5-5  妖魔の強さ

 木戸さんが話していた『弱すぎもせず、強すぎもせず』のこと。

 上弦の月となる日の頃には、また、下弦の月となる日の頃には、妖魔は、強すぎもせず、弱すぎもせず、ということなんじゃないだろうか…。


 これは、妖魔そのものの強弱のことなのかもしれない。

 あるいは、岩に現れる、妖魔の反応の強弱のことなのかもしれない。

 でも、それは、今はどうでもいい。


 お月さんが、半分の時には、『弱すぎもせず、強すぎもせず』。

 ということは、妖魔の強さ、その反応の強さは、月齢に関係している、ということを言ってるんじゃないのかな?


 そのように考えて、その確認も含め、おれは、淹れたばかりのコーヒーを持って、今、おれが独占している机に向かう。

 南側の部屋、その南の窓の近くに、机は、西の壁向きに置いてある。


 本来はあやかさんの机だけれど、無断で、おれが使っている。

 無断なのは、今は、『ちょっと借りるよ』って断れないから…。

 これは、妖魔…、おまえのせいだからな。


 毎日書き付けている日記的なメモ書きを確認して、おれが、洞窟で、ヒトナミ緊張をして目の色を変え、岩を紫色にしようとした日にちを書き出す。

 そして、その日の月齢をネットで調べる。


 ちなみに、今までも使ったかもしれないけれど、この『ヒトナミ緊張』という表現は、おれの、メモ書き用語。

 単に『緊張』だと、おれ、サッちゃんに話すときですら、緊張することがあるから、自分で書いても、あとになると、たいてい、区別がつかなくなっちゃう。


 さらに、ちなみに、おれ、日記的なメモを、スマホに書かないで、紙に書いている。

 シャープペンシルで、『緊張』と書かないで『キン張』と書くレベルだけれど。

 紙を使うのは、時々…、いや、頻繁に、絵を描いてメモとするから。

 A4を半分に切った紙を、ダブルクリップで留めている。


 それで、話を戻して…、おれが、ヒトナミ緊張を同じような力加減でしても、あの洞窟で、日によって岩の反応が変わるのは、妖魔が強くなったり、弱くなったりしているからではないのか。

 そして、その妖魔の強弱には、月齢が関係しているのかもしれない、と考えたのだ。


 するとね、驚くべきことがわかったんですよ。

 そう、驚かなくっちゃいけないようなこと。


 あやかさんが消えた直後の1回は別として、その2週間後、まったく、岩が反応しなかったとき、あの日は、旧暦で30日。

 旧暦での『大の月』っていうのか、30日まである月の最後の日。

 新月…暦ではさくというが、その前日だった。


 次に試したのは、あやかさんが消えて38日後。

 この時は、小さな岩全体が紫色に変わり、後ろの岩壁の一部も紫色になった。

 この日は旧暦の24日、下弦の月だった日の次の日。

 まあ、『弱すぎもせず、強すぎもせず』の頃だったんだろう。


 しかし、下弦の月だから、これから、月は、徐々に細くなる。


 それで、その次に試したのはその3日後、あやかさんが消えてから41日後。

 小さな岩の半分くらいしか、紫にならなかった。

 この日は旧暦の27日、小の月だから29日までの月。

 ということで、次の月が始まる朔日ついたち…新月の3日前となる日だった。


 その1週間後も、同じくらいにしか変わらなかったが、この日は旧暦の5日で、朔の4日後。

 朔の日を挟んで、その前後、同じくらいの隔たりの日で、同じくらいの反応だった、ということ。


 そして、一昨日。

 ヒトナミ緊張で目の色変えても、岩の色がほとんど変わらなくって、おれが、かなり焦った日。

 正直、そんな、とんでもなく焦ったと言うほどの記憶はないんだけれど、気を失うまで、ヒトナミ緊張をしていたんだから…、まあ、焦っていたんだろうね。


 その一昨日は、朔の日だった。

 岩の反応が、月齢と関係しているとすれば、そして、満月の方が強く、朔の方が弱い方向性を持っているのならば、当たり前のような感じの結果だったわけで…、と、思うと、やっぱり、妖魔のヤツに、嵌められたような感じがした。


 ということで、妖魔の強さは、月齢と関係して、規則的に変化する。

 そして、その方向性は満月の方が強く、朔の方が弱い、そんな可能性が高いということになった。


 それで、今後、このことを確認する必要がある。


 これからは、上弦の月で…。

 そして、月は、さらに満ちて満月となり…。

 うん?満月…?


 そう言えば、あやかさん、あの日、あの妖魔洞窟で消えた日の朝、確か、『昨夜は、満月だったから…』と言っていた。

 えっ?そう言うことなの?


 すぐに、暦で確認してみる。

 確かに、あやかさんが洞窟で消えた日は、満月の次の日、十六夜いざよいの日だったことがわかった。


 あやかさんが消えたのは、満月の翌日…、このことは、やはり、満月の頃に、妖魔の力は強くなる、という推定が当たっているのかもしれない…。

 あの時、洞窟全体が紫色に変わっていた。


 あれ?十六夜いざよい

 う~ん…、何だっけかな?

 なんか、あったはずだ。

 おれのどこかで、十六夜が引っかかっている…。


 引っかかりが何だかわからず、コーヒーをひとすすり。

 ウ~ン…と唸りながら、立ち上がる。

 なにか出てきそうで出てこない。


 窓からのやさしい風に誘われ、南の窓、網戸を開けてベランダに出てみる。

 暑い日差し…。

 はい、はい、暑いのは、わかってますよ、机に向かって座っているだけなのに、じわっと汗をかいているんだからね…。

 正面の林の緑、その上の空の青さ…、夏ですね…。


 この暑い中、しかも、強い日差しの中で、前の庭では、サッちゃん、さゆりさんを相手に、特殊警棒の練習中。

 特殊警棒は護身術として教える、と、さゆりさんは言っていたけれど、一方的に攻撃しているのはサッちゃん。


 これが護身術の範囲だとすると、さゆりさん、攻撃は、最大の守り、とでも教えているのかも。

 サッちゃんの動きが、思いのほか鋭くて、さゆりさんも結構本気で防戦している。


 うん?…サッちゃん…。

 そうだよ…、サッちゃんだった。

 サッちゃんが、洞窟に入った日は、『十六夜いざよいで…、16日…』ということだった。


 なんと、月齢で言うと、あやかさんが消えたのと同じ日。

 同じ十六夜の日に、サッちゃんも、妖魔に捕まっていた。


 妖魔の力…。

 やっぱり、満月の頃、最大となるのかもしれない…。


 まず、このことを確認しなくてはならない。

 さて、どうやるか…。


 なんて、考えたって、手は一つしかない。

 これから、満月に向けて、毎日、洞窟の中で、あのヒトナミ緊張をして目の色を変え、岩の様子を見ていく…、これしかないだろう。


 で、どっちで?

 あの、特徴ある形の小さな岩のところか?

 あるいは、あやかさんが消えた、あの砂場の付近でか?

 まじ、どっちでやるのがいいんだろう…。


 そうだよな…、どっちがいいのかわかんないんなら、両方でやればいいんだよな。

 どうせ、うちで、緊張を高める練習、かなりの時間やっているんだから、あの洞窟で、いろいろとやって、様子を見てみるのも、いいんじゃないのかな?


 そうだよ、練習する場所、洞窟にすればいいんだよな…。

 うん?いや待てよ…。

 そうするとてん、妖魔に、練習していること、バレちゃうかな?


 それがどうした?というのもあるにはあるが、おれの力、最大限の力は、ちょっと、秘密にしておきたいところもある。

 そうだよ、あそこで妖魔の反応を調べるためにやるのは、ある程度の力をでやることにして、あとは、秘密…、決戦の時のお楽しみ、としておこう。


 じゃあ、どの程度の力まで出すかというと…、まず、第1段階のヒトナミ緊張で、…これは、以前から、妖結晶をスケッチするときなどにやっていた程度だけれど…、それでやって、様子見に、もう一段だけ強くして、…これは、目の裏側に、グッと力を入れるヤツで、第2段階…、これで、確認、と行こう。


 それで、帰ってきてから、上の3階では…、まあ、屋根裏部屋のことだけれど…、より強く緊張する練習を積んでみよう。

 さっきの第1段階、第2段階というので言うと、今、第4段階くらいを練習している。


 この強さ、あんまり真剣にやり過ぎると、気絶しちゃうかもしれない感じなんだけれど、徐々に、慣れているんじゃないかと、そんな気になっている。


 よし、そうしよう。


 と、明日からの方針が決まった。


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