食べたように、鼻の奥から頭に抜ける強い痛み。


 すると、両手に強い圧力、次の瞬間、いきなり、顔と胸に、車でもぶつかったのかと思うような猛烈な衝撃と痛みが走った。


 続いて、ゴォ~ッという、ものすごい流れが体を包む。

 風のようで、風でない、なんだかわからない凄まじい流れ。

 そして、静寂。

 急に、寒くなった感じだ。


 おれ、うつ伏せで、砂にめり込むように、倒れている。

 それだけは、自分でわかった。


 すると、

「あら、あなた…、何してるの?」

 と、あやかさんの声。


 ああ、この声…。

 グッと来るものがあって…。

 でも、なんだか、すぐに、動けない。


 と、あやかさんの声の余韻を打ち消すように、

「お、お嬢様」

 さゆりさんの悲鳴に近いような声。


 続いて、走り寄る音。

 さゆりさん、たぶん、あやかさんに抱きついている。

 さゆりさん、泣いているのかもしれない。


「えつ?サ、サーちゃん…。

 なんで、あなたが?

 えっ?

 ワッ、あ、あなた…だぁれ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る