6-2  なんか足りない

 調査を終えてから、9月の満月までの数日間は、あやかさんに『おはよう』の挨拶に行っても、ヒトナミ緊張をすることはしなかった。

 もちろん、撮影の必要もなく、浪江君も来ない。


 そして、今日は、9月の下旬、満月の日だ。

 旧暦の8月15日。

 暦では、明日が望となるが、今日が十五夜。

 芋名月さんだ。


 ということで、このタイミングを狙って、第4段階のヒトナミ緊張まで持って行くつもりで、洞窟に向かった。

 あやかさんが消えて118日後。

 

 最近では、第4段階でも、短時間で気を失うようなことにはならないほどに、力は付いている。


 そうなんですよ。

 毎日毎日の修練の成果、といったところなのでしょうねぇ。

 今では、そう簡単には、気を失いませんよ。


 引き寄せなどにしても、かなり早くイメージ化できて、また、今までよりもかなり長い距離でも引き寄せることができるようになっている。

 ただ、指先や掌でものを感じ取る力だけは、ちっとも伸びず、17センチ3ミリ、ヒトナミのままなんだけれど…。


 でもねえ、このことは、この感じ取る感覚と、引き寄せる力を分離できたからこそ、引き寄せることができる距離が伸びたって、見ることもできるんですよね。

 分離していなければ、17センチ3ミリのままだったんだから…。


 それで、話を戻して、十五夜の今日のこと。

 ほぼ1週間ぶりに、浪江君にも一緒に来てもらった。

 もちろん、動画撮影のため。


 今日は、おれ、ちょっと、自信があったから…。


 そして、本番。

 第4段階の緊張までしたが、結果は同じ。

 …だったんだと思う。


 実は…、何と言うか…、おれ…、途中で、また、気を失ってしまった。

 なんとか紫色の光を動かそうと、緊張を、第4段階まで高めたのは、事実なんだけれど…。


 でも、今日の、気を失う感じは、今までとは違っていた、…と思う。

 同じ、気を失うのでも、その、失い方が違っていたのだ。

 前までは、力尽き、知らないうちに気を失っていた。

 でも、この時のは、覚えていた。


 ス~ッとどこかに引き込まれるような感じがして、『あっ、ヤバイ…、こいつはヤバいぞ』と思いつつ気を失ったのだ。

 この気を失ったときのことなんだけれど、なんだか、直接、妖魔と向かいあって、魂を抜き取られたみたいな印象が残っている。


 まあ、魂は無事だったけれど…、でも、そのかわりに、気を失ったわけだ。

 うん? そうか…。

 気を失うということだから、魂じゃなくて、気を抜き取られた、と言った方が正しいのかもしれない…。


 あっ、でも、今、言いたいのはそう言うことではなくて、あの時、確かに、妖魔と、同じ土俵の上にいたと言うことだ。


 まさか、ヤツがこんなことをしてくるなんて、ちっとも思わなかったから、簡単にやられてしまったけれど…。

 くそ~っ、汚いまねしやがって…、というのが、今の心境だ。


 だって、おれとしては、光が動き出して、龍のような姿になって、あいつはやってくるもんだとばかり思っていた。

 そう期待して、周りの様子を見ていたんだからね。


 そしたら、いきなり、頭の中に、ブワッと現れて…、まあ、それで、おれ、簡単にやられてしまったんだよな…。


----


 そうして、さらに30日が経ち、次の満月の日を迎える。

 新暦10月も下旬。

 旧暦だと9月16日。

 あやかさんが消えてしまって、147日後のことだ。


 一度やられると、ヤツに会うには、ひと月待たなくてはならない。

 今度こそ、妖魔を呼び寄せようと臨んだ一戦だった。


 しかも、ヤツに対しては、前回のように、心の中…というか、頭の中というか、いきなりおれの中に入り込んできても、すぐに対決できるような覚悟を持って臨んだ。

 もっとも、どのように対決していいのかは、まったくわからないんだけれど…。

 でも、やってやる、と、覚悟はしていた。


 そして、ヒトナミ緊張を第4段階まで持っていくと、洞窟全体が、それまで…第3段階の時よりも、紫色がやや明るくなった。

 しかも、その明るさには濃淡があり、小さく揺らめいているようでもあった。


 しかし、やっぱり、紫色の光が動くことはなかった。

 あやかさんが『神宿る目』となってやったときのように、明るい部分が動き出す、ということにはならなかったのだ。


 しかも、おれが用心していたせいか、ヤツは、おれの中にも、やってこなかった。

 で、紫色の明かりが、メラメラと、まるで燃えているように揺らめいているんだけれど、そのまま…。

 動き出して渦を巻くことはなかった。


 そして、そのうちに、おれ、急激に気分が悪くなってきた。

 ヒトナミ緊張、限界。

 それで、おれ、プツッと緊張を解いてしまい、その場に蹲る。

 すると、ス~ッと紫色が消えていき、妖魔のヤツ、バイバイしてしまった。


 そうなってみると、ドドッと疲れが出てきて、また、同時に、ムカムカするような気持ち悪さまで出てきた。

 気持ち…悪い~。

 おれは、『ウグ、ググ~ッ』と、唸りながら砂場脇の岩床に寝転がってしまった。


 その時、気持ち悪さの中で…、たぶん、しかめっ面をして、閉じかけたような薄目で、天井の岩を見ながらだったんだろうけれど…、思ったことが、『妖魔を、完全に呼び寄せるには、なんか、一つ、足りないぞ』ということだったのだ。


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 それから、六日が経った。


 10月の末。

 あやかさんが消えたのは、5月の末。

 今日で、ちょうど5ヶ月という日。

 日数で言うと、消えてから153日後ということになる。


 もう、この付近だと、もみじの真っ盛り…。

 別荘の周りの山々も、急に衣替えしている感じ。

 黄色くなった木々の中、鮮やかな赤も混ざっていて、とてもきれいだ。


 葉が、そのまま、茶色くなる木もあるが、それらの葉も、赤茶という方がぴったりで、日の光に輝いて、渋くはあるが荘厳で美しい。


 でも、少し山の上の方に行くと、枝に数枚の葉がかろうじて残っているような、ちょっと寂しい感じの木もある。

 こういう木々を見ると、もう、冬が近いんだな、と思う。


 当然のように、朝は、かなり寒くなってきた。

 もうすぐ、11月なんだもんな…。


 それで…、今、何かが足りないんじゃないかと悩んでいる。


 妖魔を呼び寄せるためになんだけれど…。

 満月の頃に、おれがヒトナミ緊張を高め、洞窟全体を紫色に変える。

 でも、それのほかに、あと一つ、何かが必要なんじゃないかとね。


 まあ、『なんか』なんて言ったけれど、本当は何があればいいのかはわかっている。

 それは、あやかさんだ。

 あやかさんがいれば充分なんだ。


 充分…。

 そう、あやかさんの存在は、必要十分条件でいうところの、十分条件なわけ。


 でも、あやかさんはいない。

 そもそも、あやかさんがいれば、おれが、わざわざ妖魔を呼び出す必要もない。

 で、問題なのは、必要条件となるもの。


 なにが、必要なんだろう…。

 実は、これも、ひとつ、見当が付いている。

 おれの、暗い色に変わる目ではなく、そこに、赤味が差す『神宿る目』だ。


 だから、本当は『神宿る目』が必要…、そう、必要条件なんだけれど…。

 必要条件なんだけれど、『神宿る目』なんて、簡単に手に入らない。

 ということで、『なんか、一つ、足りない』となる。


 あやかさん以外の…、また、『神宿る目』以外の…、『なんか』。

 その『なんか』が、どうしても必要なわけ。

 あやかさんや『神宿る目』の代わりになるものが…。


 それが、10月の満月の日の教訓。

 その6日後が今日の5ヶ月後という区切りの日。

 で、この1週間、何をしているときでも、その『なにか』は何なのか、ということをずっと考えていた。


 何としてでも、『なにか』が、何なのか、見つけ出さなくては…。

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