6-4  赤くしないデス

「取り戻す?」

 と、サッちゃん、どういうことだろうといった感じで。


「そう…、妖魔からね、あやかさんを取り戻したいんだ。

 詳しく説明するのには、一度、画像を見てもらうといいんだけれど…。

 それは、テレビみたいなものだけれどね。

 あとで、その時の画像…、見てくれる?」


「それ…、みんなが話す、『あやかさんが消えたときの画像』なの…デス…か?」


 サッちゃん、また、丁寧に話すことをやり始めた。

 さっきの緊張がほどけたんだろう。


 それに、『あやかさんが消えたときの画像』という、ちょっと違和感のあるくらいに長い、固有名詞的な言葉が出てきた。

 まあ、おれたち、サッちゃんの前で、何回も、その話をしていたので、サッちゃん、一つの単語として覚えたんだろう。


「そうだよ。

 あやかさんが消えたときの画像…。

 妖魔が出てくるんだけれど…、一度、見てみる?

 もちろん、あやかさんも、写っているよ」


「見たい。

 サチ、あやかさんを見たい」


 そうか…、そうだよ、サッちゃん、あやかさんの顔を知らなかったんだ。

 サッちゃん、あの、龍のように走る光の帯の妖魔よりも、まず、あやかさんを見たいと言ってくれたこと、なんだか、すごくうれしかった。


 それと、その前に、引っかかっていたことがひとつ。

 サッちゃん、『あやかさんが消えたときの画像』と、スッと言った。

 おれ、なんだか、それが、妙に不思議な感じがした。

 そして、そこに、引っかかったことで、気が付くことがあった。


 それは、今まで、周りのみんなが見ていたものを、自分だけが見られなかったことを訴えているような、そんな響きであった。

 そのことで、サッちゃん、口には出さなかったが、仲間はずれにされているような、自分一人、別扱いされているような、そんな寂しさや悲しさがあったのかもしれない。


 おれとしては、あまり、強い刺激を与えない方がいい、なんて考えて、見せないようにしていたけれど、初めのうちだけならともかく、時間が経った今でも続けているということは、ちょっとまずかったのかもしれない。


 ここでは、これだけ頻繁に出てくる話だ。

 まだ幼いけれど、一緒に行動しているのなら、また、おれが、今回のことをお願いできるほど、サッちゃんのレベルを高く見ているのなら、知っておいてもらった方がよかったことだろう。


 ちゃんと説明をしておき、もう少し早く、見る機会を作っておいた方が良かった。


 それに気が付いて、

「今の世界に慣れてからにしようと思って、今まで誘わなかったんだけれど…。

 もう少し早く、見てもらえば良かったよね…。

 遅くなって、ごめんね」

 と、おれ、素直に謝った。


「うん」

 と、頷いたサッちゃん、ちょっと、涙ぐんでいた。


「それで…、サッちゃんは、いつでも、目の色、変えられるの?」


「いつでも?」


「うん、目の色を、赤くしようと思ったときに、自分で、赤くできるのかっていうことだよ」


「赤くならないように、しなくてはいけない…デス…。

 自分では、赤くしない…デス」


 そうだった。

 赤くなるのを知られないようにするということは、赤くなりそうなときでも、ならないようにする動きはあったかもしれないけれど、自分で赤くするなんてことは、あり得ないことだったんだろう。


「そうか…、それじゃ、どんな時に、赤くなったの?」


 サッちゃん、また、さゆりさんの方を見た。

 何か言いたいことがありそうだ。

 でも、サッちゃんの仕草は、さゆりさんに、『なにか、言ってちょうだいよ』と、言ってる感じ。


 さゆりさん、またニッコリと優しい笑顔になって、

「ここでは、何をしても、何を言っても、大丈夫なのよ。

 みんな味方で…、敵はいないわ。

 サッちゃん、なにか、言うことがあるのなら、わたしも聞きたいな」


「うん…。

 そうか…。

 刀…母上の形見の刀…。

 その刀を抜くと…、サチの目が赤くなる…、と、フクが言っていた」


 形見の刀って、確か、サッちゃんが持っていた、あの、袋に入っていた、懐剣のことなんだろうか?


「どうしよう?」

 体を伸ばし、サッちゃんが、さゆりさんに聞いた。


「どうしようって?」

 さゆりさん、聞き返す。

 確かに、おれにも、なにが『どうしよう』なのか、わからない。


「食事中だけど、今、席を立って、刀をとってきた方がいいのか…、このカレーを食べてからの方がいいのか…」


 すみません。

 食事中に、込み入った話をしてしまって。

 確かに、こんな時に話すもんじゃないのかもしれないな…。


 でも、さゆりさん、ニッコリと笑って、

「それじゃ、あとで、サッちゃんが、見せてくれるということを楽しみにしておいて、今は、このカレー、ゆっくりと食べましょう。

 食事が、全部すんでからで、いいのよ。

 デザートも、あるんですよね?」

 と、さゆりさん、最後は、吉野さんに聞いた。


「ええ、サッちゃんの好きな、カスタードアイス、あるわよ」


 と、言うことで、おれの、場違いの話は、そのままお預けになって、食事の続きとなった。

 おれも、カレーを口に運ぶ。


 すると、隣に座っている美枝ちゃん、おれに、くりっとした目を向けて、

「ねえ、リュウさん…。今のこと、いつ気が付いたんですか?」

 と、聞いてきた。


「あっ、ああ、ついさっき…。

 サッちゃんが、カレーを食べているのを見てね…。

 ここに来た日のこと、思い出したんで、そこから…だね」


「なるほど…。

 その時に、ずっと考えていたことに、繋がった、っていうことなんですね」

 と、納得顔で。


「ずっと考えていた?」


「えっ?ええ…、このあいだの満月の日から、リュウさん、ずっと、このこと考えていたんじゃないんですか?」


「う、うん、まあ…ね…。

 でも、すごいね…」


「えっ?なにが、すごいんですか?」


「だって、そんなことが、わかるなんてさ…。

 美枝ちゃん、ちょっと、すご過ぎるんじゃないの?」


「ククク…」

 美枝ちゃん、急に、小さく笑い出して、


「それ、わたしがすごいと言うよりも、ただ、リュウさんが、わかりやすいということなんですよ」


「え? おれが?

 ちっ、そうだったのか…。

 うん、そうかもしれないな…。

 満月の日、ダメだっただろう。

 それで、妖魔を呼ぶのに、『なにか』が、一つ足りないな、って気が付いてね…」


「何かが…、足りないんですか?」


「そう、何かが足りない。

 それで、ずっと、その『なにか』は、なんなのか…って考えていたんだよ」


「何かは何なのか…、ですか…。

 なんでリュウさんが言うと、のどかな雰囲気になっちゃうんでしょうね?

 状況としては、結構、切羽詰まった状態のようなんですけれどね…」


「いや、ちっとものどかなんかじゃないよ。

 かなり、必死に考えていたんだぜ。

 グズグズしていたら、おれ、あやかさんより年上になっちゃうからね」


 と、おれが言ったら、美枝ちゃん、いきなり吹き出すように笑い出した。


 ここは、笑うようなところじゃないと、おれは思うんだけれど…。

 と、おれ、動揺しつつも、前を見ると、おれたちの前で話を聞いていた、さゆりさんや吉野さんまで、笑っていた。


 どうも、よくわからない。


 ねえ、そうでしょう?

 おれが年上になったら、あやかさんに、嫌われるかもしれないのにね。



 ****  ****  ****  ****  ****

 お知らせ

 今日から

『眞衣さんはカウンセラー:幽霊の相談事』

 の発表を始めました。

 読んでいただけたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る