6-6 作戦
11月も中ほど…。
今日は、旧暦では10月8日、上弦の月の日だ。
もみじもあらかた終わって、別荘の前の山は、所々に枯れ葉が残る枝ばかり。
その、すっかり馴染んでしまった、別荘の前にある山のことだけれど…。
その手前は、というと、まず、別荘の門のすぐ向こう側は、左の方から、だから、外の門の方から来る舗装道路が、別荘の門の前まで続いている。
そして、門の前は、車がUターンできるほど、広くなっている。
でも、この道、ここで終わりのような雰囲気があって、この門の前を過ぎると、急に細くなり、ここからは、小さな車がやっと通れるくらいの幅しかない。
しかも、舗装もされていない土の道。
やや右下がりになっていて…、ということは、西に向かって低くなっているということだけれど…、別荘の前を過ぎると、緩く右に…北西の方向に、回り込んでいる。
この、細くなった道は、おれが、毎朝、あやかさんにおはようの挨拶に通っている道で、林を抜け、洞窟へと続く。
そのように、別荘の前は道が通っているけれど、その向こう側は、ググッと低くなっていて、一番低いところには、やや幅のある溝がある感じ。
普段は枯れ葉が溜まっていたりするが、雨が降れば小川となる。
地形としては、その溝が、東西に走る緩い谷の底となっているわけだ。
そこが谷の底ということなので、その向こうが『別荘の前の山』となる。
北斜面のせいなのかもしれないけれど、もみじの少なくなった枯れ木の林は、所々、透けて地面も見え、寒々しい感じだ…。
そんな、寒々しい林の景色と同調したように、最近は、めっきりと寒い日が続いている。
ここは、仙台よりも南のはずなんだけれど、高さの影響だけなのだろうかと疑問に思うほど、寒さが来るのが早いような気がする。
もうじき冬だ。
寒い冬は、苦手だな…。
雪が降ったら、山の中を走るの、どうしたらいいんだろうか…、なんて、こっそり悩んでいる。
そんなこともあって…、いや、そんなことは関係ないかな?…本格的に雪が降る前に、なんとしても、あやかさんを取り戻したい。
先月の末に、サッちゃんが、『神宿る目』をもっていることがわかった。
おそらく、満月の日に、洞窟で、おれがヒトナミ緊張をして岩を紫色にすれば、サッちゃんは、それに反応して『神宿る目』になる。
それなれば、妖魔のヤツが、目に見える形で現れるはずだ。
おれが、目の色を変えて、ヒトナミ緊張を高めると、妖魔は、洞窟まではやって来るようだ。
しかし、どんなに緊張度を高めても、姿を現すことはない。
さらに、何かが必要なんだけれど…、でも、『神宿る目』があれば、もう、それで充分…、そのはずだ…。
今日まで、いろいろと考えたし、準備もしてきたつもりだ。
アヤさんが奉納した絵馬にあったように、上弦の月の日も狙い目かとも思ったこともあった。
でも、良く考えると、おそらく、その、上弦の月の時の妖魔では、あやかさんの消えた、あの場面には戻れないような気がした。
と、いうのも、アヤさん、そのような弦月の時期に、ここで、かなりの妖魔をしとめたはずなんだけれど、その時代に、サッちゃんが解放されることはなかった。
だから、力不足の妖魔では、サッちゃんの懐剣で刺して退治できたとしても、ただ宝石になるだけで、あやかさんを連れては来てくれない、と思った。
まあ、妖魔の反応の強弱って、月齢と関係があることはわかったけれど、ある意味、わかったのは『ただのそれだけ』とも言える。
だって、その反応の原因とか、ヤツの正体とか、本当は、こっちの方が大事なんだよ、と言うようなことは、まったくわからないままなんだからね。
そんなことで、練習を兼ねて、あるいは、サッちゃんの懐剣が本当に妖魔に効果があるのかを調べるために、上弦の月の頃…実は、今日なんだけれど…、一度、試しにやってみようかとも思った。
でも、あとに、マイナスの影響が残っても嫌だと思って、やめることにした。
マイナスの影響…。
例えば、何かの加減で、あやかさんの消えた場面が、現れにくくなるとか…。
あるいは、サッちゃんが退治してしまうと、今月の妖魔は、ハイ、これで終わりです…、となって、次の月まで、妖魔が現れなくなるだとか…。
さらに、妖魔のヤツに、こっちの手の内…サッちゃんや懐剣の存在を知られて、用心されてしまうとか…、などなどいろいろと。
だから、今日は、動かない。
まあ、なんだかんだと考えて…、人から見ると、いつものように、ウダウダとなんだろうけれど、とにかく、次の満月の頃に、一発勝負で行こうと考えたわけだ。
この満月の頃にしても、その日にちについては、なんと、今日まで、ウダウダ、ウダウダと考えていた。
あやかさんが消えたのも、サッちゃんが消えたのも、
そして、当然のことながら、サッちゃんが現れたのも、十六夜の日。
だから、満月の日よりも、十六夜の日にした方がいいのかな?と、ずいぶん考えた。
考えに考えて…、堂々巡りのようなところも多かったと思うんだけれど、それでも、今日まで結論は出なかった。
まあ、当たり前といえば当たり前、判断材料が、乏しすぎるもんで…、ある意味、どっちでもいいような感じになってくる。
こういうのって、いくら考えても、わからないもんなんですよね。
でも、今日になって、さっきなんだけれど、ちょっと落ち着いた気分になってみて、暦を見たら…、今では、暦の本を買って、机の上に置いてあるから、パラパラパラといつでも見られるので…、すぐに決まった。
今月の満月の日は、旧暦では10月16日。
そう、この暦では、16日が満月となっている。
旧暦16日なら、昔の十六夜とも重なるんじゃないの、と、すっと自分で納得し、すぐに、満月の日、旧暦の10月16日に決行する、と決まった。
今まで、暦を見なかったわけじゃないんだけれど、どうして、こんな簡単なことに気が付かなかったんだろうと、不思議な感じすらした。
どうも、満月って十五夜…、旧暦15日のような気がしていて…、旧暦の日にちの欄、普段は、暦でも、ちゃんと見ていなかったってことなんだけれどね。
で、今日の夕食の時に、相変わらず、みんなで、わいわいと、楽しくご飯を食べているその最中に、おれ、ふと、『あっ、決行の日、決めたのを、みんなに言っておこう』と、思った。
そう思ったら、なんと、すぐに実行している。
どこか、啓示を与えられたような感じで、とは言っても、あまりにも突然といった感じで、…まあ、いつものおれと変わらないんだけれど、それでもちょっとカッコよさを意識して、急に宣言した。
「あの…、次の満月の日に、あやかさん、救出作戦を決行します」
みんながおれの方を見て、さゆりさん、ゆっくりと頷いた。
で、決まったね、と思ったら、隣の美枝ちゃん。
「ねえ、リュウさん…、そのような『作戦を決行する』なんて言い方はさ…、まず、みんなに、作戦の内容を周知しておいてから言うもんじゃないの?
満月の日に、何をするのか、さっぱりわからないじゃないのさ」
そうだった…。
この『そうだった』は二重の『そうだった』。
一つは、美枝ちゃんのおっしゃる通りです、ということ。
カッコよく言ったつもりだけれど、作戦なんてのは言葉だけ、内容はまだなかった。
ただ、『あやかさんを救出します』と言えばよかったのかも…。
そして、もう一つは、美枝ちゃん、ビールを飲んでいるんだ、と言うこと。
酔いが回り始めて、ちょうど、ちょっと絡みたいな、となってくる時間帯だった。
どうも、美枝ちゃん、おれのこと、絡みやすいと思っているようで、週に4日くらい…だいたい、そのくらいの案配で、美枝ちゃん、ビールを飲んでいるので…、この時間、軽く絡まれている。
まあ、かわいい美枝ちゃんに、クリクリとした目で覗き込むようにして絡まれるのって、そんなに嫌なことでもないんだけれど、時々、胸がチクリとするようなこと、言われることもある。
まあ、そんなとき、あとで、北斗君が、『うちのが、言い過ぎたようで…、すみませんね。どうも、リュウさんに絡むの、楽しいらしいんで…』と、いった感じで謝ってくれる。
でも、先日、そう謝られて、『いや、なんてことないよ。おれも楽しいし…』なんて返事をして部屋に戻ってからのこと、ふと、不思議に思った。
どうして、北斗君、おれの胸がチクリとしたときにだけ謝るのか…、だから、どうして、それを、何でもないときと見分けることができるのか…。
まあ、今は、いいか…。
それで、確かに、作戦、なんて言っても、今のところ、わからないことばかり、たいした計画があるわけではない。
行き当たりばったり的な対応になると思っているんだけれど…、でも、ここでは、なんか、答えておかないといけないと思って言った。
「まあ、作戦とは言っても、たいした作戦があるわけじゃないんだけれどね…。
でも、大まかな方針のようなことだけでも、食後に、ソファーの方で話すよ。
みんなの意見も聞きたいし…」
「よし、それじゃ、食後、作戦会議といきましょう」
と、美枝ちゃん、なんだかうれしそうな反応。
それで、おれ、斜め前のサッちゃんにも声をかけておいた。
「サッちゃんも出てね。
ある意味、サッちゃんが、一番大変かもしれないんでね…」
サッちゃん、うれしそうに微笑んで、しっかりと頷いた。
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