第6章 さあ、やってやろうじゃないの
6-1 調査中です
妖魔の強さは、妖魔洞窟の中では日々変化して現れ、それは、月の満ち欠け、すなわち月齢と関係しているのではないか、と、おれは考えた。
強弱の方向性としては、満月の時に最強、
すごい仮説でしょう?
こう考えたのは、あやかさんが消えてしまった日から75日後のことでした。
そして、その翌日から…、月の満ち欠けが関係しているので、陰暦で日を表すと7月4日から、となるんだけれど…、連日、洞窟の中でヒトナミ緊張をして、砂場周辺や例の小岩の反応を調べている。
この調査、みんなに宣言までして、本格的にやっている。
浪江君には映像を撮ってもらい、また、おれとしても、毎日、緊張の強さを同じくらいに、と、丁寧にコントロールしながらやっている。
陰暦の4日からスタートなので、初めのうちは、…満月までだけれど、
調査を続けると、月が満ちるに従って、推測通り、洞窟内の岩肌の反応は良くなり、紫色になる範囲は広がっていった。
まあ、想像した通りの反応なんだけれど、ここで、いい気になって、簡単に結論を出すようなことはせずに、さらに、淡々と続けていく。
なんせ、完璧に相手の状況を掴むための調査だから、そういい加減には終わらすことはできない。
確実に、ヤツはどうなんだ、と、言い切れるまで調べ続けるつもりだ。
上弦の月も過ぎ、8月も下旬となり…、この8月は、太陽暦、現在の暦でだけれど…、両方の暦が出てきて、ごちゃごちゃしてしまうな…、ということで、太陽暦は、ここでは簡単に新暦にし…、だから、陰暦、お月さん中心の暦は旧暦とし…、で、いいですよね。
で、今は、新暦の8月下旬。
月遅れのお盆も終わり、社会では、平常が戻ってきている。
とは言うものの、ここの住人の中では、そんな社会一般の影響をまともに受けているのは美枝ちゃんぐらいなものだろう。
ほかの人は、お盆の休みもあんまり関係なかった。
美枝ちゃんの動きや、おれへの絡み方などを見ていても、かなり忙しそうだ。
でも、仕事での、例の遅れ…、あの、イライラを押さえるために、お昼にビールを飲んで、昼寝したときの、あの遅れは、もうすぐ取り戻せるらしい。
さすが美枝ちゃん、といったところ。
ここは、山だから、朝晩はけっこう涼しいんだけれど、日中は、まだ暑さを感じる。
お盆過ぎれば涼しくなるよ、と、あやかさんからは聞いていたんだけれど、今年は特別のようだ。
8月も下旬なんだから、あやかさんが話していた例年のように、秋風が吹いて、もう少し、涼しくしてくれてもいいように思うんだけれど…。
…あ~あ…、あやかさんか…、早く会いたいな…。
それで、今、旧暦でみると、まだ7月。
今年の旧暦7月は大の月で30日まであり、望の日、完全な満月となる日は16日である。
そして、その満月が近づいた旧暦の14日。
洞窟では、おれの、第2段階のヒトナミ緊張により、天井まで、紫色に変化した。
「やっぱり、こうなるんだよね…」
と、浪江君に言いながらも、満月の明後日には、どのようになるのか、ちょっとワクワクした感があった。
この時は、あやかさんに会える日が、すぐそこにまで近付いている感じがして、うれしかった。
その翌日。
明日は満月、いわゆる
第2段階のヒトナミ緊張で、砂場がある広場は、ほぼ全体が紫色になった。
帰りの道を歩きながら、浪江君。
「今日は、かなりの範囲が、紫色になりましたね…。
リュウさん、やっぱり、力、付いていたんですね…」
「まあ、そうだと、うれしいんだけれどね…。
2週間前、ほとんど色が変わらなかったときには、ほんと、絶望的な気持ちになっちゃったからな…。
とにかく、明日が楽しみだよね…」
などと、ちょっと、秋の臭いを感じるようになってきた山道を歩きながら、なんとなく、ウキウキした感じで話していた。
山の中なんだけれど…、秋めいては来ているんだけれど…、でも、日中は、まだ暑い。
なんせ、陰暦での7月15日、昔のお盆なのだから…。
そう、古くからのお盆で、明日の満月の日は16日、地獄の釜の蓋があくように、奇跡的に、紫色の光が、動くかもしれない。
帰ったら、明日のため、ちょっとした作戦を練っておくことにした。
そして、満月の日を迎えた。
朝、ワクワクした気持ちで、浪江君と洞窟に向かった。
洞窟の中、砂場の前に立つと、さっそく例のヒトナミ緊張をする。
すると、天井まで、サーッと、紫色に変わった。
岩の表面が、いつも以上に、キラキラしている感じだ。
さらに力を入れ、緊張を高める。
第2段階の緊張になると、何と、洞窟全体が紫色になった。
入り口の方まで紫色になっていたと、あとで、浪江君が教えてくれた。
でも、そのまま、少し待ったが、その紫色が動き出すことはなかった。
それで、今日は特別、さらに力を入れ、ヒトナミ緊張の第3段階、というところまでやってみた。
ここまではやってみようと、昨日から考えていた。
もし、仮に、妖魔が出てきたら、そいつと対決する覚悟すら持って臨んだ。
ところが、さらに明るさは増したような気はしたが、それはそのままで、紫の光に動きはなかった。
これ以上あげると…、だから、ヒトナミ緊張を第4段階にまですると、気を失ってしまう可能性がある。
おれ一人、妖魔に連れて行かれないようにとか…いろいろと心配してくれている周囲には、今は、『調査中です』と言ってあることもあり、残念だが、これも昨日決めたように、今後の確認作業を優先する、ということで我慢して、第3段階まででやめておいた。
なんとなく、残念な気持ちが残った。
これ、あやかさんが消えて、88日後のこと。
次の日は
あやかさんが消えた日であり、サッちゃんが妖魔に捕まった日でもある。
ひょっとすると、満月の日とは、また違った形の反応になるんじゃないのか…。
この、十六夜の日に限って紫色が動き出すんじゃないのか…。
そういう、予測、というか、期待も心の奥にあった。
それで、また、妖魔との決戦を覚悟して臨んだ。
でも、期待は見事に裏切られ、ほとんど、満月の日と同じ様な反応だった。
そして、
日が経つに従って、月は欠け、反応は弱まっていった。
新暦で9月になっても、今年は、まだ、暑さを感じる日が続いている。
それでも、夕方などはかなり涼しくなって、赤とんぼ…まあ、別荘周辺では、夏でも普通に飛んでいるので、単に気持ちの問題なのかもしれないけれど…、最近、なんとなく、目立つ感じになっている。
空の青さも増した感じだ。
さらに調査は続き、新暦では9月も中旬になろうという頃に、旧暦での8月1日となった。
旧暦の1日だから朔の日、新月の日。
やはり、ヒトナミ緊張をしても、洞窟の岩肌の色、ほとんど変わらなかった。
そして、再び、盈月の期間となった。
三日月から上弦の月へと、月の太さも増し、洞窟の、岩の反応も良くなっていく。
上弦の月の頃、旧暦の8月8日に、調査を終了とすることにした。
浪江君、旧暦の7月4日から、今日、旧暦の8月8日まで、35日間、毎日撮影してくれた。
だから、完全に、月齢でのひとサイクルを調べ、月齢と、砂場周辺や例の小岩の反応との関係を記録できた。
しかも、浪江君、日々の変化を比較しやすいように、丁寧に編集してくれた。
この作業、以前から日々やってくれていたらしく、調査が終わった日の夕方には、まとまったもののファイルを、おれのところに持ってきてくれた。
その日の夕食の時までに声をかけておき、食後、会議室で、さゆりさん、美枝ちゃん、北斗君に、映像を見せながら、最終報告。
吉野さんは、後片付けをしながら、サッちゃんを見てくれている。
もちろん、浪江君が、映像を映すのをやってくれ、止めたり、戻したりと、みんなの要求にこたえてくれた。
この、洞窟での岩肌の反応、月齢と、きれいな規則性を持っていた。
予測は、ドンピシャリ、当たっていたということだ。
夕食の時など、時々、話には出していたけれど、浪江君がきれいに編集してくれたものを見ながら説明すると、みんな、感心して聞いてくれた。
「有田さんや木戸さんにも報告したいよね」
と、おれが言うと、浪江君、
「ぼくが、画像のファイル、送っておきますので、リュウさん、あとで、電話で説明してくださいよ」
と言うことになった。
ということで、調査は終了した。
あやかさんが消えて、ちょうど100日後のこと。
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