6-5 懐剣
食後、ロビーの西側にある、広い方のソファーに移った。
サッちゃんは、2階の自分の部屋に、刀をとりに行った。
サッちゃん、もう、『楓』の部屋を、自由に、そして完璧に自分専用のスペースとして使っている。
光沢のあるピンクの袋に包まれた懐剣を、サッちゃん、持って降りてきた。
ソファーでは、西の壁に作り付けられている長い椅子のまん中に、さゆりさんと吉野さんが座った。
二人の間には、ちゃんと、サッちゃんの座るスペースがあけてある。
続いて、美枝ちゃんはさゆりさんの隣りに座った。
ということで、おれはサッちゃんが来るであろうところの前に座る。
すると、おれの右に北斗君、左に浪江君が座った。
サッちゃん、ロビーに来ると、誰が何も言わないけれど、ちゃんと、さゆりさんと吉野さんの間に座る。
サッちゃんと、さゆりさんの前には、テーブルがある。
座るなり、サッちゃん、サラサラと、袋の紐をほどいて、懐剣を取り出す。
懐剣の握り方など、実に、慣れた手つきだ。
袋をテーブルに置く。
そこで、サッちゃん、さゆりさんを見て、
「抜く?」
と、聞いた。
さゆりさん、おれの方を見て、『どうするの?』と、言った感じの表情。
「抜くと、目の色、変わるんだよね」
と、おれが聞くと。
「フクが、そう、言っていた。
サチは、わからない」
確かに、そうなんだろう。
「それじゃ、抜いて…くれる?」
「わかった」
と言うなり、目の前で、シュッと刀を抜いた。
サッちゃんが、懐剣を抜いた瞬間、フワッと雰囲気が変わった。
これは…、そうだ、あの、妖刀『霜降らし』がつくる雰囲気と同じ様な感じだ。
それに気が付いて、『えっ?…』とあることが引っかかった。
しかし、すぐに、また、雰囲気が変わった。
で、頭に引っかかった『あること』が、スッと消えた。
今度の雰囲気、あやかさんが『神宿る目』になるときに感じるものと、似ている。
すると、刀を見るサッちゃんの、明るい茶色の目の色が、ス~ッと暗くなり、さらにそのセピア色に赤味が差した。
そして、その、暗い紅色の瞳の上を、金色の輝きが流れた。
みんなから、驚きのため息。
あやかさんが、『神宿る目』になったときと同じように、おれの目も、それに同調して、たぶん、暗い茶色に変わっている感じだ。
やっぱり、サッちゃんも、『神宿る目』を持っていた。
みんなの視線は、サッちゃんの目に釘付けになっている。
それで、おれ、サッちゃんに、今、目の色が赤くなっていることを伝えて、さらに、なにか感想でも言おうとしたが、急にクラクラッとして、何も言えなくなった。
うん?この感覚は…。
おれから見ると、サッちゃんの顔のすぐ下に、懐剣がある。
なんと、その刀の刃…、十数センチの長さなんだけれど…、その表面で、なにかがモヤモヤ、グルグル、モヤモヤ、グルグルと動いている。
そこに、自然に目が引きつけられてしまい、クラクラと目が回ってくる。
「ウウッ」
と、おれ、両手で顔を覆って、下を向く。
これは、妖刀『霜降らし』を見つめたときと、同じ感覚だ。
そう、ただのクラクラではなく、頭の奥がグリャグリャと渦巻くクラクラなのだ。
目をつぶり、ゆっくりと、呼吸を整える。
この懐剣、妖刀『霜降らし』よりも短いんだけれど、威力は強いかもしれない。
「カチッ」
と音がして、場の雰囲気が変わった。
サッちゃんが、懐剣を鞘に収めたことが、見ていなくてもわかった。
それから、ス~ッと、これは、サッちゃん、『神宿る目』を解除したための雰囲気の変化。
おれ、手を離しながら、ゆっくりと顔を上げる。
目の前のサッちゃんが、不思議そうな顔をしている。
目が合うと、おれに聞いた。
「リュウ兄、どうした?」
さっき、同じように聞かれたな…、と、思ったけれど、すぐに答える。
「いや…、実は…、その刀の刃が…、モヤモヤモヤっと…」
おれ、刃の表面に、煙が渦を巻いて這うような動きが見えたことを話した。
そして、それを見つめたときの、目の回る感覚が、あの、妖刀『霜降らし』を見つめたときと、まったく同じであったことも話す。
その妖刀、今は、あやかさんが持っていて、サッちゃんに見せることはできないが…、映像には映っているはずだけれど…、あやかさんが妖魔と戦うときに使う剣であることを説明した。
説明しているときに、頭の片隅で、この懐剣が、妖刀『霜降らし』と同じ様な雰囲気を持っているということで、さっき、何かに引っかかったけれど、そのまま消えてしまったことを思いだした。
そうだ、さっき、その雰囲気を感じたときに、『えっ?』と、思ったこと…。
でも、その内容を、思い出そうとしても出てこないし、考えてもわからなかった。
まあ、そのうち、何かの加減で、また出てくることだろう。
とにかく、こんな刀が、『霜降らし』以外にあったなんてことに驚いた。
しかもサッちゃんが持っていたなんて…。
確か、刀が、人を選ぶ…だったか、刀は、人を選ぶ、だったか忘れたけれど、そんなこと、聞いたことがあるから…、そういうことなのかも。
うん?どういうこと?
だから…、まあ、『神宿る目』を持つ人には、そういう不思議な力を持った刀が、自然に届く、ということ…。
と、まあ、なんだか有耶無耶なところもあるけれど、さっき、ふと気付いたことの始まりは、この刀、ちょっと小さい気もするけれど、妖剣『霜降らし』と同じ様に、妖魔に対して特別な力があるのかもしれない、ということだったような…。
続いて、サッちゃんの目や『霜降らし』について、みんなでワイワイやったあと、会議室で、映像を見ることになった。
もちろん、サッちゃんに見せるため。
今回は、吉野さんも一緒。
立ち上がって、会議室に行くとき、北側の壁にあるドアーを出て正面、ちょっと手洗いに寄り道。
で、用事を済ませ、手を洗っているときに、気が付いた。
さっき、瞬間的に出てきたけれど、わからなくなってしまったこと。
これじゃ、どこかに引っかかって、そのままわからなくなってしまっても、無理もないような気がした。
瞬間的な思いつきの割には、思考に、二つ、三つのステップがあった長いものだったから…。
まあ、一度で、おれがしっかりと覚えているのは、ちょっと無理っぽい感じだ。
で、思い出したことは、次のようなこと。
まず、あやかさんを奪回するために、妖魔を呼ぶ。
そのときには、サッちゃんには『神宿る目』になってもらう必要がある。
そのためには、懐剣を抜く必要がある。
ところがこの懐剣、妖剣『霜降らし』と、同じ様な雰囲気を持っている。
妖魔の前で、『霜降らし』を抜くと、妖魔は散ってしまう。
だから、この懐剣を抜くと、妖魔は散ってしまう可能性がある…。
抜かなきゃ、サッちゃん、『神宿る目』にならない。
だから、妖魔を呼べない。
でも、懐剣を抜くと、それを妖魔が感じ取って、霧散するかもしれない。
これって…、まずいんじゃないの?
と、こんな長い考えが、一瞬に出てきたんだから…最後の、『まずいんじゃないの?』は後付けだけれど…、ちょっと引っかかった印象だけで、すぐに消えちゃってもしょうがないような気になった、ということ。
でも、やっぱり、このことって、まずいんじゃないのかな…。
まあ、あとで、ゆっくりと考えてみよう。
何か、いい手を思いつくかもしれない。
会議室では、浪江君がすべてを用意してくれて、映写、スタート。
始まってすぐに、あやかさんが『神宿る目』になって、周囲の岩が紫色に変わっていく。
そのとき、ブワッと大きな衝撃とともに、周りの雰囲気が変わった。
「えっ?これは…」
サッちゃんを見ると、薄暗い中でも、映像の光を受けて、爛々と、赤い目が輝いていた。
みんなは、あのブワッは感じなかったようだけれど、前の方にいるおれが、説明を途中で止め、急に振り返り、サッちゃんの目を見て呆然としたようで、その動きを追って、みんなもサッちゃんの赤い目に、気が付いたようだ。
サッちゃんは、後ろの方、さゆりさんの隣に座っている。
なんだか、さっき悩んでいだことが、簡単に解決してしまったのかも。
そう言えば、あやかさんと最初に洞窟に入り、ヒトナミ緊張で壁の色を紫に変えたとき、知らない間に、『神宿る目』になっていたと、あやかさんが言っていた。
あの洞窟で、岩が、紫色になりさえすれば、それへの反応として、自然に『神宿る目』になるのかもしれない。
それなら、この懐剣、あやかさんが妖刀『霜降らし』を使うのと同じ要領で使ってみるのも、案外、攻撃力があるのかもしれない。
今までにない戦略が、描けそうな気がした。
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