5-3  大丈夫ッスか?

 目の色を変えても、あの特徴ある小さな岩は、ちょっと紫になっただけ。

「何なんだよ、これは…」

 ものすごいショックがおれを襲った。


 今までだって、かなり緊張を高めているつもりなんだけれど、この状態。

 おれ、急に、必死な気持ちになってしまって、それ以上に緊張を高めるべく、目の裏側辺りに、かなりの力を入れた。


 あの、一瞬の白い光の中、止まった時間の中で、妖魔と、力比べをした、あの時を、はるかに超える感じで。

 これでもか、これでもか、と。


 すると、紫色が濃くなり、面積も、フッと、増えた。

 やはり、紫色に変化するのは、おれの力が、関係している…。

 そんな証とも言える紫色の面積の増加。

 でも、これだけ集中しても、岩全体の、1割程度しか、紫色にならない。


 どういうことなんだろう…。

 昨日よりも、はるかに、力が劣ってしまったと言うことなんだろうか…。

 そんなことを考えながらも、さらに集中を高めていった。


 ……


「リュウさん…、リュウさん…」

 そう呼ばれながら、体を揺すられていた。

 北斗君の声だ。

 うん?どうしたんだろう?


「大丈夫ッスか?」

 目を開けたら、北斗君、心配そうに覗き込んできた。


 どうやら、洞窟の中で、気を失って、倒れていたらしい。

 それに気が付いて、起き上がろうとしたら、ものすごい、クラクラが来た。

 さらに、そのクラクラと同時に、急激に、気分の悪さも…。

 どうやら、ヒトナミの緊張をやり過ぎてしまったようだ。


 時間をかけて、気分の悪さを抑えながら、何とか起き上がったが、満足に動けない。

 北斗君に支えられながらヨタヨタと洞窟を出る。

 浪江君も来てくれていた。


 なんとか洞窟の外に出る。

 外のまぶしさが、余計に気分の悪さを増長させる。

 ウ~ゥ、気持ち悪いよ~。


 少し休んでから、別荘に向かっての山道を歩きだす。

 北斗君、右手で、おれの左腕を、支えるように掴んでくれている。

 おれの歩き、ヨロヨロと、トボトボの中間的な感じ…ヨロ、トボ、ヨロ、トボだったんだと思う。


「リュウさんが、洞窟に行ったまま、帰ってこないんだって、サッちゃんに言われましてね」

 と、北斗君が説明してくれた。


 サッちゃん、おれと走る準備をしてロビーにいたが、いくら待っても、おれが帰ってこない。

 それで、そのこと、さゆりさんに話した。


 それで、さあ大変だ、となって、急遽、北斗君と浪江君が、洞窟まで様子を見に来てくれたんだとのこと。


「ちょっと、岩の色を変えてみようと、緊張するのをやっていて…。

 どうも、やり過ぎちゃったみたいだよね…」

 と、おれ、弁解がましく。


「まあ、岩の色変えても、あそこにいてくれて良かったッスよ。

 リュウさんまで妖魔に連れて行かれたら、おれたちじゃ、あと、どうしていいか、わかんないッスからね…」


「まあ、そうかもしれないけれど…」

 この次に『でも…』と、続けたかったけれど、北斗君の心配がわかり、話すことができなかった。


 でも、連れて行かれるほど、岩の色、変えられればいいんだけれどね…。

 これが、おれの言いたかったこと。

 あれだけ集中して、力を出した、出し切ったはずなのに、今日は、岩の色、ほとんど変わらなかった。


「やっぱり、リュウさん、疲れてるんッスよ」

 と、北斗君。


「暑い日、続いていましたもんね…」

 と、それをフォローして、浪江君まで、優しくいたわってくれる。


「まあ、今日は、走るのなんかも、全部休んで、部屋で、ゆっくりとしてるといいッスよ」

 と、北斗君、やや結論的に。


 そして、別荘に戻って、『すみませんでした…』と、訳を話すと、美枝ちゃんと吉野さんからも、同じこと言われ、ほぼ結論になったような感じ。


 さらに、さゆりさん、すぐに部屋に戻り、体温計なんかを持ち出してきて、計るようにとのこと。

 これ、たぶん、命令。

 で、さゆりさんの言葉に従って、計ってみる。

 体温計なんて、本当に、久しぶりだ。


 すると、ちょっと熱がある感じ。

 この熱、おれとしては、力を発揮できなかったということで、負の意味で興奮しているからだと思った。


 でも、さゆりさんは、微熱があることが気になったようだ。

 それで、みんなと同じことを言われ、おれ、今日は、部屋でゆっくりとしていることが、完全な結論となった。


 で、今、部屋にいる。

 ヒトナミをやり過ぎたように気分が悪いのは続いている。

 朝ご飯は、不思議と、ちゃんと食べられたんだけれどね。


 ベッドにごろっとして、さっきのこと、思い返している。

 でも、なんだか、余計、滅入ってくる感じ。

 どうしちゃったんだろう…、おれの力…。



 次の日は、雨降り。

 日曜日でもあり…というのは関係なく、1日中、別荘にいた。


 あやかさんに『おはよう』を言いたくて、毎朝洞窟に行っているのも、初めて休んだくらいだ。

 あやかさん、ごめんね。

 それで、当然、山道を走るのも中止。


 これしきの雨、大丈夫だろうとは思うんだけれど、おれが思っていた以上に、まわりが、おれのことを心配してくれている。

 これ以上、みんなに、心配をかけられないからね。


 ということで、時々、下に降り、ロビーで、コーヒーをすすったりお茶を飲んだりすることはあったけれど、食事の時以外、基本的には、部屋にいた。

 おれの状態なども含めて、いろんなことを考えてはいるんだけれど、なにもひらめかず、なにか整理が付くようなこともなかった。


 夕方、さゆりさん、東京に戻る有田さんを駅まで送りに出たが、そのとき、運転を北斗君に頼んで、サッちゃんを連れていった。

 そして、帰りに、有田さんからおれにプレゼントということで、ケーキを買ってきてくれた。


 もちろん、『おれへのプレゼント』とは言っても、ケーキ、ここの人数分はちゃんとある。

 しかも、結構いい値段がする物なのに、一人2個ずつも。


 まあ、有田さん、おれに、元気出してよ、といって、奮発した感じなんだろうな…。

 みんなが気にかけ、心配してくれている。

 申し訳ありません。

 そして、ありがとう、ございます。


 それで、もうじき夕食なんだけれど、そんなこと関係なく、ケーキタイムとなった。

 吉野さん、みんなに、美味しい紅茶を淹れてくれた。


 ちなみに、最近、ケーキの時は必ず紅茶だ。

 というのは、サッちゃんの好みだから。

 でも、これ、吉野さんが教えたみたいなんだけれど。


 そして、はじめの頃は、ケーキにビックリしていたサッちゃん、最近は、好きなケーキも決まってきていて、今日も、サッちゃんのケーキは、サッちゃん自身が選んできたとのこと。


 みんなで、わいわいとケーキを食べていると…、柔らかな甘みも美味しくて、なんだか、ホッとして、鬱陶しいような気分が晴れていく感じだ。

 サッちゃんの、ちびちびと、しかもコンスタントに食べていく姿も、とてもかわいくて、癒やされる。


 今回は、ちょっと、変な形で、ショックを受けちゃったみたいだな…。

 ある意味、妖魔のヤツに、心の隙を突かれた感じだ。

 想定外の事態に、おれ、対処できなかったということなんだろうな…。


 急に、色が変わらなくなったのは、何か、わけのわからないものの影響でそうなったことで、こんなこと、常にあるわけではない。

 うまくいくときは、うまくいくはずさ。


 そんな、いつものおれの感覚がなくなっていたのかも。

 そう、妖魔のヤツに、おれの『のどかさ』を吹き飛ばされちゃったのかもしれないな。

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